第34話
ハルムレクさん……ハルムとはあっという間に普段の言葉遣いで呼び捨てする仲になった。
と、いうのもだ。
俺はぶっちゃけ病原体には縁のない身体なので、普通に集落と家を行き来してもいいことにはなってたんだけど、それをやると、どうして大丈夫なのかって話にほぼ確実になるわけで。
集落の人には説明しようがないから、自粛してたんだよ。
ので、この三日ほど、妹に会えてない……のは置いといてだ。
自然と隔離中で同じ家の中にいるハルムと話すことが増えたし、実際色々聞かなきゃいけない、言わなきゃいけないことがたくさんあって。
そうなると、言葉遣いをいちいち考えるのも面倒で。
で、ハルムはもとから丁寧な言葉遣いとかする気があんまりなくて。
なんだろう、歳は離れてるけど、こんなに遠慮も何もなく喋れる相手って初めてでさ。
ただ、どうでもいい話をしてるだけで、意味もなく楽しいなんて、知らなかった。
まあそれでも、ハルムは年上だけあって、俺にいろいろ配慮してくれてるなと思う。まだ子供だろとかいって異性の話とかはなしだったし。
実際そんな話振られても困るから助かったけど。
多分これ、俺に初めて友人ができたってやつなんじゃないかな?
ハルムからは、この東側の人たちの暮らしとか、国の制度とか、そんな話を聞いた。
俺が話すのもまあ西側の、同じような話だ。俺の場合伝聞が多いけれど。
この東方は、小規模な国が緩やかな連合を作って安定している地域だそうだ。
もっと東に行くと農耕が盛んで、人口もそれなりに多く、小国が五つほどあるそうだけど、今いる、東方から見ると西の辺境にあたる辺りは、小規模な遊牧民の集落をまとめた国が一つあるだけだ。
まあ小規模といっても、放牧の為の土地が広いので、面積だけは連合最大なんだそうだが。
その国の中の、更に一番西にあるのが、ハルムの生まれた土地、西幻里なんだそうだ。
西ってことは、東幻里もあるのかと聞いたら、中幻里もあるぜ、って返事だった。東中西の3つの里を合わせて、幻理国というらしい。
「移動が多いせいで、東で田んぼ作ってる連中に幻の民とか言われちまってよ。季節ごとの拠点は百年は変えてないってのに」
それで、開き直って幻里と自称するようになったんだそうだ。まぼろしの民とかちょっとかっこいいな。
田畑を持つ民と、遊牧の民は特に仲が良くも悪くもない。対等の取引相手で、同盟相手だ。
ハルムの着ている服も、毛織物のほかに、農耕の民がつくる絹、木綿といった素材が使われているという。
後者ふたつは西側にはほぼない素材だな。
西側だと布の素材は基本毛織物、あとは集落にはほとんど持ってる人がいない高級品だけど亜麻の類と、そうだ、木の樹皮を使う素材も、相談役のところで見たことはあるな。でもあれは確か北方の品のはずなんで、説明は省略。
あと収穫物を入れるために使う、荒い繊維で織ったり編んだりした袋なんてのもあるけど、これも流石に身に着けるものじゃないから省略だ。
「木綿はあるかと思ってたが、ないんだな。なんでだろう」
「ないことはないんだけど、確か、水が大量に必要だから増やせないって聞いたかな。
そんな水があったら麦育てるよなって相談役が前に言ってた」
色々教えてもらった結果はっきり判った事だけど、西側は東方に比べて雨が極端に少ない。
だもんで、育てるための水が足りなくて普及しなかったって相談役が教えてくれたのも納得だ。
まあ、その相談役がひっそり少しだけ育ててたりはしたんだが。何かの補修に使うとか言ってたな。何だったかな。
だから、絹はこっちで初めて聞いたけど、木綿のほうは糸にしていない現物は知ってる。もこもこでかわいい実だった。
絹のほうは原料が虫の作る糸だと言われて流石に驚いた。でもつやつやしていて、触り心地がよくて、びっくりするくらい綺麗なんだよな。
初日にハルムが着ていた衣装は、コートが毛織物で、中に着ていた上着が絹なんだって。
そういえば、集落の毛織物は結構質が良いものらしい。同業の牧畜の民の出のハルムが褒めるんだから、実際悪くはないんだろう。
毛質と織りはいいのに色合いが勿体ない、と何度か言われた。
昔の火事で染物屋してた人がいなくなっちゃったから、今集落にある染められた布地は全部古布なんだよなあ。
それでも、祖霊殿の敷物なんかは今でもとても綺麗な色だけど、流石に他所の民であるハルムに見せられる日が来るとは思えなかった。
