6.降臨せしもの
この集落は、やっぱり変だと思う。
なんでこんなに綺麗さっぱり跡地を更地にしていけるんだ、まだ半日しか経ってないのに。
いくらメインの住居が天幕だからって、水路も畑も井戸も、綺麗さっぱり土の下だ。
それでも、多分判る人にはわかっちゃうんだろうなあ。皆まあ気休めだけどな!なんて言ってるし。
《しかし、移動も久し振りよの》
クレクさんがのんびりとそんなことを言っている。余裕だなあ?
あたしは荷車の上だ。歩きたかったけど、流石に時間が時間なので、ちょっと眠くてですね。
もうすぐ深夜になるかなってところで、羊たちを放牧している平らな草地を抜けて、東の森に入った。
明るくなったら、昼移動に変えるから、そのときは歩く予定。他所の子より体力はあるからね。
夜明けくらいに襲撃があったけど、なんか随分と気持ち悪い奴だった。
人間の皮に、化け物を詰めたような、いやでもこれ生き物じゃないなあ?
《これゴーレムじゃないかって、坊やに付いてる何かが言ってたわねえ》
ゴーレム?というかおにいちゃんってばいったい何付けてるの?
《何かは良く判らない。悪いものじゃないけど》
ラクレさんの言葉が、いつもより歯切れが悪い。なんだろう。
《それにしてもあの山羊、はっちゃけとるのう》
襲撃してきた、蜘蛛型ニンゲンみたいな気持ち悪い敵を、光る羊と、集落で一番アホの子の山羊がげしげし踏んで始末してる。
おにいちゃんは、あれはお調子者っていうんだ、といっていた雄山羊だけど、なんかほんと楽しそうなんだけど、あいつ。
敵を綺麗にぺったんこに潰した山羊と羊たちは、なんにも知りません、って顔で群れに紛れ込んだ。
まあしかし、ゴブリンのような緑色の小鬼のような奴も、蜘蛛のように手足を増やされたヒトともなんともつかない姿の奴も、まっすぐあたしのいる荷車に向かってきていたような気がする。
これ居場所ばれてるな?どうやってかは判らないけど。
実のところ、ずっと寝たふりしてたから、おにいちゃんに直接聞くわけにはいかない。
まあでも、襲撃の最初も気が付いていたし、そういうのは、どういう理屈かはわからないけど、知ることができてるんだと思う。
大人同士とおにいちゃんの話し合いを聞いてたら、気が付いたら寝ていた。
うーん、みえるひとの動きがどうも気になる。いや敵とは全然関係ないとこで。
なんか、なんとなくだけど、おにいちゃんに近くないですかあなた。
《あの人はねえ、ってあら、自分のことばらそうとしてるけど、今やることじゃないから、止めといて》
まさかそこを丸投げするの?まあ、何故か毛布で簀巻きにされたおばあちゃまも一緒の荷車だから、おばあちゃまから伝言されたことにすればいいか。
「あー、みえるひと、そこからはもうちょっとまったほうがいいって。伝言。」
うーん、伝言ってとってつけたように言ったけど、多分この人、あたしがおねーさんたちと話せるの気付いてるよねえ。
《ああ、彼女は調子が良ければ我々が見えるらしいからね。ばれてると思っておきなさい。あなたに不都合のあるようなことは言わないでしょうけど》
なんか、追手は他にも人間らしき人たちがいるようなんだけど、近付いてこないそうだ。警戒してるのか、統率ができてないのか。
正直、襲撃の仕方がへたくそってレベルじゃないのがあたしにすら判るんですがどうなってんですかね、推定仮想敵国。
《敵が用意周到で包囲をさっくり敷いてくるよりはマシでしょう?》
久々に起きてきたリファさんが身もふたもない事を言う。まあそりゃそうなんですけど。
まあ結局、その次の襲撃はなかったんだけど。
バケモノ連中と一緒に来たらしい騎兵のおじちゃんたちは、嫌々働かされていたそうで、あっさり投降した。
それにしても、クタラってこの辺で一番おおきい街だと聞いたことあるけど、滅びちゃったの?
