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3.亡き母と、病の娘。







「へぇ、リィンさんは文字が読めるのですね!」

「もちろん! わたくし、書くこともできますよ!」

「すごい! アタシはどうも、文字というものが苦手で……」



 ――リクと伯爵を二人、あの部屋に残して。

 カノンとリィンは話の邪魔にならないように、広い客室へと移動していた。伯爵令嬢はそこに自身の好きな絵本を持ち込み、自慢げにカノンへ披露している。

 聖剣少女は素直にそれを称賛し、自分の不勉強を恥じていた。



「駄目ですわ、カノンさん。それでは立派なレディーになれません!」

「たはは、面目ないです」



 そんな彼女をリィンは叱責し、ぷんすかと頬を膨らせる。

 年相応な態度は可愛らしく、同じことを他の者がすれば怒り狂うであろうカノンも笑顔になっていた。そんな誰もかもに愛されるような素養に満ちる令嬢に、カノンは訊ねる。



「リィンさんは、立派なレディーになりたいんです?」

「わたくし、ですか?」



 その問いかけに、リィンは首を傾げて。

 ほんの少しだけ沈黙してから、しかし明るい口調でこう言うのだった。



「いいえ。わたくしは、星になったお母さまみたいになりたいのです!」







「元気な娘さんでしたね」




 カノンにリィンを任せ、アルディオ伯爵と二人きりになって。

 俺は彼女たちが出て行った扉を見ながら、率直な感想を口にした。年齢はいくつくらいか。おそらくはまだ十歳にも至っていないと思われた。伯爵にとってみれば、可愛い盛りに違いない。

 そう思っていたが、俺の言葉に相手は――。



「……あぁ、今日は調子が良いらしいね」

「え……?」



 どこか含みのある言い方でそう答えた。

 少し驚きつつ彼の顔を見ると、そこにあったのは憂いに満ちた表情。先ほどまでリィンに向けていた色とは程遠く、悲しみや憐れみといった意味合いが濃く出ていた。

 どうやら伯爵の頼み事、というのは娘に関係あるらしい。

 言葉にせずとも俺はそれを察し、少し迷ったが、意を決して訊ねた。



「あの子、どこか悪いんですか?」

「………………」



 するとアルディオ伯爵は心痛な面持ちになり、深くため息をつく。

 そして、認めたくはないと言いたげに首肯してみせた。



「……あぁ、娘の身体はどうやらヌタクサの毒に侵されているらしい」

「ヌタクサの毒、ですか……?」



 俺が聞き返すと、彼は軽く唇を噛んで続ける。



「昨日まで、この都市の水はヌタクサに汚染されていた。元々リィンは、亡くなった妻に似て身体が弱くてね。直接に摂取しなくても、その毒に当てられたらしいんだ」

「そんな……! 解毒は、できないんですか?」



 俺が訊くと、伯爵は自嘲気味に笑って言った。



「はは……できたらもう、試しているだろうね。ただヌタクサの毒は特殊で、全身に行き渡って徐々にあの子の身体を蝕んでいるそうだ。効果的な薬はない、と言われたよ」

「…………すみません」



 その言葉に俺は『言わせてしまった』と申し訳なくなる。

 伯爵はすでに、彼にできるすべてをした。その上で解決策が見つからず、俺とカノンに助けを求めたに違いないのだから。

 だから自然、謝罪が口をついて出た。



「謝らないでくれ。だからこそ、キミたちを頼りたいのだから」



 しかし伯爵は首を左右に振って、気丈に笑って見せる。

 その姿に俺はどこか既視感を覚えながら、こう確認を取るのだった。



「頼み事、というのはやはり?」

「あぁ、娘の回復だ。そして、もう一つある」

「……もう、一つ?」



 するとアルディオ伯爵はまた表情を変え、今度は厳しいそれになる。

 そして、こう告げるのだった。




「この都市の中にいる『裏切り者』を見つけ出してほしい」――と。









「そう、ですか。リィンさんのお母様は、すでに……」

「お父さまは『星になった』と言っていましたが、わたくしには分かります。人というのは決して、そうはならない、ということを」

「………………」



 カノンはリィンの言葉に、胸が締め付けられる思いになる。

 このように幼い少女にとって母の死、という現実は耐えがたいに違いない。それにもかかわらず、リィンはしっかりと受け止めた上で、理解を示しているのだ。

 どれだけ聡く、賢い子なのだろうか。

 聖剣少女はそのことに対して、愛しさと同時に言い知れぬ敬意を抱いた。



「それに、お母さまがいた証はあります!」

「証、です……?」

「はい!」



 すると、カノンの機微を悟ったらしいリィンは言う。

 そして自身の絵本の中から、一つの『栞』を取り出すのだった。そこには一輪の青い花が入っており、綺麗な装飾が施されている。



「それが、証ですか?」

「そうなのです。これがあれば、お母さまはわたくしの傍にいます」



 リィンはその栞を大事そうに、そっと胸に抱きしめた。

 それが彼女にとってかけがえのない宝物だと、一目見て分かるほど穏やかに。



「強いのですね。……リィンさんは」




 その様子に、カノンは思わずそう口にするのだった。



 


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「平凡少年、田中くん。~暗殺者、やってます~」こちらも、よろしくお願い致します。
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