第50話
祝・本編50話。但し内容は()
「……邪魔してるのは、君のほうなんだよなあ!君だって、そんな状態で干渉なんてしてたら、動けなくなるだけじゃ済まないのに!」
あれ、この声は。確か、シャキヤさん?
目を開く。何処か良く判らない場所で、白衣のシャキヤさんが俺の前に立っている。
ところで、俺これどうなってるんだ?それこそ、狭いどこかに張り付けられたように座り込んでて、身動き取れないんだが。
「いくら無意識とはいえ、こっちへの干渉が余りに酷いからちょっと閉じ込めさせてもらいましたー。
ああもう、記憶封印全然効いてないし、どういうことこれ!妹ちゃんはともかく、君って普通の人間だったはずだよねえ?」
いや待って、どういうこと。俺は何の力もない普通の人間のはずだし、ここんところは物理的に身動き取れなくて、それこそ何もしてない、はず。
「……ですよねー。何処からどう見ても、普通の人間。弱っちい、子供の、しかも豪快に欠けてる魂。
良く考えるまでもない、こんな遠方に干渉なんてできないはず。今君にくっついてる犬だって、君を隠すのが精いっぱい、程度の力しかない状態なんだし。
なのに、この間からシャキヤちゃんの計画上必要なコレクションにめっちゃ干渉してんのよ、君が!意味わかんない!」
コレクション?何の?
「ひ・み・つ。君は知らなくていいし、知っちゃったら生きて帰せなくなっちゃうからね。察するのも禁止よ!
そもそも君、今それ以上魂欠けたら人間として再生できなくなっちゃうから、絶対何もしないで欲しいんですよねえええ!」
あれ、思った以上に俺ってやばい状態だったのか。しかし全然意識してない部分での干渉とか言われても、どうしろと。
「ああ、そこに閉じ込めたのは、干渉を遮断するためだから、そこから出なければ取り合えずは安全よ。
ただでさえ君を巻き込んだのは予定外なんだから、これ以上予定外が増えるのは困るのよ、勘弁して欲しい……
シャキヤちゃんだって、君を消滅させたりなんて、したくないんだから」
……それは判ってる。シャキヤさんは、ずっと、守る側の人だったんだろう?
「あんたのそーゆーとこよ!察しが!良すぎるの!ああだめね、これ以上問答してたら、本気で君をだめにしちゃう。一旦夢も見ず眠ってちょうだい、どこまでシャキヤちゃんの力が通用するかもう判んなくなってきたけど!」
その言葉と共に、視界も意識も、闇に落ちていく。充分効果はあるんじゃないかな、と思ったところで、意識が途切れた。
はて。
夢も見ない眠り、とか聞いた気がするけど、では一体この状況は何なんだろう。
あの人の言葉は、しょっちゅう胡散臭いというか、嘘やハッタリが良く混じってる気がするから、考えても無駄かもしれないな。
何もない、真っ暗な空間。いやこれ空間といっていいのかどうかも怪しいな、何もない、気がする。
俺自身も、意識があるようではあるけれど、身体も何も無くなってしまったみたいな、そんな不安というか、不安定というか。
いや、何かは判らないけど、多分後頭部あたり?ふわっとした、柔らかい何かが当たってるな。なんだっけこれ。
羊の毛?違うな、もっと確とした感触。感触?
ふふ、と誰かが笑う声がしたような気がした。
あれ、俺、目を閉じてるな。開けてみるか。
紅玉のような、赤い瞳。白い肌、白い髪。
あれ、夢で見た、姫君だ。なんでだ?どういうわけか膝枕されてるんだけど、俺。
ちなみに俺は例によって幼児姿だ。お姉さんに膝枕される幼児。
うんまあ、なんだ、普通といえば普通だな、相手が姫君でなければ、だが。
《うごいては、なりませぬよ。あなたには、いまは、きゅうそくがひつよう》
祖霊様たちと同じような声の響き。優しく俺の頭を撫でる手。
ところでここはどこですか。
《つきくらうおおかみの はらのなか、でしょうか。とろけてきえたりは、いたしませんから、ごあんしんくださいませ》
微笑みながらそう答える姫君も、なんだかいろいろ欠けている気がする。ちらりと見える左の耳の端だとか、俺を撫でていないほうの腕の一部とか。
《これは、そういうものなので、おきになさらず。ときがいたり、つきのおかたがもどれば、われらも、もどりますゆえ》
月の御方?あの、残滓と呼ばれたあれではなく?
