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まぼろしのひつじ  作者: うしさん@似非南国
三章 まぼろしの民
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第28話

無理やりふわふわファンタジー路線に戻そうとする努力をしました?

 夢を見た。


 幼い頃……ちょうど、集落に来たばかりくらいの年頃の俺が、何故か、髪を肩のあたりで短く切り揃え、うちの集落の人たちと似たような服を着たフェイさんと、手をつないで、短い草の生えた、春の草原を、のんびりと歩いている。

 空はぼんやりと薄曇り。遠くは霞んでいて、よく見えない。


 俺は、その幼い俺の視点と、なぜかそれを離れた場所から眺める視点と、両方からその光景を見ている。


 なので、すぐにこれは夢だな、と思った。

 だいたいがところ、自分の顔なんて顔を洗うときにちらっと水に映るのを見る程度で、幼い頃のそれなんて覚えてる気がしないのに、それが俺だって認識できてる時点で夢だろう。


 そもそも、そんな子供の時分に、フェイさんに会ったことなどないはずだ。こんな鮮やかな色彩の人を見ていたなら、この幼児の頃の俺でも忘れはしまい。


 子供の俺のほうで、そう思いながら見上げると、彼もこちらを見て、にこりと笑った。


 あれ?


 フェイさんと、間違いなく同じ顔なのに……笑い方が、全然違う。フェイさんもいつもにこやかだが、あの人の笑い方は、もっとこう……こんな人懐っこい感じと違って……


 考え込んでしまったせいで、不思議そうな顔をした俺(外から見てる視点もあるので、自分の顔も判るんだよなあ、なんだこれ)を見つめて、柔らかく笑ったままの彼が頷く。


【そうだよ、よく気が付いたね。『僕』は『彼』とは違う。……全く、同じ生まれではあるのだけどね】


 えっ。……この声の感じは……なのましんって呼んでいた、あいつらの『声』?


【そうそう。まああの『義体パーツ群』自体には、人格は設定されていなかったのだけど。

 僕は、今までは、あいつの中で、あいつの邪魔にならないよう潜んでいたんだけれど、あいつが自分の予備パーツを使って君を治療したのをいいことに、それを利用して君の中に移動してきたんだ。


 もちろん、悪さをするつもりなんてないから安心して?

 あいつと一緒のまま、リソースを奪い合いながら生きていくより、穏便に分離が可能だったこの機会に、義体制御仮想人格として僕が独立して活動したほうが、彼の、そして君の為にもいいだろう、という結論になっただけさ。

 ……僕と魂すら分け合う双子だったあいつと違って、元々僕とは完全に別存在の君となら、リソースの競合は発生しないからね。

 ナノマシンの制御も君に全面的に任せるより当面は安定することは保証するし、安全安心だよ?】

 ところどころ、冗談めかした言い回しをしつつも、彼は真摯な表情で説明をしてくれる。


 なるほど、わから……ん?いや、判る、な?

 今までなのましん、と呼んでいた時の声と違って、知らないはずの言葉の意味が自然に、いや不自然にというべきか?とにかくなんとなしには理解できる。何故だろう?


【ああ、彼が治療でナノマシン素材を追加するついでに、簡易データベースを入れ足していたから、その成果だね。

 君のこれからについて、きちんと説明しようと思うと、知識のない状態のままだと、とても時間がかかるだろうから、とね。

 あいつ、言葉の言い換えとか得意じゃないのに、結構頑張って、君が理解しやすいようにカスタマイズしていたようだから、そこまで強い違和感はないと思うんだけど、どうかな?】

 思い出し笑い、としか言いようのない表情で、彼は笑う。なんだろう、フェイさんに比べて、表情が豊かなような?


【流石にそれは気のせいだよ。前回はどうせ覚えてられないからって表情を取り繕ってたかもしれないがね、あいつの性格なら】

 あー、そうだな、最初にも思ったけど……取り繕うというか、えーとちょうどいい言葉……ああ、アルカイックスマイル?

 なるほど、自分の知らなかった概念が、解説とセットになるようにして、するりと意識にのぼる。便利なもんだな?

 難しいことを知ろうとしたときに、情報が連鎖しすぎて溢れる、なんてことがなければ、問題ないんじゃないかな。


【あはは、なるほどそうくるか。思った以上にちゃんとデータベースを使いこなせてるね。

 概念のすり合わせとか、もうちょっとこっちで手を入れて調整しなきゃいけないかと思っていたけれど。

 でもそうか、君はナノマシンの存在を認識できてから、納得して、使いこなすまでも早かったっけね。

 そういった柔軟性は、生きていくには大事なことだよ。できるひとは、少ないけれどね】

 金髪碧眼の彼は、そういいながら、俺の頭を撫でる。その手は、暖かさこそ感じなかったが、どこまでも優しい。


 フェイさんそっくりで、違う彼。名前は、あるのだろうか。


【名前?あー、なんだったかな。もう随分と使うことなどなかったから、忘れてしまったよ。

 ……僕のことを思い出させるのも、姫に悪いから、どのみちもう使うことはないだろうけれど。


 ああ、そうだ。……折角だから、君が付けてみるかい?】


 いやまって、妹のときだって結構悩ましかったのに、更に推定年上の人に名前を付ける、だって?

