第36話
新章です。話の風呂敷が軽く広がりまして。
「……いやいや、済まぬ。儂が笑うべきではないとは思ってはいたのじゃが」
各々適当に絨毯の上に着座したところで、開口一番、婆様が相談役に謝る。長老たるものが、集落の民に謝ること自体が、珍しい光景ではある。
いやまあ、笑いを堪える婆様ってのも相当珍しい光景だったが。
「こら、報告するにしてももうちょっと詳細を控えるとかだな」
俺は妹を軽く叱る。いきなり笑いが止められないってことは、相当詳細に話が伝わってるはずだ。
「えー、わたしじゃないよー!おねえちゃんたちだよー!!」
なんだと。ってこら、相談役にはまだ知られてないはずなんだからこの場で言っちゃだめだろう!
まさか聡いお前がこんな速攻でやらかすとは思ってなかったよ、お兄ちゃんは。
「そうともさ、祖霊様がたが殊の外面白がって、おちびに手伝って貰ってではあるが、見た目つきで詳細に教えてくださってな……」
婆様のほうは、妹の発言は聞かなかったことにするらしく、平常の声音のまま話を続ける。
って、 う わ あ 。なにやってんの祖霊様?!
……あー、そういや、祖霊様ってみんな女性だとか、誰かに聞いたっけか……女性だもんなあ……女性なら噂のタネは大好物か……
っていや待て、婆様は声を聴くしかできないって前に言ってなかったか。
「長老は確か声を聴くしかできないと以前仰っておられませなんだか?それに、そこなおちびさんとな?」
相談役が一気に真面目な顔に戻る。俺と同じ疑問を抱いたのはいいが、後半!
ってそういや相談役には妹の祖霊様絡みの案件は教えていない、よな?自分の記憶が怪しくなってきた。
光る羊が見えない人なのは確認済みだから、妹が俺のとこに会いに来た時のあの光は見えてないだろうとしてもだ。
いやここで疑問形なんだから、知らんはずだ。知らなかったはずだ。
【確か教えてはいないはずですね。記録参照しておきますか……ええ、君からの漏洩はないですよ】
そ、そっか。
……まあ正直今確認したところで、妹がやらかしちゃったのに変わりはないんだよな……
「うむ、実のところ、森を越え、川を渡った頃から、祖霊様たちが随分と力を取り戻されたようでな。
儂にも、この歳になってから、多少ではあるが、色々とできる事が増えてしもうた。
ただ、祖霊様方はものを人とは同じように見ないものだそうで、直接見たおちびの眼だか何だかを借りて、教えてくれたんじゃよ」
質問の後半はうまくぼかして婆様が告げる。流石年の功。
「よくわかんないけど!おてつだい!」
妹がそういってえっへん!と胸を張るので、そうかそうか、と撫でてやる。
さて、これで妹の失言に関しては、ごまかされてくれるだろうか。無理かな。無理だろうな、
なんせ相手は相談役だ。考えるのと察するのが仕事だもんな。
……せめて秘匿予定なのを察してくれればそれでいい。
それくらいは、気を回すことができる男だと信じてる。
難しい顔になった相談役は、少し考えてから、婆様、妹、俺を順番にゆっくりと見つめる。
そうして、深いため息をついた。
「……判り申した。そういうことにしておきましょう。
とはいえ、祖霊様が力を取り戻されるとはめでたき事ですから、それを他の民に知らせるのは構いませんな?」
よし、気付いたうえで、呑み込んでくれるようだ。これなら当面は安心か。
「ああ、そこは構わぬ。というよりも、他の事と合わせ、皆に伝えねばならぬのじゃ。
これまで永らく……代々の民全て、表向きには名を伏せて来た我らであるが、今やこの地に至りし故、これよりは、己が名は伏せずとも良い、とのお告げである」
おや、まさかの名乗り正規解禁か。理由が、この地に至りし故ってのが気になるが。
「な、なんと?父祖より守り続けてきた名伏せを止めると?」
思い切り動揺する相談役。まあ生まれてこのかた、ずっとその習慣でいると、流石に色々思うところはあるだろう。
ハルムの名前を呼んだりなんだりの時の相談役の態度を見ると、どうも服を着ていないときの恥ずかしさみたいなものがある、って雰囲気だったし。
「いかにも。この東方にある限り、我らが名を伏せる必要はない、とのことじゃ。
但し、万が一西側に戻ることがあるなら、そちらでは必ず名を伏せること、とも仰せじゃ。
まあ、真名を名乗るのが気に染まぬなら、当たり障りのない偽名でも拵えるがよかろうよ。鍛冶屋の隠居は以前街ではそうしておったぞ。
……そもそもそなた、以前街で勉学しておった時、なんぞか適当に名乗っておったのではないのか」
婆様がそんな風に答える。そういやそうだ、街に長期間滞在してたなら、名無しでは済まされないはずだ。
俺らも故郷から旅する途中で立ち寄った時には、街の入り口でも宿屋でも、大人の名前を確認された覚えが微かにある。子供の名までは聞かれなかったが。
あと、旅の途中で聞いたんだが、元鍛冶屋の爺様は、鍛冶屋を継ぐ前は程々に名の知れた傭兵団の一員だったらしい。
本人も、入れ替わりの激しいその傭兵団で、最後まで生き残ったひとりだということで結構有名な上に、クタラの当時の御領主に雇われて指南役をやったことすらあるそうで。そりゃ強いわけだ……
で、その世に知られた方の名は当然偽名だそうだが。
「あー、あの時は……街に入る前に、他所の集団と同行していたら、気付いたら綽名がついておって……
『鶴』というのだが、そういえば、その『鶴』とはなんだろうな?今もって、寡聞にして知らんのだが」
……『鶴』?データベースは鳥の名だといっているが。
ああ、なんか言葉の流れが変だと思ったら、データベースが自動変換しちゃってら。発音としてはグルス、だな?
