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まぼろしのひつじ  作者: うしさん@似非南国
五章 月の狼
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第47話

 現実でも、そうではないところでも。何度も寝て、何度も夢を見る。


 夢と現実の狭間のような場所で、おっきなマーナガルムの毛皮に包まって、きらきら光る羊のぬいぐるみを抱えて。

 幼児の姿は、俺の魂の何かが失われて、欠けてしまったせいだというのだけれど。

 そういえば、この姿の俺も、あまり動くことができない。最初は、もふもふのマーナガルムに包まってるせいだと思っていたけれど。

 羊のぬいぐるみを手離そうとしてみたら、びっくりするくらい手が動かないんだよね。

 俺、自分の身体の動かし方すら忘れちゃってるんだろうか。寝てばかりで全然意識してすらいなかったけど、よく考えたら、随分と長い事動かせてないもんなあ……普通の人間の状態なら、筋肉とかごっそり落ちちゃってるに違いない。

 まあ、ちゃんと動かせない状態とはいえ義体だから、そんなことにはなってないはずだけど。

 と思ったら末端が欠けてるって言われた。正常に機能しだせば自動復元される程度だとは言っていたけど。


 それはそうと、そもそもこの羊のぬいぐるみは、何なんだろう?

 俺も妹も、こんな可愛らしくて精巧なぬいぐるみなんて持っていたことなんてないんだけどなあ。余り糸で、羊の編みぐるみなら作った事あるけど、かわいさはともかく、こんな精巧には作れなかったし。

 ……出来は良かったんだよ?妹は気に入ってくれていたし。


(はて、言われてみればこの羊、何であろうかね。主は最初からそれを抱えておったが……

 まあ、抱えておるということは、主とは関連が強いものではあろうな。とはいえ、主から失われた部分とは別物ではあるだろうがのう)

 え、俺のなの?いや全然記憶にないよ?


 羊、ひつじ……姫さん絡みの何か、だろうか?キラキラしているところなんて、それっぽいんだけど。


(彼の龍の力は感じなくもないが、ごく薄いのう。まだ、主との関わりのほうが強そうに思うが)


 結局、その時は全く何も判らないままだった。

 いやだって、本当に何の心当たりもないんだよ。幻羊種……光る羊たちとも関係ないっぽいしさ。



 夢のほうはというと、時々経過が飛びながらも、不思議と順序良く時が進んでいって、幼児だった金髪の子供は、すっかり少年といえる見た目になっている。子狼も、羊追い犬の一番大きい奴より少し小さいくらいまでに育っている。人も狼も、顔立ちがまだちょっと子供っぽいけども。

 そして、ひとりと一匹で連れ立って、彼等の村からほど近い森に行ったり、草原で魔法の実践練習をするようになっていた。

 驚いたことに、習っていた少年はもとより、子狼も魔法を使う。ただ、それは当然のように大人たちには秘密にされていた。

 大人たちは相変わらず、黒い狼を遠巻きにしているが、それ以前に比べて、その視線は穏やかだ。

 そうだよな、下手な犬より主の少年に忠実で、ぴったり寄り添って。他の人間には警戒を露にする、どころか見向きもしないものな。

 こいつ、いつだって主の事しか見ていない。そういう性分の個体なんだろう。犬だって、結構それぞれに性格が違うからなあ、狼もそうなんだろう。

 彼等の赴く森には、俺の知らない生き物たちもいて、この夢を見るのは随分と楽しい。

 自分の知らないものを夢で見るのって、不思議な感じはするけども。



 ふと思いついて、雑談の時にマーナガルムに魔法を使えるのかと聞いてみたら、

(故郷では自在に使っておったが、この世界では魔法を発動させるための魔力自体が存在せぬから無理じゃな)

 という返事だった。へえ、人間に魔法が使えない、どころか世界そのものが魔法を使えない構造なのか。


(それどころか、この世界に落ちた段階で、己の持っていた全ての魔力をも喪う故な。何か別の物に変換されてしまうようじゃ。我はいろいろ失い過ぎて良く判らぬことになっておるが)

 マーナガルムの失くしたものも、いつか取り返せるといいな。今の俺には何もできないけど、な。

(何もできないなどということはない。主は、我がもとに在ってくれる、それだけでよいのだ)

 そういって、マーナガルムは俺の顔をぺろりと舐めたけれど。

 今の俺は、この夢うつつの場所での姿と同じ、何もできない、ただ自分より大きなものに庇護されているだけの、幼児みたいなものだから。

 そんな風に後ろ向きの気分になると、だいたい寝かしつけられてしまう訳だが。まさに幼児扱いじゃないかこれ。



 この頃、見る夢に奇妙なものが混ざり始めた。

 綺麗な女の子たちが、それぞれの人生を送る夢。

 見たこともない高層建築の、四角かったり丸かったりする建物のある、クタラなんて目じゃないほど大きな街で、たくさんの人と暮らす、紫紺の髪の少女。

 一転して、田舎の森の中の村で家族や羊たちと過ごす、茶色い髪の少女。

 深窓のお嬢様、いや姫君として、親兄弟に可愛がられ、豪奢な館の中から出ることもなく、多くの人に傅かれて暮らす白髪と赤い瞳の少女。

 紫紺の少女と白い少女は、それぞれ田舎の村での姿や、顔触れの違う場所でやっぱりお姫様だったりもしている。

 他にも、顔も名前も知らない少女たちの、断片のような短い夢たち。


 皆、顔も知らない、見たこともない人だけれど、どういうことだろう。

 こっちの夢は、少年と子狼のそれに比べてぼんやりしていて、起きた時には忘れていることすらあるから、妹はもとより、マーナガルムとの雑談の話題にすることはなかったけれど。

 ああ、そういえば、以前誰かの話をしていたときに、ファズが白髪赤眼の人も稀にいるって話をしてくれたこと、あったな。

 ファズ、どこ行っちゃったんだろうな。何のために、あんなことをしたんだろうな。……無事で、いるのだろうか。


 ファズの事を考えてると、マーナガルムが不機嫌になるから、普段はあまり考えないようにしてる。

 俺を危ない目に合わせた奴を信用したり心配したりするなんて、というけれど、でも、俺、ファズがいなかったら、とっくの昔に君に食われて死んでたんだからね?