 俺、人の名前は良く判らないんだってば。

 妹の名前考えてたのって、東から帰ってからの話なんだから、知ってるんじゃないのか?!


【はは、そういえばそうだったねえ。

 無名の集落は、配偶者か、家族の目下の人か、死んだ人の名前しか口にしないものね。

 だけど、どうせ君と僕の間でしか使わない名前になるんだ、呼びやすいように、適当に付けてくれればいいよ。

 僕自身、人格こそ保持しているけど、実体があるわけでもないし、正直、今は名前に特にこだわりはないからね】


 そうはいっても……そういえば、なのましんとして相対していた時は、名前を付けるのを拒否されたんだったっけ。


【あの時はプログラム通りの応答だね。まだ『僕』は君に合わせた調整のために完全には起動していなかったし、そもそもあの段階だと、何年かかるかはさておいて、ナノマシンを引き上げても生活できる程度に回復する可能性はまだあったから……】

 へえ、って、あれ?


 それはつまり今は……?


【うん。本当に、ごめんね。

 ナノマシンとしては全力で頑張ったんだけど。ほぼ九割近くを義体置換せざるを得なかったから、普通の手段では、もう君を元の生身の普通の人間に戻すのは、ちょっと無理なんだ】

 しょんぼりとした顔で、かなり衝撃的な数字をあげられる。


 そっか、俺、六割どころか、殆ど生身じゃなくなっちゃったかあ。


 ……まあでもあの食われ具合なら、そうなるよなあ。流石に、もう次はないと思いたい。

 っつか、アレがナノマシン部分は食えない以上、次なんてあったら流石に死ぬな、それ。


 とにかく、死んでないんだから全面的に御の字だ御の字。

 なんせ、死んじまったら、妹を守ることも、相談役に話を聞いたりも、なんにもできないんだ。生身じゃないくらいなんだってんだ。


 ……むしろアレみたいなのに狙われ辛くなったり、身体能力が上がるんなら、かえって俺にとっては都合がいいんじゃ?

 なら、俺がやるべきことは、今の身体を可能な限り使いこなすこと、か。


【……君、ほんとにものすごくポジティブだよねえ。なんでその年でそんなに達観できるのかなあ?

 僕なんて、いまだに時々生きることについて悩むんだけど?】


 達観なんてした覚えはないなあ。難しいことはあんまり考え過ぎないようにしてきただけだから。

 っていうかですね、多分それは俺があんまりものを知らなくて、悩むための情報も少ないからだと思うんだよ。

 なんたって未成年だぞ。子供だぞ俺。……最近ちょいちょい自分でも忘れそうになるけど。


 でも、そうだなあ。

 そういうのは、悩む時間と思考ができるだけ運がいいって思っておけばいいと思うよ。俺はそうしてる。

 何せ、ここしばらくなんて、いちいち悩む時間なんてなかったからな?


【なるほど、運かあ……そうだな、確かに幸運か悪運かは判らないけど、僕も君も、運が良かったから、今があるんだね】


 彼は呟くように、自分に言い聞かせるようにそう言って、また幼児の俺の頭を撫でた。


 そんな彼を見上げていたら、ふと言葉が思い浮かんだ。俺が知るはずのない……誰かの名前。



 ……セルファムフィーズ?


【……驚いた。どこからそれを引っ張り出してきたのか。まあ長ったらしいから普段はファズあたりでいいかな!】

 え、待って、引っ張り出す?ってことは、これ、本当にあなたの名前だったの。


【そうだよ、ついさっきまで、ほぼ忘れていたけど、僕の本当の名前。

 いやはやまいったね。一体どうして僕自身が忘れていた、素の本名のほうが……データベースのどこかに紛れ込んででもいたのかな?


 でもまあ、それならそれでいいさ。今後ともよろしくね、ケスレル君】


 うん、そうだね。よろしく、ファズ。

 さっきはさらっと流しちゃったけど、つまり、俺はこれからの一生を、君と一緒に生きていくってことなんだろう?


 そう問いかけながら、見上げると、ファズが屈んで、微笑みながら、小さい俺を抱きしめた。

 ふわりとその金の髪が風に揺れるように動き、髪が、身体が、きらきらした光の粒に変わって、俺を包み込んでいく。

 なんだろう、さっきは感じなかった暖かさが、心地いい……




 気が付いたら、俺は幼児ではない、今の年齢の俺の姿で、一人草原に立ち尽くしていた。

 ファズの気配は、俺の中にある。なるほど、普段はこういう状態になるということか……?


【済まないけど、しばらく休眠に入るね。あとの説明は、目覚めればあいつがしてくれるだろうから。

 君がナノマシンの機能をだいたい使いこなしてると知ったら、びっくりしそうだけれど。】

 笑いを含んだ気配でそう告げると、ファズの存在感が薄れていく。

 休眠時には気配すらしないのは、ただのナノマシン群だったときと変わらないらしい。


 おやすみ、ファズ。聞こえてないはずはないと知っているので、挨拶だけしておこう。




 ところでこれは、本当に夢、なんだろうか?

 だとしたらどうやって覚めるのか、と思ったところで意識が急にどこかに引き込まれる感覚がして、思わず目を閉じた。


新章開幕、どっち方向に行こうかと思ってたら主人公から明晰夢がお出しされました。


リソースの奪い合いになった原因は、多分本人の認識とは別だけど、結果としてはまあおなじ。

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