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まぼろしのひつじ  作者: うしさん@似非南国
二章 東への旅
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第27話

今章本編はここまでです。次回は閑話。

 騎兵が二人減ってしまったので、馬が二頭空いた。

 一頭は合流初日に愛馬を失った隊長さんに渡された。

 部下の馬を使うのかと思ったら、部下の馬は部下の物だから、って、ここまでずっと徒歩だったんだよな。


 もう一頭には、とりあえず相談役を載せることになった。

 体力のない人だが、一応俺よりは乗馬の経験自体は豊富なのだ。


 うん、なぜか俺が乗るかって聞かれたんだけどね。断った。馬に乗っちゃうと小回りが利かないから。

 練習はしてたから、乗れないことはないんだけどね。

 実をいうと、なのましんのおかげで、その気になれば森の中で慎重に走る馬程度には走れるのが判ってしまったから……

 疲れも他の人より格段に少ないみたいだから、俺がわざわざ馬を使う理由がないんだよ。

 まあ、そんなことまで他の人には教えてないけど。


 例の、『見るもの』が気にしていた匂いも、今はもう全くしないそうなので、騎兵集団も羊と同道する形に変わった。

 やっぱり食べ物か水に何か仕込まれていたんだろうなあ。

 一定の濃度を越えると、あの隊長さんの馬みたいに変異を起こすんじゃないか、となのましんが推測してた。



 そこからは、また穏やかに、ただ、生き物の気配のない森を進む旅になった。


 飢えと混乱でまともに考えることもできず、ただひたすら足を運んでいただけの最初の旅程の時には、うねうねと酷く蛇行しているように思っていた川は、思っていた以上にゆったりとした曲がり方で、全体としては北西から東北東に流れていく、らしい。

 なのでやはり川に近づいたり離れたりしながら進んでいくのだが。


 案の定、方向感覚を狂わされた、迷子未遂が頻発した。

 それでも、二人以上で組になって動けって婆様から厳命されたし、犬たちが羊と一緒に集団を外れる人を回収してくれてたんで、致命的な事態にはまだなってない。

 どうも、アレだけではなく、この森そのものが感覚を惑わせるなにかを含んでいるのではないか、と『見るもの』が眉を寄せて言っていた。

 俺はどちらかといえば、アレ自体がこの森に馴染んでいる結果なんじゃないかと思っているけど。

 なのましんは情報不足でそこは判らない、とのことだった。


 ごーれむの襲撃は結局ないままだったな。

 なのましんや、『見るもの』の情報どおりなら、ごーれむの心配はもうほぼしなくていいだろう。



 なのましんに細かく方角の補正を受けつつ、集団を先導しながらここまでの旅程を思い返す。

 実際、『見るもの』が言ったとおり、感覚の狂いのない状態だと、この森は俺が思ってたより、ずっと狭かった。

 といっても、一人旅の時でも、ひと月で踏破できる距離ぎりぎりか、ちょっと厳しいかくらいだったが。


 人間の食事はまあまあ確保できていたが、問題は馬と羊の食事だった。

 山羊はそこらの植物、草どころか木の皮や垂れ下がった木の葉を適当に食ってて、それで充分満足らしい。

 なので山羊のぶんだった雑穀や刈草も多少回せたからここまではもったけど、そろそろそれも底をつく。

 騎兵勢の馬も増えたから、だいぶカツカツになってたのもあるけれど。


 羊はあれからまた数頭減っている。それでもまだまだ人間の倍以上いるのだ。そりゃあ食べ物もたくさん要るよね。

 でもたしか、この先は羊どころか、山羊の食べられる植物も、あるかどうか怪しかった記憶があるんだよな。


 馬のほうも増えたと思ったら数が減った。疝痛とかいう、馬特有の病で2頭が相次いで死んでしまったのだ。

 片方はうちの集落の一番年取った馬だったので、まあどっちかといえば寿命だよね、という話だった。

 もう一頭は騎兵さんたちの馬で、そちらも以前から時々腹痛を起こす個体ではあったらしい。

 集落では、なぜか馬は食べる習慣がなかったのだが、騎兵の人たちが、馬肉はそれなりに旨いし、食い物の不自由な旅で食えるものを食わないなど勿体ない、というので解体して、騎兵たちも当然含めて、みんなでありがたく食べた。

