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まぼろしのひつじ  作者: うしさん@似非南国
間章 喪月
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間章 永劫に分かたれしもの

なろうには中見出しがないのか……今回は諸事情で2話更新、ひとつめ。

真夜中の地下遺跡。


足音もなく、するすると歩みを進める影が一つ。

迷いなく進む姿は、明らかにこの場所を熟知した者のそれ。


【……01:OPEN=秘■■■/権■:Master】


微かに、囁くような、恐らく人がいたとしても聞き取れないであろう音声が、最奥の扉を開く命令を告げる。

音もなく開く扉。やはり音もなく滑り込む人影。


一瞬の逡巡さえなく、影は目的の場所へと、足早に歩みを進める。


やがてその視界に入ったのは、金属とガラスで構成された機器が並び、片隅のごく一部だけが稼働している証の灯を微かに灯すだけの、暗い一室。

だが、人影はその部屋に並ぶ機器には目もくれず、ただ奥へと進む。


最奥に、もう一つの扉。


【……01:OPEN/MASTER:UNL……D】

キーワードを告げるも、反応のない扉。初めて影の動きが変わる。指を伸ばし、僅かに変化させ、ほんの微かな窪みを見つけ出し、軽く触れる。


程なくして開く扉。人影は、するりと中に侵入する。


そこにも、先の部屋と同じような金属と大きなガラス管。ただ、先の部屋とは異なり、この部屋のそれは全て稼働中のランプが点灯している。

そのせいで、先の部屋と同様、天井灯は消えたままであるものの、随分と明るく感じる。


そのガラスの内を覗き見ると、人影の動きが止まる。


閉じ込められているのは、バラバラになった人間の手足。

いや、バラバラになったものではない。はじめから、分割された状態で『生成されている』。

サイズとしては、大人のものではないだろう。


そして、そこから更に奥を見やれば、一つだけ、離れて設置されたガラス管と付随する機器。だが、そこにあるのは――黒々とした闇を閉じ込めた、ガラスの筒。


【……やはり、か】

囁くような、呟きが漏れる。


突然、天井灯が光る。


「……おやおや、まさかこんなところに現れるなんて、どうやって入り口を見つけたんだか」

あざけるような声。人影はその場を離れるが、金の長い髪を揺らし現れた男は、少し離れた場所でにやにや笑いを張り付けて、ただ立っているだけだ。


「で、こんな袋小路に何の用ですか、ケスレル君。……いや、今動いてるのは……我がコピー君、かな?」

男――フェイの表情は、地上では誰にも見せないであろう、本気の嘲笑。それが更に歪む。


【……僕はコピーではない、と何度いえば判るんですかね、フェルリムヴィーズ。我々は等しく分かたれただけのものであるはず】

少年の口から零れる言葉は、かつて、この世界から失われたとされたはずの者の声と、些か人ならぬ響き。


「知らんな!私は、私ひとり在ればいい!お前が巻き込んだ少年には悪いが、決着は付けさせてもらおう!」

フェルリムヴィーズ――フェイの姿が一瞬ぶれ、その次の瞬間少年の真横へ。だが、予測されていたそれはするりと躱される。


【巻き込んだのは君、フェルリでしょう?医療システムは半年前でも、充分な余力があったはず。……本来なら不要なナノマシン義体化、そしてトレース機能。目的は……僕の追い出し、ですかね。さて、誰の差し金です?】


――いえ、答えはもう出ているのですがね。


ため息とともに、少年の身体が滑るように動き、突き出されたナイフのようなものを躱す。見つめる先のフェイの瞳が、淡い月光の色に染まっているのを、本人は気付いていないのだろうか。


まあ、気が付いていないのでしょうね。そういったものに、『我々』は感受性が本来ないのですし。

おまけにいくら索敵が苦手な姫とはいえ、そのまさに足元に、こんなものを隠しおおせた隠蔽力を持つ黒幕。


今の僕は、ケスレル君の身体を借り、その生身の眼を通しているから、あの闇も、この月光も辛うじて認識できていますが……


ケスレル本人の意識は今は夢の中だ。

昔から、寝かしつけは得意中の得意ですし、この素直な子供は、不思議なくらい、こんな得体のしれない僕を信用してくれています。

……こんなくだらない、いわば兄弟喧嘩に巻き込まれて心身を損なわせた挙句、こうも危ない目に、こっそり遭わせているのにね。


「くっ!ちょこまかと!」

更に突きかかるフェイをさらりと躱す。はて、こいつの技量はこんな程度だったでしょうか。


【そんなものを食らいたいはずはありませんからね。ところでフェルリ、君はいったい何時から西のアレとお付き合いしていたんです?】

フェイ、ともフェルリ、とも呼ばれる男の手にあるナイフに擬された機器は、ナノマシンの構成を分断する機能が付けられた、いわば義体特攻の武器だ。流石にあれを当てられてしまうと、全身の制御そのものを失いかねない。借り物である今の身体で、絶対に触れられるわけにはいかなかった。

