第52話
「あれ、ほんとに知らないのね。なんでだろうなそうすると……繋がりが、あるんだかないんだか」
多分ないと思うよ。子供が紛れ込んできたから、興味がわいただけじゃないかな?
というか、祖霊様たちと同じ感じだったから、シャキヤさんの指示で現れたのかと思ってた。違ったのか。
「あの子は存在こそ祖霊と同質だけど、祖霊ちゃんネットには繋がってないから、あたしから指示はできないのよねえ。
まあ、君が余計なことしないよう押さえててくれたみたいだから、そこは有難いんだけど」
押さえてたというか、ただ膝枕されたと、いうか。
【深窓の姫君の膝枕とか、随分な役得ですね?現実世界じゃまずありえませんよ?】
く、ファズがからかってくるとか……いや割と口調はマジだな……?
「そんでさ、こないだ君が月の狼復元しちゃったじゃん?まあ、狼も君もセルファに紐づいてるとか思ってなかったからそこはしょうがないんだけど」
え、俺がやったの、本気でまずいことだった?
【そこまででもないですよ。むしろ異界の天狼を壊れてたからってそんなぞんざいに扱うほうがまずいんじゃないですかね】
「だって自我どころか、『飢餓』以外なんも残ってない状態よ?何もなさすぎて、食ったものの消化も満足にできないから、おなかの中に色んなリソースこっそりキープもできたし、誘導も辛うじてできたけど、他にどう扱えと?
……坊やがあの子を復元できたの、神様も認定するガチの奇跡よ?」
そういえば、姫さんにもなんか偉業とか言われた覚えがあるな……その時は、そんな大げさな、って思ってたけど。
【つまり概念化から引き戻した?特にリソースの消費もなしに?妹さんの方じゃなくて、ケスレル君が……?】
「あー、そういや妹ちゃんなら割とさくっと戻しそうな気はするわね……っつかあの子も大概ヤバイのよねえ……なんでこの世界に来ちゃったんだろ」
ん?妹?ああ、そういえば、他所の世界の記憶があるとか、言っていたっけ。
魂って、そんなあっちこっちふらふら移動できるもんなの?
「いや、普通はそこまでは無理じゃない?あたしは分体を他所に送って人間のフリしてる感じだから、厳密にはふらふらしてるともちょっと違うしねえ。流石に本体起こすのはまずいから、その方式。
今喋ってるあたしも分体ね。増やすこともできるけど、ぶっちゃけ管理が面倒だから1回につき1体しか作ってないわ。
君の妹ちゃんはなんかびっくりするくらい強力な巫女で、おまけに馬鹿みたいなクラスの魔力持ちだったから、普通ならこの魔力を排除した世界には寄り着かないはずなんだけどねえ」
【でもナガルも落ちてきましたよね。存在が壊れて、魔力どころではなかったようですけど】
「そりゃあだってあの子もともと君のじゃん。この世界で生まれた魂なら、普通にこっちに引っ張られることはある……わよ……?」
シャキヤさんの語尾が怪しくなる。何かに思い至った様子?
【あれ、そうでしたっけ……?じゃあ、妹さんも、最初の世界がここだったりなどは?】
「いやいやまさか……坊やはそのへん、聞いたことある?」
え?なんだっけ、確か、魔法のない世界から、魔法のある世界にいって、そこで魔力が増えて、その次がうちだ、とは聞いたけど、それくらいしか情報はないよ?
そもそも、三年寝てたうえに、俺は今も一日の大半は寝てるから、話自体、そんなに沢山はできてないんだよね。
「くう、情報量が足りないぃ。流石に魔法がない、程度じゃ他所にもたまにあるから、判断材料にはならないわねえ。当時の名前でも判ればまだしも、流石に時間が経ちすぎよねえ」
《たぶん、あれは、伽椰。前の私と同郷》
突然喋る羊のぬいぐるみ。眼の色が紫紺色だ。ってこの喋り方は、確かラクレさんとかいう祖霊様?前にうっすらした姿で見た覚えがあるな。
あの時もシャキヤさんと話してたんだったか。
「ラクレちゃんそういう無茶しないの。って同郷?君複数記憶持ちだっけ?いや違うか、他所から来た組だったっけ?」
《最初は違う世界だと思っていた。でも、伽椰を思い出したら判った。私はこの世界を出たことが、ない》
それだけ告げると、ぬいぐるみは元の黒い目に戻った。
……そういえば、最近になって見るようになっていた、たくさんの少女たちの夢。
高層建築と沢山の車両とたくさんの人たちに囲まれて暮らす、紫紺の少女……?
「……坊やごめん、君が干渉してたんじゃなかったのね。あの子たちのほうが、ちょっかい出してたのね」
ぽそりと、小さく謝るシャキヤさん。
やっぱりあれはラクレさんや、祖霊様たちの記憶だった?なんで俺がそんなものを見ていたのかが……
ああ、羊のぬいぐるみの、中身だから、か。ずっと身に着けてた?もんなあ。
それにしてもなんでこんなぬいぐるみ姿に?