そもそも、生来の集落の民じゃない俺が見たことあるってほうが不思議なんだからな、本当なら。
食事はこちらだと大人も一日三食だそうで、朝をしっかり、昼は軽く、夜はそれなり、という家が多いそうだ。朝軽く夜がっつりの家もあって、二大派閥、なんて冗談めかして聞かされた。
集落は大人はまあ二食といいつつ、小昼なんて習慣もあるから、朝昼軽く夜がっつりの部類になるんだろうか。
子供は三食だいたい均等に近いんだけど。
この家だと、食事はフェイさんが作ってくれるんだけど、ちょいちょいハルムも知らない料理が混ざるらしい。
好き嫌いは一切ないぞ!と毎食しっかり食べているけど。
俺はほとんどどれも見たことがなかったし、特に好き嫌いもないので全部美味しく食べたけど。
自分では食べる必要がないのに料理上手いんだよなあ、フェイさん。
俺が食べる量が多いので、ハルムにはびっくりされた。
集落にいたときの倍以上食べてるからなあ、しょうがないか。
【ほんっとにシステムが無理やり構築されてるもんですから、燃費……変換効率悪いんですよねえ、申し訳ない】
いや、ファズが謝るとこじゃないから、そこ。
俺の身体の事情は、大怪我したせいでナノマシン入りだってことだけは伝えた。
隔離期間中ずっと一緒だったから、感染症の心配されたんだよな。そりゃそうか。
……流石に、身体全部だいたいそれだ、というのまでは言えなかった。
まあ今慌てて言わなくてもいいだろうとはファズの言だ。
そんな風に、お互いの習慣や土地柄の話を交換したり、なんでもない話で笑ったりしていたら、あっという間に六日ほど過ぎていた。
正直自分にびっくりだよ。ハルムもまあまあびっくりな顔してた。
幸い、誰も新たに病気になることはなく、調査の結果も特に問題ないそうで、人間のほうは交流しても大丈夫、ということになった。
ただ、流行り病の原因についてはだいたい判ったが、流行っていない時期の潜伏先は不明なままらしい。
普通は、こういう病は人の交流で感染が広がるものなんだがねえ、とはフェイさんのぼやきだ。
羊や馬や犬は、それぞれ別の病気の検疫期間とやらがあるそうで、最低もう1か月は様子見らしい。
なので、集落の再移動はそのあとになるということだけは決まった。
放牧だけで生きている民なら、この場所でもまあ別に構わないんじゃないか、という話だったんだが、生憎集落には、人数こそ少ないけれど、麦やら菜っ葉を作りたい、ほぼ専業農家勢がいるので、ここの枯草もどきしか生えられない場所では具合がわるいのだ。
なので、移動自体は決定事項、ただ行先は複数の候補があるものの、まだ確定はしていない。というところだ。
というわけで、平穏無事に隔離生活は終了したので、久しぶりに妹と顔を合わせることになったのだが。
「おーにーいーちゃーん!」
全力笑顔でぼんやり光る羊の背中の上から飛び降り、駆け寄る我が妹が眩しい。……なんか物理的に。
「ちょ、シィ、なんか漏れてる漏れてる、なんでぴかぴかしてるのおまえ?!」
多分抑えきれない何か、という印象の光は、微かに碧を帯びた気配がする。
まあその謎の光を抜きにしても、なんだか見慣れない眩しさはあるんだが。
顔の横あたりから、きらきら光る飾りを下げるように器用に組み込んだ編み込みを後ろで一つにまとめ、残りの髪は垂らしているのだが、髪の色が以前よりだいぶ明るくなっている。金色とまではいかないけど、かなり明るい茶色に見える。
瞳のほうは俺と同じ色のままなんだけど。
「えへー!ひつじちゃんといるとたまにこうなるの!そのうちなおるー!」
おう、言ってる間に光は収まったけども……飛びついてくるのをぎゅっと抱きしめてやりながら、首を傾げる。
俺の背後にいるハルムはぽかんとした顔だ。自分の眼じゃ見えないが、ファズがおかしそうに教えてくれるんだなこれが。
ひとしきり、久々の妹を抱っこして堪能する。
以前の場所は、水にあまり余裕がなかったので、水か湯でたまに体を拭う程度が普通だったんだが、枯野の見た目に反して、水が豊富なこっちに来てからは、こちら側の衛生観念の周知と共に、集落の人も入浴の習慣がついたそうだ。無論俺も毎日風呂は堪能している。
で、一部の人の暇にあかせて妹も連日綺麗に洗われてるそうで、以前より髪も顔も、くすんだ感じがなくて、一段階くらい明るい色に見えるようになったということらしい。
うん、かわいさが倍増しになった気がする。よきかな。
……あ、これって前回帰った時に俺がなんか違うとか言われた原因か!