そういやこれ俺たちの言語には多分ない単語だな?
そういうとき特有の、感覚では判るようになるけど、言葉としてはきっちりはっきりしない感じがする。
【あ、ああ、背が高くて頭が赤いから……成程鶴……確かに……ああいやすみません、変換制御をしくじりました……】
鶴とやらの実物を知っているらしいファズが、不意打ちを食らったらしく、くすくす笑いながら、映像イメージを俺に送る。
どうやら、笑っちゃってデータベースの暴走を防ぎ損ねたらしい。元からある機能は寝てても制御可能だそうだけど、後付けだもんな、このデータベース……
で、ええと、なるほど……?
随分と昔に滅びてしまったという、その大きな鳥は、長いくちばし、長い脚。白交じりの、全体的には黒味の強い灰色の身体に、頭頂部が赤。なるほどな?確かにひょろ長く背が伸びた、赤毛の相談役のイメージとしては合っている。
……だが待て、その滅びた鳥を『今の時代に知っている』そいつは何者だ?
【……!】
ファズが笑いを止める。
さて、どうするか。この情報を伝えると、確実に、他にも色々芋づる式にバレる。
というかだな、この相談役と呼ばれている知識欲の権化に今これを知られると、知識を求めて良くて質問攻め、最悪天幕に監禁される気しかしない。ファズが無言でドン引きしてる気配がするが、未知の知識を得るってことに関してだけは、やりかねないんだよ、この人。
「……ふむ、祖霊様によれば、なにやら太古に存在した大きな鳥の名だそうじゃよ」
おおう、祖霊様が知ってた。どんだけ昔から存在してるの祖霊様方って。
【……いえ、おかしいです。祖霊さんたちの由来的に、生きた鶴を見たことがある人は存在しないはずです。
あの種が生きていたのは前時代の終焉よりも、だいぶ前の事ですから、終焉時の事故の、それも直接原因ではなく遠因で発生した祖霊さんたちが知っているはずがない】
それを知ってるファズもどうなのかと思ったが、そういや姫さん絡みだし、そもそも前時代の終焉とやらを知ってるんだから、その前も知ってておかしくはないんだな……
っつか祖霊様がたがどうして祖霊様やってるのかって理由も知ってるのか、ファズ?
【ええ、根本原因は前時代の終焉の時の事故で、『色の破片』が生成されたためです。
例の、妹さんに憑いていた『碧の破片』と同じものが他にもありまして、それが祖霊化の原因のはずなんです。
破片は事故からだいぶ――ヒトの寿命を軽く数回超える程度の――時間を経て凝縮し発生したものだそうなので、ヒト出身のはずの祖霊さんたちが前時代を知っている可能性はまずないのですよ。
ただ、そこまでは以前姫に説明されたので、ほぼ確かなのですが、これ以上の詳細は僕もあまりよく知らないんですよね……なにせ僕には彼女たちを感知する手段がこれまでなかったので……え?】
ファズが不思議な声を発して、言葉を切る。でも前に祖霊様との交流手段があるかもって言ってなかったっけ君。
【ああ、えっとですね……ケスレルくんに今付いてきてるおふたかただけ、理由は不明なのですが、何となく程度に交信ができるようなのですよ。ほぼ一方通行を交信と言ってよければですが。
で、今、それが届いたんですが……それは祖霊のもう一つの秘密の要因から由来する知識だから、教えられない、と】
もうひとつの秘密?
「つかぬことを聞くが、相談役よ。その綽名を付けた者は、男かね女かね?」
婆様も妙な事を聞き始めた。あちらも祖霊様から何らかの情報を得て、恐らくは俺と似たような疑問ができたらしい。
「男だったよ。いつも髪を布で隠していて、随分と色白できれいな顔したやつだったが、私とほぼ同じ背丈だったし、私より体格も良かったからなあ。声も男のそれだったし。
本人はロアールと名乗ったが、多分奴も偽名だろう。別のところでマーニンと名乗っているのも見かけたからな」
ろあーる、に、まーにん。なんか関連があるようでないようで。なんだろう。
【あー……あなたのデータベースに該当項目はないですが、僕個人はデータとして、知っています。それは、どちらも今は無き……前時代に恐らく失われし、あなた方からすれば異言語で、同じモノを表す単語ですね……】
なんでそんな、複数言語で言葉が存在するものの項目が入ってないのかと思ったが、恐らく容量節減のためだろう、『今の世界に存在しないもの』のデータが結構欠けているらしい。
そんなものが早々話題になることもないだろうし、そもそも、あんまり沢山詰め込んでも、どうせ俺のほうが対応しきれんからな、しょうがない。
今の俺たちの言葉にない単語の話になると、結構回りくどい表現をされたりして、データベースのほうが処理落ち?とかいうのになりかけるんだよなあ。
まあ、その早々話題になるはずがない事が、今の話題になりかけているんだけど。
「む……」
婆様が動きを止める。妹もきょろきょろしだした。多分これ祖霊様がざわざわしてるやつだ。俺も見えないから断言はしないけど。
やや置いて、婆様がきっと顔を上げた。見たこともない、恐ろしく険しい顔。
妹も表情の消えた顔で、その背後にただしがみつく。
「……世界の敵は既に失われしもの、だが今は西にその影、残滓があり。名を伏せし民よ、今はただ力を溜めよ、求めよ」
東方組の閑話がない理由?書くべきネタがなかった。