「それは単に仮称残滓から保護するためね。ほんとなら彼女たちを解放した状態にしてから君と一緒に東に返す予定だったのよ。
その前に君がわんこ復元して自力で戻っちゃったから、ぬいぐるみのままそっちについてっちゃったの」
【ごめんシャキヤ、それは僕が渡しました……流石に彼女たちだけ置いて戻ると、保護状態とはいえどちらに転ぶか判らなかったので】
シャキヤさんの言葉に被せるように謝罪するファズ。でもあんまり申し訳なさそうでもないな。当然の選択だったんだろうか。
「ああ、そういう……それは確かにそうね。で、高層建築の夢がラクレちゃん?で、妹ちゃん同郷?それって戦争前の話ってことよ……ね……」
そこでシャキヤさんが言葉を切って、固まる。
【まあその話はその辺でいいでしょう。どうやら故地回遊の結果、でいいようですし】
「あ、ああ、そうね。そうだったわ。主題とは何の関係もない、わね」
ファズが無理やり話を元に戻す。まあ、多分あの感じだと、伽椰という人は当時のシャキヤさんの知り合いかなんかだったんだろうな。
「ま、またそうやって……そうよ、伽椰は、あたしの知ってる伽椰・タカバヤシだとすれば、だけど……あたしのナノマシン工学の師匠みたいなもんだったヒトね。実は、直接会った事はないんだけどさ。
彼女が、破棄された前プロジェクトの記録を詳細に付けていたから、あたしは先達と同じ、ちょっとした、でも致命的なミスにはハマらずに、ナノマシン理論を完成できたの。
やっと完成したぞって頃には、当時のあたしもいい歳になってて、おまけに彼女は早死にしたそうで、とっくに墓の下だったけど」
だから、名前となんとなくの為人くらいしか実は知らないのよねえ、と、シャキヤさんは遠い目をした。
そのあとも、暫く話はしたんだけど、結局肝心のフェイさんの本体がどこなのか判らないとどうにもならないね、という話で終わってしまった。
仮称月の残滓のほうは、月とはひょっとしたら関係のない何かの悪意の塊なんじゃないか、という話も出てきたけど、現状では確認しようがないようだ。
どっちにしてもリソース横領の件があるから、外からの何かがちょっかいかけた結果、存在が歪んだ何か、ではあるようなんだけど。
でも、ほんとに外からなのかな。なんか、魔法を排除するために全力出してるよね、ここの創世神様。
そう聞いたら、力は魔力が全てじゃないからねー。ほら姫ちゃんとかあたしとかー、という、まあ納得できる答えが返ってきたけど。
違和感が、消えない。なんだろう?
シャキヤさんが立ち去って、謎の空間だったものが解ける。
ファズの腕の中でぬいぐるみを抱えた俺の姿が一度ぼやけて、元の、といっても三年前の年齢の俺の姿に変わる。羊のぬいぐるみは、まだそのまま俺の手の中だ。
【偽装というのも、なかなか難しいものですねえ。もう少し穏便にやりたかったのですが、すみません】
大きくなったから降ろしてくれるのかと思ったけど、ファズは俺を抱き上げた状態のまま歩き始める。
ところで、今度のここはどこでしょう?
なんとなくだが、場所としては、通常の空間のような気がする。東の地下都市のあの部屋と少し似た、でもそれよりだいぶ古びて、所々壊れた施設。ということは、やっぱり地下かな。
俺とファズの姿はどうやら透けている感じだ。マーナガルムの姿はない。気配だけはいるけれど。
多分、仮にこの場に普通の人がいたとしても、俺たちは見えないのだろう。なんせ実体がない状態っぽい。
【ケスレル君には申し訳ないんですけど、もう少し、お付き合いくださいね。どうしても確認しなくてはならないことがあるんです】
そうなのか。終わったら、戻れるのかな?――以前と違って、俺の問いには答えてくれないファズ。
そして辿り着いたのは、かつては厳重に封印されていたと思しき、壊れた扉の中。
小さな駆動音。点滅するいくつかの灯。なるほど、ここの設備は生きてはいるらしい。
だけど。
壊れたガラスの破片が散乱するなか、最奥にあったのは――
金色の、長い長い、だけど、恐らく艶を喪って久しい髪。
髪の間から見え隠れするのは、最早皮も肉もない、髑髏。ぽかりと空いた眼窩には、ただ闇しか見えない。
首から下は骨すらもない。ああ、そうだ、さっきの会話で、首だけ、なんて言っていたじゃないか。
多分、これが、フェルリ……フェルリムヴィーズさん、だったもの、だろう。
【……いつから、こうだったのでしょうね】
ファズの、硬い声。感情が乗っていない、平坦な声音。
結構時間は経ってるんじゃないか?腐敗じゃなくて乾燥で骨だけになるのって、室内では相当かかる気がする。いやまあ、単に装置が壊れて死んで風化したなら、だけれど。
それよりも、これに気が付かないとか、あり得るんだろうか。
ファズが、ゆっくりと歩を進める。
その透けたつま先が、床を這う髪に触れた瞬間、その髪は、髑髏諸共、微かな光と共に、粉々に砕け散った。そして、微かな光だけが、ファズに吸い込まれていく。
【……この場所は、厳重に隠蔽していましたからね。とはいえ、この状態は想定していませんでした。封じたものに、食い尽くされるなどとは】
「……ほんっとに、シャキヤちゃん以上の嘘つきがいると、やりづらいわあ。ようやっと入り口をひっかけたかと思ったら、まさかの手遅れ!」
あれ、シャキヤさんの声が、と思ったら、ぶわ、と、紫がかった例の霞。
ただ、それは俺たちに到達する前に霧散した。靄を相殺したのは、淡い光。夢でしか見たことのない、月光。
【これは迂闊。なるほど、ぬいぐるみを辿ってきたのですね?まあ、ここを開いた時点で、もうどうでもいいのですけれど】
微笑は嘲笑に。だけど俺の身体を離そうとはせず。冷徹な、みたことのない顔。
……俺を抱えている、これは……ついさっきまで、微妙な違和感こそあったけど、ファズだと思っていた、これは、誰だ?
今章で一番苦労した回。嘘つきが多いとややこしくていけません。