羊追いの息子だったかがそんな話をしていたのを思い出した。まあ俺の髪色は今の妹よりちょっと暗い、はずだが。
そういやフェイさんに複数回丸洗いしましたみたいな事を言われた覚えがかすかにある。
「あ、あー。噂の妹さんか、随分と愛らしいな」
びっくりから立ち直ったらしいハルムの声。いかん紹介せねば。
「うん。俺の妹。シーリーンていうんだ。シィ、このお兄さんはこっち側の人で、俺の友達、ハルムレクさん。こっちの人は名前隠さないから、集落の人がいないときは名前で呼んで大丈夫だからな」
名前をあげてから、ふたりしかいないときは妹のことはシィ、と呼んでいる。まあその機会自体が旅の間はほとんどなかったんだが。
小さい子はうっかり聞かれても大丈夫な略称を持っていることが多い。自分で自分の名前喋っちゃうこともあるからな、幼児って。
妹は見た目がちょっと成長遅れてはいるけど、内面は年齢どおりか、むしろちょい上くらいなので、本来はそこまでしなくていいんだけど、妹のほうが愛称を欲しがった。
「あい!赤毛のおにいさん、よろしくです!」
そして、故郷の記憶がほとんどない妹のほうは、大丈夫だと言われたものの、直接名を呼ばない、集落の方式を優先するようだ。
それにしても、毛糸編みの白い肩掛けなんて持ってたろうか。縁取りに短い房がつけられていて、とても似合っててかわいらしいのは間違いないんだが。
「やっぱそこに目がいくんだな……ハルムって呼んでくれてもいいぞ。よろしくな」
軽く妹の頭をぽん、と撫でてハルムが答える。赤毛って言われるの嫌だったのかな?綺麗だと思うんだが。
「むらにも赤いかみのひとはいるけど、おにーさんがいちばんぴかぴかしてるの」
ああ、弓狩の家も弓狩の奥さん以外、皆赤毛だよな。相談役が一番赤みが強かった気がする。
そういえば、相談役とハルム、ちょっとだけ似てるとこがあるような、ないような。
とか思ってたら、当の相談役が歩いてきた。普段、用事がなくて天幕に引きこもってる時は、着古した、色落ちした緩い服の上下に毛布を被ってたりするようなずぼらさだが、今日は流石に、来客応対用の服装だな。柄織りの臙脂色の立襟の服に、暗い灰色のズボン、落ち着いた灰緑色に銀糸の縫い取りを入れた上着。
勉強のためにクタラにいるときに誂えたものだとか聞いた覚えがある。
以前は革の本の重みに鍛えられた腕力はともかく、持久力の全くない、ひょろりとした人だったが、今回の旅で運動不足がだいぶ改善されて、足取りもしっかりしている。それでもひょろりとした印象自体は変わらないんだが。
集落で一番背が高いのに、大人の男衆の中で、下から数えて片手の指で間に合うくらいに軽いからだろうな……
余談だが、一番重いのは鍛冶屋のご隠居だ。あの人背丈も筋肉も年齢の割にがっつりあるから。
おや?やっぱりこのふたり、顔立ちもちょっと似てないか?
ハルムの髪はちょっとふわっとした、癖のある跳ねっ毛で、相談役のほうは寝ぐせすらつかない(本人談)硬めの真っすぐだから、見間違えることはまずないけど。
「おう、坊、久しぶり。そちらの御仁は東の方かね?お初にお目にかかる」
集落の外から客が来た時によくやる簡易の礼をしながら、相談役が声をかけてくる。
「はじめまして、西の御方。西黒森を越えるという偉業たる長旅、大変でしたでしょう。我ら東の民はあなた方を尊敬し、歓迎します」
おお、ハルムが他所いきの言葉遣いするとこ、初めて見たぞ!大人相手だとこうなるのか。
あと、最初の日に着ていた礼装で、さっと一礼した姿が凄くカッコイイ。あとで褒めたおしてやろう。
【自分が軽く扱われていたという不満はないんですね……】
え?そりゃそうだろ、俺何処から見ても子供じゃん。大人とは応対が変わって当然だろう?
ファズが思いのほか不服そうなので、内心首を傾げつつ最初の出会いを思い出したが、結局特にひっかかりは思い浮かばなかった。
ファズがなんだか残念なものを見る気配をさせてた気がするけど、気にしない。
章タイトル回収回。