《いや、まだ滅びたとまではいえないじゃろ。住民はまだいるようであるし。ご領主の一族はだめそうじゃがな》
クレクさんがため息をつく。
エルロムスとかいう国、そんなにやばいんだ?
《あの国に入って、出てきたものは今まで誰一人としておらぬそうだよ》
なにそれこわい。鎖国とも別よね?
《別。連れ去られたものはいるから。まあ皆、帰ってこない。魂すらも》
えっなにラクレさん、それ本気で怖いんだけど。
しかし、出来損ないのような不良品ゴーレムを放流したり、馬に仕掛けをしたのに自滅で不発になったり、何がしたいんだろう。
ひたすら疲弊だけ狙ってるんだろうか。
それとも、恐怖心を煽るのだけが目的?
《どちらもありそうじゃ。疲弊して進みが遅くなればそれだけあちらに有利になろうし、恐怖心はアレを呼び寄せかねない》
アレ?ああ、この森にいるやつか。名前とか知らないけど。
《アレに名付けてはいけないのですよ。異界の異物に定着する機会を与えてはなりませんから》
リファさんがそう言う。前世の、それも異世界の記憶があるあたしのような人間は異物扱いにはならないんだろうか?
《ならない。たとえ、異世界の記憶があっても、ヒトはヒトだから》
なるほど?
そうこうしていたら、そのアレっぽいなにかが感覚的にいる気配がするようになってきた。
でも、噂で聞いていたより、ずっと小さい気がする……?
《あいつ隠蔽が得意だから、判りづらいのよねえ》
ファンヤさんがぼやきながら側面を警戒している。
《だが、これは本体ではなさげだ》
ラクレさんが断言する。おにいちゃんと最初に東に行ったときに、もっとでかいのに遭遇したらしい。なにそれ怖いってか聞いてない。
《心配させたくない、そうよ。私も同感》
そうこうしていたら、騎兵のおじちゃんたちから一人足りなくなったという話が聞こえてきた。
そういえば、生きた気配がいっこ足りない。残念だけど、たぶんそのひとはもうやられちゃったんだろう。
と思ってたら、まさかのゾンビみたいな何かとして登場でびっくりしたよね。こんなとこでパニックホラー映画のような展開は勘弁してほしかった。
ゾンビっぽい動く死体は、おにいちゃんたちが牽制している間に、羊ちゃんたちが退治してくれた。光る羊ちゃんたち有能すぎる。
でも、端切れには逃げられたし、油断してたらしい騎兵のおじちゃんがもう一人食べられちゃった。
そのあとは、思ったより順調に旅が続いた。
馬が途中で腹痛起こして死んでしまったときは、騎兵のおじちゃんたちの提案でみんなで食べた。馬肉を食べたのは前前世振りでした。
いや、ひとつ前の世界、馬がいないのにヒポグリフがいるとかいう、わけわかんないとこあってさ……
ヒポ肉は美味しかった記憶があるけど、流石にこの世界で食べる機会はないだろう。
魔力の存在しない世界に、魔物は存在できない。はず。
そういえば、あれも凶暴な割に数は少ない魔物だったから、どこか別の、グリフィンと馬が両方存在する世界から流れてきたものだったのかもしれないね。流石にそんなとこ見たことないけど。
だけど、ずっと、頭のどこかで警鐘が響いてる感じが続いてる。危険は去ってなんかいない。
みるひとや、おにいちゃんも、ぴりぴりした感じがするようだから、同じように危機感を持っているらしい。
集落の人たちは、割と皆それぞれだ。みるひとと鍛冶屋のおじいちゃんは、ずっと警戒している感じ。
旅の後半になって獲物が見当たらなくなった狩人の皆は、ちょっとしょんぼり気味。
羊たちはめえめえ鳴きながら歩いてる。おなかすいてないかな、そろそろ羊と馬のごはんがなくなる頃のような。
騎兵のおじちゃんたちの馬が増えたから、本当は山羊にあげる予定だった干し草も馬に回っている。
山羊は干し草が減ったことなど気にしないように、そこらの草や木の皮を好きなようにかじって平然としてるから、正解といえば正解なんだろう。
時々羊ちゃんたちにコレは羊でもいける!って草を教えてる。食い気絡みだと賢いなこいつ?