もっとも、今の彼はどこか動きにキレがない。この動きでなら、当てられる気はしない。

ケスレル君なら、多分そんなときこそ油断しちゃだめだ、って言いそうですね、と考えて、出そうになった笑いを引っ込める。


「何のことだ!私は」

反論しようとしたフェイの言葉が途切れ、かくん、と動きが止まり、項垂れる。


ややあって、ふふふ、と、先ほどまでとは明らかに違う、ひび割れたような笑い声。


【ああ、ようやっと出てきましたね――喪月の名も無き残滓よ】

思ったより早かったですね、と思いながら、声をかける。果たして、これが本命ならいいのですが。


「失われてなどおらぬ……月は、蘇るのだ」

掠れた声が、反論する。その髪は、瞳は、月光の淡黄色に染まっていた。


【馬鹿な事を。そのようなリソースがどこにあるのです。この世界の、地上の、いえ、この世界の全てを注ぎ込んだところで、幻にすら届きませんのに】

声の主、セルファムフィーズが、淡々と告げるのは、ただの事実。


一度世界から失われた月は、もう蘇ることなどない。蘇生は、この世界では絶対の禁忌なのだから。


「馬鹿をいえ!何が禁忌だ!かつて、為されたではないか!お前たちの為に!!月を生贄にして!!」

掠れ罅割れた響きを持つ声が、絶叫する。かつての苦痛を蘇らせたかのように。


【為されてなど、いませんよ。あの方は、それにそいつも勘違いしていましたが。

そして、月が失われたのは、あの方の所業ではありません。半身失う大事の折に、更に禁忌に触れて生き残るなど不可能ですよ】


それ以前に、『僕たち』は、そもそも死んだ事はまだないんですよねえ。こいつに教えてやる義理はありませんが。



かつての月は、自ら望んで天より堕ちたのですよ。

まさか、それがおもいびとを永劫に傷つけ続けるなんて、思いもせずに。



気付けば、足元を薄っすらと紫がかった色合いの霞が埋めている。これは、どこから仕組まれていたのか、最初から?それとも?

少年の中で、本性を、かつての想いを隠したままの男は一人考える。


「……下らぬ嘘は時間稼ぎか?面白くもない真似をする」

低く、唸るような怨嗟に満ちた声。どうやら、この霞自体は相手にも見えているらしい。


【嘘など言っていませんよ。ええ、一句たりとも。この世界を創りたもうた御方の定める通り、蘇生は絶対の禁忌。この世界に在る何人たりとも、破ってなどいませんとも】

なぜ禁忌か?答えはごく簡単だ。ただ、不可能だからだ。為せるはずがないことだからだ。


この世界の輪廻のシステムは、決して逆流を許さない。それは、ただの一つであっても、即この世界の崩壊に繋がるからだ。

だからこそ、『僕たち』に与えられた罰は……


……『我々』であること。ふたつに、もしくはそれ以上に分割された、かつてはひと柱に名を連ねた、それなりに強大な存在。だが今は正しき名も、力も無き、拠り所すら満足でない、ただ不完全なるものたち。


それでもなお、折に触れ、もはやそうする意義すらないのに、ひとつに戻ろうとはするけれど。

今回のこいつは、その無意識の流れを断ち切るきっかけくらいにはなるだろうか?


いや、なりそうもないですね。よくよく考えてみれば、コレも、元をただせば、出所は同じじゃないですか。

ならば、やることなど知れている。残念ですね。


『彼』は、恐らく本来の『月』さえ戻れば、己の苦痛から解放されるとでも、単純に思っているのでしょうけれど。


ただ、しいて言えば、我が半身がどうしてこんな残滓ごときに付け込まれたのか?

確かにちょっと粗雑で、悪戯好きで、いい加減なところのある奴ですが、頭は悪くないはずなのですが。

いや、そもそもあの残滓に思考する能力など、なかったはず、なんですよね。

どう見たって、すっかりヒトに擬態することに、慣れている。何を取り込んだ……?いつから……?


先ほどよりも更に、大振りで雑な動きに替わった相手を軽くいなし、身体の位置を入れ替える。



足を踏みかえ、月の残滓に取り込まれた男のほうに向きなおったその瞬間に、ぞくりとした感覚。



しまった、と思った時には、背後に回したガラス管から音もなく闇が染み透り溢れ出し、少年の身体を包み込んでいた。


「ははっ!ざまあみろ……うぐっ?」


溢れた闇は、更にはもう一人も呑み込み、部屋に渦巻く。


【Standstill=01,02/Reboot=AccessPASS*****rl00;001.01/Restart=02】

闇の外から聞こえるコマンド。女の声。


《もうお前ら全員馬鹿か!そういうことするのに引っ張り出したんじゃない!

ちょっと隔離してやっから、まとめて頭冷やしてきな、暴れる理由は全員別だとしても、だ》


ぶわり、と闇の外で力が膨れあがり、音もなく闇ごと全てを絡めとる。

滅紫の色の霞が、質量を持って闇を包みこみ、圧縮し、そしてこの場から何処かへと持ち去る。



後に残ったのは、倒れた少年、そして、さっきまで存在の気配もなかったはずの、滅紫の色を纏う長身の女。

女――シャキヤールは床の少年を見て、ぺちん、と自分の顔を手のひらで叩くように覆う。


「うーん、コレは失敗……あいつら両方とも封印したらコントローラーがいないじゃん、馬鹿やったわ……

ってやっべ、誰かが一緒に連れてってるじゃんこれ。

……取り合えず身体の保護だけしとけばいっか……?」


常人より重いはずの少年をこともなげに抱き上げ、シャキヤールは部屋を立ち去る。





後に残されたのは、紫を帯びてたなびき、いつしか部屋の全てを埋め尽くした霞だけ。

謎を回収したつもりが増えた。矛盾は仕様。


我ながらバレンタインデイに上げるパートじゃないっすね、これ。

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