《ええ……ああ、これいじょうは、しかられてしまいますよ。おやすみください》
その言葉と共に、また意識がどこかに沈む。なんだろうね、これ。結局何も、判らないままだ。
ゆさゆさと、優しく揺さぶられる。あれ、知ってる手の感触だ、これ。久し振りの、誰か。
目を開く。見覚えのある、肩で切り揃えられた金の髪、青い瞳。
ああ、ファズか。どこいってたのさ。心配したんだよ。
え、あ、ちょっと、そんなに。急に、号泣しないで。びっくりする。
俺を抱きしめて、言葉もなくわんわん泣いてるファズが、なんだか子供みたいで、思わず固まっていたら、ファズの背後にもう一人いるのに気が付いた。いや、今、現れたのか。
フェイさん……じゃないな、あれは、淡い黄色、つきのひかり。
(おまえが、 楔か)
ぼそり、と、どちらかといえばフェイさんの声に近い、でも違う誰かの声。……楔?
あと、今連想したつきのひかりって、なんだ……?
ぎゅ、と、俺を抱きしめるファズの腕に力が入る。まあ別に苦しくはないからいいけれど。
そういえば、さっきの姫君と遭遇したあたりから、羊のぬいぐるみがないな。どこいっちゃったんだろう。
暫くずっと持ったままでいたから、ないと、なんだか手が寂しいというか。俺まで子供みたいだけど。
【……君は、子供みたい、じゃなくて、子供でしょう?】
ようやっと、ファズが口を開いたと思ったら窘められた。一応三年経ってるんだよ、寝てて全然覚えてないから多分計算に入れちゃだめなんだろうけどさ。
ところで、ここはどこで、一体何がどうなっているんだろう。
落ち着いてみると、なんだか、いろいろと変だ。夢にしたって、なんだかおかしくないか?
【夢というのは、本来辻褄が合わないほうが普通なんですよ?まあ、君が以前から見ているそれは、恐らく夢ではないのですけど】
……え?
ファズが、幼児姿の俺を片手で抱き上げ、黄色い男のほうに向き直る。
【君には、随分と……たくさん迷惑をかけてしまいました。できればここで終わりにしたかったのですが、どうやらまだ、期が整っていませんね……】
(ここから、 出られると思っているのか?そのような 足手まといを連れて)
どうもこの黄色い男の言葉が、平坦すぎて、感情を感じられないというか、なんだろう。偽物感っていうのか。
(我は 偽物ではない!断じて!)
しまった、筒抜けだった。ファズが呆れたようなため息をつく。
【まあ偽物ではありませんね。……それ未満です】
ちょ、火に油を注いでどうするの!
ぐわ、と、男の足元から漆黒の闇。男の手の動きに合わせるように俺たちのほうに向かいかけ――
何かに気付いた、というように、くるりと反転して男のほうを包む。
(なぜだ!なぜさからう……)
つるん、といともたやすく男を呑み込んだ闇は、そのままぐるる、と声をあげて、ファズの足元で丸くなる。
ああ、なんだ。
ちょっとびっくりしたけど、これは、この声は知ってる。マーナガルムじゃないか。そりゃあ、あの男に従う道理はないよね。
ぐる、と肯定の声。
【え】
ファズが不思議そうな声をあげる。ああ、そうか、ファズのいないときの事だから、知らないよね、マーナガルム、黒い狼。本体?はかわいいんだよ。
あれ、でもこっちが本性なんだろうか。いや、自分で狼って名乗ってたから、あっちが本性でいいんだよな?