おにいちゃんは不思議なくらいきっちり、まっすぐ東へと、皆を先導していく。
あたしや祖霊のみんな、あと『みるひと』は、この森でも惑わされることはないんだけど、他の人はちょいちょい集団からはぐれそうになって、わんこと光る羊のレスキュー部隊が出動して回収してる。わんこたちが鼻ではぐれた人を探して、光る羊が先導して戻ってくるんだよね。かしこいなあ。
どっちかというと、ゾンビもどき騒ぎ以来、ずっと落ち込んでる騎兵のおじちゃんたちが、迷わずあたしたちについてこれてる方が不思議だ。
ちょっと話を聞いてみたい気もしたけど、なんだか雰囲気がよくないので近付く気になれなかった。
というか、あたしが狙われてるっぽいから、と、休憩時以外荷車から降ろしてもらえません。運動不足!
《あれはどうも馬に全部まかせて進んでるようだね。馬はうちの馬を目標に立ててるようだ。賢い子たちだね》
そんな風にネタバレされたせいもある。そっか、馬まかせか。正解のひとつなんだろうな。
道をずれて進みそうになるのは、人間だけだ。山羊?雑にほっつき歩いてるけど、逸れても勝手に戻ってくるよ。
そして、とうとう森のはじっこだ、ってはっきり判るあたりまでやってきた。
この森さえ越えられればなんとかなる、と言われていたから、皆浮足立ちそうになったんだけど、おにいちゃんが危険な植物をいくつか教えてくれたら、皆一斉に静かになった。結構ごつい縄を、触るだけですっぱり切り落とせる、ツンツンとんがった草とかマジヤバなんですけど?
で、またこの草が結構あちこちに生えていて、邪魔くさいことこのうえない。
結果、だらだらと中途半端に薄い列を作って進むことになったのだけど。
ほんとうに、一瞬の隙をつかれたんだとおもう。
気が付いた時には、おにいちゃんが黒いなにかに串刺しにされた、その瞬間だった。背後から長く伸びる、不気味な黒い筋。
勝手に、身体が悲鳴を上げる。羊ちゃんたちがめえめえ騒ぎ立てる。いやそんなんじゃ間に合わない。
エスロさんとラクレさんが必死で黒いヤツを引きはがそうとしてるけど、相手がなまじ物理に偏っているから、うまくいきそうもない。
あれは、アレは、この世界にいちゃいけないものだ。おにいちゃんが、食われてしまう。そんなの。
――許さない。
気が付いたら、荷車を飛び出していた。前にひっそりとしまっておいてあった、あの光を体に纏う。
そのまま、全身でお兄ちゃんに飛びついて、抱きしめた。
光が天敵なのは知ってる。これ以上の暴虐は許さない。滅びよ!!
おにいちゃんの身体から、ずるん、と黒い何かが抜け落ちる。焼き尽くすには至らなかったのか、悔しい。
その瞬間、空から、光が降った。限界まで焦点を絞られた、雷霆。
っておにいちゃんにかすってるんですが?!しかもなんかめっちゃ痛そうにしてるんですけど?!
気を失ってしまったおにいちゃんが、最後に視線を動かした、なにやら声がした先を見る。
なんだこれ。いや、これ、とか失礼なこと言っちゃいけないんだってのは判るんだけど。
この世界に、こんな魔法のない世界に。
ホンモノの神様がいるなんて、聞いてない。
そして、ハッキリと感じ取れる、細い繋がり。
ああ、あたし、ほんものの神様に、祈ってしまったのね――