 なるほど羊とはだいぶ趣の違う味なのだなあという感想だった。羊や山羊と違って、脂が凄く少ないんだな。


 骨はともかく、皮は使いでが良いそうなので、なめしの得意なものが引き取っていった。

 あとたてがみや尻尾も何かに使うらしく、それぞれ必要な人が確保していた。骨は小さくまとめて埋葬した。

 集落にいるときなら、骨も何やら加工したりするんだろうけど、移動中に持ち歩くには、馬の骨はちょっと大きすぎた。


 馬を亡くした騎兵さんは、数日間しょんぼりしていた。

 騎兵さんたちは、自分の馬としてあてがわれた馬を大事に自分で育て、世話をするのだそうだ。そりゃ愛着も湧くよな。

 なお肉は涙ぐみながらもちゃんと食べていた。食べないと体も心ももたないもんな。


 人間のほうはあれから減ってはいないし増えてもいない。

 いや、この状況で増えたら怖いかもしれないな?



 周囲を警戒しつつ、なのましんに教えられ、東にまっすぐ進んでいく。

 実のところ。アレの気配がずっと近くにいる気がしてならないのだ。『見るもの』も同様らしい。

 というか、俺そういう気配には疎い方だから、気のせいだろうと思ってたんだよな。『見るもの』が同じことを言い出したので、正直びっくりした。


 羊たちは、近頃はめええ、めええ、とにぎやかに鳴きかわしながら歩いている。

 馬はなんだかびくついているような気がする。特に騎兵さん達の馬。

 山羊?あいつらはほんといつも通り。

 群れの前から後ろ、後ろから前と忙しく犬とおいかけっこしたり、かと思えば羊の中にひっそり紛れたりしている。


 人間のほうも、思ったほど変化はない。

 ただ、騎兵さんたちがだんだん疲労が溜まってきたのか、元気がちょっとずつなくなっている気がする。

 特に隊長さんは、夜もあまり眠れていないようだった。

 でもそこはしょうがないよな。噂に聞いてた東の森の人食いの黒い魔物が実在したうえに、仲間を二人も食われたんだ。

 そりゃあ部下を奪われた隊長さんは、悪夢くらい見るだろう。



 そうこうしているうちに、微妙に見覚えのない場所が現れた。

 位置的にはこれはえっと……植物が変なのに変わり始めた気がしていたあたりか。

 ああ、なるほど。俺の記憶のほうが正しくないんだな、これ。


 あの時は、目で見ているものすら、惑わされていたのか。


 今目に映るのは、ここまで歩いてきたのと大差ない、というか、東の森の西側の端に近い辺りとあまり変わらない、樹木が徐々にまばらになりつつある辺りだった。

 西側と違って、人が踏み入っている形跡はないから、歩きづらさはこちらのほうが酷いが。

 それでも騎兵さんたち曰く、ここより暖かい地域の森よりは、だいぶんとましなんだそうだ。

 この森は、尖った葉のみっしりついた巨木が多くて昼間でも薄暗く、下草がそんなに多くないからだろう。暖かいと、下生えの植物もみっしりになるんだそうだ。


 あ、でもあのくっそ固いとんがった草とかトゲトゲの奴とか毒草はそのままあるな。

 溶けたような植物はひとつも見かけなかったから、あれは幻覚のようなものだったようだけど。


「あのとんがった草気をつけろよ、うっかり触ると切れるぞ。あとあっちのトゲとその下の茂みは毒だから山羊に食わすなよ」

 羊と馬は多分手を出さないだろうが、なにせうちの集落の山羊はお調子者で悪食だ。危ないものに近づけちゃいかん。


 でも本当に、あの植物だろうか。

 あの時と同じように、紐の端を投げてぶつける。


 うわ、やっぱり切れるよすっぱりと。

 周囲で見ていた大人のだれかがうへえ、と声をあげた。


「慎重だな。お主あれで前に手でも切ったか?」

 相談役が失礼なことをいう。


「いや、今と同じことをしただけ。初見の植物にそううっかり触ったりはしないよ」

 まあ正直にいうなら、そんなとこまであの時は考えちゃいなかったがな!