【……はは、まさか、そんなことになっているとは。かれを、名付け直したのですね……夢ででも、見たのですか?】
うん、金髪の男の子と、真っ黒い狼の夢ならずうっと見てた。
最初はマーナガルムの記憶でも見ているのかと、思ってたけど。
今なら判る。
あれは、ファズだよね。名前は、違ったけど。
俺が見てたのは、君が封じてた、本来の君の、きっと古いふるい記憶。
なんでそんなものを、俺のところに置いて行ったかは、知らないけど。
【……置いていくつもりじゃ、なかったんですよ。自分でも、封じたまますっかり忘れていましたし。
取り合えず戻りましょうか。君をいつまでもこんなところに置いておくわけには】
どこへ、と問う前に、ファズの言葉が途切れる。
気が付けば、紫みを帯びた靄。
「……あんたらねえ……ほんっとどこまで言うこと聞いてくれないの……奴を閉じ込め直したのだけは評価すっけど……」
予想通り、現れこそしたものの、すっかり疲れ切った表情のシャキヤさん。えっと、なんか、ごめん。
【謝らなくていいですよ。何もかもをややこしくしたのはこいつなんですから、そうでしょう?シャキヤール】
ファズの表情が険しい。こわいこわい、眉間の皺はよくないからのばしてのばして。
「……何やってるの君たち、コントか。でも取り合えずどうしよっか……まさか、その欠けて見えてるのまで偽装とか、想定外にも程があるわ」
【……偽装と隠蔽の師匠はあなたですよ?まあ、ケスレル君を巻き込む原因を作ったぶんの責任は取ってもらいたいところですが】
ええ?何がなんだか、さっぱり判らんのだけど?
「坊やには説明しよう!そいつはねえ、君のバックアップを勝手に取って、こっそり本体と入れ替えてたの。わざと、一番弱ってる時のデータでね。で、今さっきここで更に入れ替えました!君全然欠けてなんてないわ、心配して損した!
まあでも正直、君本人すら気づかないんだから、相当よね。
とはいえあくまでも身体のほうの話じゃないから、動けない現状は変わってないけど、そもそも、そっちもわざとロック掛けて行ったんでしょ、動き回られると下手すりゃ入れ替えがバレるし、そもそも危ないからって。どんだけ過保護よ」
【そういう僕の裏をばらす前に、あなたこそ、自分のやったことを白状なさい。
最初にナガルの断片をケスレル君のところに誘導したの、貴方でしょう?ひとつ間違えばケスレル君は取り返しのつかないことに……
いや、今既に、ある意味ヒトとしては取り返せない状況じゃないですか。……君は、もうちょっと怒ってもいいんですよ、ほんとうに】
最後の一言は、俺に向かって言うファズだけど。
って、知らない名前が出てきたぞ?いや、ナガル……マーナガルムのことか。愛称で呼んでたんだな。
そんで、その……怒ってもって、前にも言われたけど、終わったことに怒るのって、俺の性分じゃないんだよ。
この世界で、人は熱病程度でもあっさり死ぬし、生き返りはしない。なら、今生きてればそれでまあいいじゃないか?
ファズが困った顔。シャキヤさんも、なんだか鼻白んだ、といった表情。
「……だってさあ、そうでもしないと姫はともかく、フェルリは釣れないし、あんたも出てこないでしょう?
いい加減、仮称残滓の後始末を完全に付けなきゃいけないのに、関係者がまとめて隠れっぱなしじゃ困るのよ。
――延々隠れてたあたしがいうのもなんだけど、さ」
一つ溜息をついたあと、明らかに開き直った表情で、シャキヤさんが言い切る。
残滓と関係者?ファズが?
月の残滓、関係者、マーナガルム――月の、狼。黒い狼と少年、いや、最後にみたのは、もうあれは、青年で。
そして、本来ひとりであったのに、ふたりに分割された存在……あれ……全部、ぜんぶ、繋がるのなら。
「だーーーーかーーーらーーーーー!なんで!君は!気付いちゃうの!記憶を、こじ開けちゃうの!」
シャキヤさんが俺に向かって文句を言う。そんなこと、言われてもなあ。
俺を片手で軽々と抱き上げている綺麗な青年は、寂しそうな顔でただ微笑んでいるけれど。
かつて神々が去ったときに、月神も、去ったんじゃなかったのか。ここに、いるのは……
【……ええ。僕は、あのひとを置いて、去ることができなかった。
自ら堕ち、大災害を引き起こした、かつては月と呼ばれたもの。今は、ただの罪人、ですね】