 うっかりそこまで言っちゃうと、今度はマーナガルムがとても凹むので、できるだけ、言わないように気を付けてはいる。


 そのせいもあって、残念ながら、この話題に関しては、俺とマーナガルムの意見は、ずっと平行線のままだ。




 現実の身体のほうは、本当に少しずつ、感覚の判る範囲が広がってきている。まあ、まだ動くには至らないんだが。

 妹曰く、癒し手の力をちょっとずつ使って、俺の生身の部分を、内臓優先で増やしている、というのだけど。


「あたしの寿命とかの心配はしないでいいからね。使わないと世界が滅んでも死なないとか言われたからね……」

 どことなく遠い目をしてそういう妹。なんでそんな愉快なことになってるんだ。


(前世でよほど膨大な魔力を持っておったものが、寿命に変換されてしまっておるのじゃろう。既に魂に身体が引きずられて変質しておるしのう)

「うわあ、マーナガルムくんにも判るくらい変わっちゃってるのかあ。頑張って削らないとまずいわー。膝枕の野望がー」


 ひざまくら?


「あ、いや、い、今のは聞かなかったことにしてほしいかな!とりあえず上半身起こせるようになるのが目標で!そしたらご飯の時がだいぶ楽になるから!」

 あわあわと手と顔を横に動かしながら妹が叫ぶ。


 なんだろう、最近妹の性格がちょっと残念な方向に進みつつあるような気がする。お兄ちゃんちょっと心配です。


「ところで、ちょっとずつ力を流してるっていうけど、いっぺんにやるとどうなるんだ?いやシィが危ないとかなら試しちゃだめだけど」

 話をもとに戻す。今日はもう少し起きていられそうだから、できれば話を聞きたい。


「あたしは全然平気。ここまでやって、成長こそちょっとだけ早くなったけど、まだ寿命のほうはミリも削れてないって自分でも判っちゃうくらいだからね……

 ただ、いっぺんに力を流しちゃうと、お兄ちゃんまで人の枠からうっかりどころじゃなく外れちゃうから、かみさまに止められてる。

 お兄ちゃんの魂のほうに負荷がかかりすぎちゃうから、今、普通の人じゃなくなるのは、あんまよくないのよ」

 別に外れたってシィのためなら、と言いそうになった言葉を、後半を聞いてそっと引っ込める。危ないのは妹じゃなくて俺だったか。

 ……流石にそんな本末転倒が良くないのは俺でも判る。


(そうじゃな、主の魂は随分と弱っておる故、それは当分は実行せぬほうがよかろうよ。

 かつて自我を喪っておった頃の我が食ろうた分だけでも戻せれば良いのだが……力ごと、奪われたまま故な……)

 耳をぺたりと垂れてしまったマーナガルムの口調が、酷く申し訳なさそうで、なんだかこっちが居たたまれない。


「それは事故の結果だし、終わってしまったことだから、今はいいよ。いずれ、取り戻してくれるんだろう?」

 しょぼんとして見える子狼を撫でてやりたいけれど、身体は動かないままだ。こんなときは歯がゆいな。

 と、思ってたら、代わりに妹がなによもうかわいいじゃない!などと言いながら全力でもふもふしだした。


(ぬぉ、何を……うはぅ……)

 うわあ、子狼が見る間に気持ちよさそうにふにゃふにゃになってる。ひょっとして、村の羊や羊追い犬、これで懐いてたのか……?


 ところで、それやられると俺までなんだかこそばゆい気持ちになってくるんですけど、何ですかねこれ。

(あー、今の主は、ふわ、我と少々魂が繋がっておるからな……影響はされる……うぉぅ……)


「……はい?」

 へたれた声交じりのマーナガルムの言葉にびっくりした妹の手が止まる。


「うわ、マジか。マジだわ。中途半端に食べたせいかこれ。ペッしなさいってここにある分じゃないから無理かー!

 ……そしてお兄ちゃんえっとその、ほんとにごめんなさい」


 ……ああ、判ってしまった。こいつめ、この性格が地なんだな?さては今までは猫被ってたんだな?おのれ、かわいいことを。


「謝ることじゃないよ、知らなかったんだろう?まあできたら自重はして欲しいけど……なんていうか、むずむずして、落ち着かない」

 その程度ですんで良かったな、と、へちゃりと、蕩けたように胸の上で突っ伏す子狼の姿を見て思ってはいるけどな。


「はぁい、自重します……うう、手近なもふもふが……」



 やばい、こいつまだ諦めてないぞ、目でわかる。頼むから、寝てる時で頼む。多分流石に寝てれば気が付かないから。


はいなんか増えてるー!

あと兄よ、妹は残念ながらその性格が素だ。猫被る余裕がなくなっただけだよ。

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