 とにかくこのとんがった草に触れると、それだけでそれなりの怪我をしかねないので、そこからはより慎重に進むことになった。

 俺ひとりなら特に避けなくてもなんとかなるが、この集団だとそうもいかない。

 だが、明らかに森が終わりに近づいているからか、皆の表情は意外と明るい。



 そんな雰囲気で、油断があったのは否定しきれない。

 草にできるだけ触れないように進もうとして、羊と人の列が伸びたり薄くなったりしてたのも、多分まずかった。



【緊急警告:急襲……】


 ぞわりと毛が逆立つような感覚と、なのましんの警告。


 何かと思う間もなく、背中に、下のほうからなにか、どん、と当たるものがあった。

 振り向こうとしたが、身体が動かない。


 胸の少し下くらいから、何か黒いものが突き出している。誰かの悲鳴。羊のめえめえ騒ぐ声。


【…:…@…?!/…!!】


 ええっと、これ俺がアレにぶち抜かれてますか。って、そこ確か生身だからちょっとまずいんじゃないかな。

 なのましんが、言語を形成できないくらい焦って、かつ大至急で何かしてるのが辛うじて判る。

 人間でもないのに大変に焦っているのが伝わってきたもんだから、こっちは逆に慌て損ねた。

 いや、自分でも気味が悪いくらい、感情が湧かないし、痛みも感じないから、これなのましんがなんかしてるんじゃ?


【……今ぱにっくを起こすと危険ですので情報を制限しています。緊急事態:頭部及び心臓部の防御を最優先します】

 なるほど。わからんが、わかった。そこらへんは信用してるからな。


 僅かに首と、あと眼だけは動いたので辛うじて周囲を見る。他に被害にあったのは――


 最後尾にいた騎兵隊長さんが、食われ終わってた。

 べしゃり、と乗っていた馬ごと地面に崩れる姿は、既に真っ黒い泥のような何かでしかない。アレは生きた物しか食べないらしく、身に着けていた防具や武器が、がらりと地面で音を立てた。


 そして、その場所から、真っすぐ地を這うように俺に向かって伸びた、真っ黒い一筋の線。

 これはひょっとしてあれか。隊長さんの身体のどこかにアレの欠片でも潜んでたのか?

 で、隙を見て隊長さんを一気に食い尽くして俺を狙ってきた?

 前にもやられかけて、辛うじて逃げ延びてるから、あいつにとって俺は逃した獲物。だから、俺を狙いにくるの自体は判らんでもない。


 他の人は騎兵勢を含めて、今のところはまだ無事のようだ。光る羊たちが守ってくれてる。

 俺の横でも一頭、めええめええと鳴いているのが点滅するように光ってる。


 今のところ、倒れるまではいってない。たぶんなのましんが、あとそうだ、祖霊様たちもいたか。それぞれ頑張ってくれているんだろう。

 でなければ、とっくに隊長さんみたいに食われてるはずだ。


 いや、確か今の俺、六割くらいがこの黒いのには食えないなのましんで補填?されてるから、そこまで早くはそもそも無理か。

 むしろ感覚全体が抑えられすぎていて、周囲の声が聞こえてこない。

 肺を掠めている感覚があるから、出血が喉に上がってきそうなものだが来ない。


 いや、もしや、血が、身体の中身の生身のとこが食われてるのかこれ……?


【……通信受信……もう少し、もう少しだけ耐えてください。助けが来ます】


 まあそういうなら、何をどうすりゃいいのか判らんが頑張るか。とりあえず倒れなければいいか?

 やられると致命的に困るところはなのましんが守ってくれているようだし。


「おにいちゃん!!!!」


 あ、今こっちに来ちゃだめだ、と、言おうとしたが、当然のように声も出ない。

 ちらりと走り寄る妹を見る。


 なんだその光。羊みたいに光ってる。淡く碧く、それでいてどこか強い輝きをもつ光。


 勢いよく抱き着いてくる妹の放つ光から逃れるように、黒い物体は俺の中へ潜ろうとして、今度はなのましんに弾かれ、どろりと背中側から抜け落ちた。


 そこを更に天から突き抜けるように落ちる稲妻のような光が追撃する。

 ってちょっとまって、俺にもかすった!痛い!

 風穴空いたままの胴体はそこまで痛くないのに、この稲妻くっそ痛いんだが!?


「うわあ少年、よく生きてるな!上出来だ!!というか一歩遅くなった、そこはすまん!」


 いつか、確かに聞いた少女の声。はいいんだが、その第一声はちょっと酷くないか?

 いやまあ傍目にはそのとおりなんだろうけど。



 ……うわだめだ、アレに思ったより血を持ってかれたっぽい。視界が一気に暗くなる。限界。


【体内侵入者の駆除完了:お疲れ様でした/応急処置開始:暫くお休みください。もう大丈夫です】

「じき補給が追い付いて来るから少し寝ていろ。直ぐ治してやる」


 まあ、彼女がきたなら、実際もう大丈夫だろう。



 いつか見たはずの少女の姿を目にすることなく、意識が途切れた。




(´・ω・)済まない、今度は気絶したまま新章だ。

一応チート持ちなのにまるで生かす機会がない主人公よ。


そしてグレイズかましたことは謝らない小娘神。

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