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まぼろしのひつじ  作者: うしさん@似非南国
二章 東への旅
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第26話

ホラー回。苦手な人いたら済まぬ。

 そこから半月ばかりは、予想以上に何事もなく過ぎ去った。

 騎兵のおっさんのひとりが、酒と合わせて食べると腹を壊す茸に中った程度だ。

 あれ、旨いし、この辺には似た毒茸もなくて見分けやすいし(これ重要)、ついでに俺らの飲む馬乳酒くらいの度数のものなら平気なんだけどね。

 街から持ち込んだ蒸留酒で、焼いた茸をつまみに一杯やっちゃったらしい。

 いやそれ消毒と気付け用だろ、寒くなってきたからって、普段使いで呑んじゃだめだろ。


 そろそろ夜は結構寒いから、たまに呑みたい気持ちは判るけど、酒に茸は基本的にだめだよぉ、って薬師に笑われてた。

 まあ命に別状はないやつで幸いだったよ。毒茸を間違えて食ったりした日には、最悪死人が出るからな。


 羊が二頭減った。鼠の穴に嵌ってしまい、足に怪我をして歩けなくなったので、止む無くその日の食料に回された。

 どちらも光ってない、そこそこ歳のいった雄羊だったけど、苦しまないように締めて、丁寧に丁寧に解体した。

 食べられる部分は全員で分け合って食べるし、食べない部位はほぼ全て素材として利用するからな。捨てるところなどない。


 婆様もすっかり傷は治ったようだが、流石に歳が歳なので、基本は荷車移動だ。なんせ文字通りの長老、最高齢者だからな。

 最近はうちの妹が隣に座って暇つぶしの相手をしている。まあ俺から見たら平常どおりの光景だな。


 ただ、妹本人は運動不足らしくて、最近ちょいと寝つきが悪い。それに、たまに走り回る犬たちを羨ましそうに見ている。

 うーん、追手の問題がなければ自由に走らせてやりたいんだけど、今回ばっかりはなあ。


 狩人の獲物がかなり減ってきたから、そろそろ前方の警戒もしなくちゃならないんだよな。

 食事のほうは、今のところはまだなんとかなっている。昨日の汁物に入ってた、羊追い一家の秘蔵の、香草入り塩漬け肉とか絶品だった。


 などと思いつつ、例によってゆっくり進んでいたのだが。


 騎兵のおっさんたちの一人が、突然姿を消した。例の、茸で腹壊したおっさんだ。


「済まない、最後に見張りの交代をした時には確かにいたのだが」

「それがあいつ、今度は眠気覚ましの茶を飲み過ぎたから小用にと言い出して、そちらの藪に行ったきり戻ってこなくて。

 小官は暗い場所はやめろと止めたんですが」

 直前まで一緒にいたという同僚さんたちが口々に言う。

 どうやら、以前から食べ物飲み物関係はやりたい放題する質の人らしい。

 同僚さん達の口調が明らかに「またあいつか」なんだよな。


 彼らは、自主的に夜の後方の見張りをやってくれているのだが、そのおっさんは、夜明け前の交代のあと、そのまま出発したものの、途中で小用を足しに行ったきり戻っていないのだという。


 ……まずいな、多分これは、前方にいるアレのほうだ。ごーれむじゃない。

 直感的に、そう思った。

 藪で用を足して戻ろうとした瞬間に、方向感覚を狂わされて、そのまま集団から引き離されたんじゃないか?


【方向感覚に微弱の異変:アレがやはり西方に移動してきているようです】

 なのましんが俺の直感に裏付けを寄越す。東で奴が攻撃を加えられて半年近いんだ、そのくらいは想定すべきだった。


【前回の攻撃で相応のだめーじが与えられています。回復の為に大きな獲物を欲している可能性:大】

 それでも、なのましん曰く、光る羊のいる辺りには近づけない、らしい。

 なるほど、後詰めで集落の人間からも羊たちからも微妙に距離を取っていて、短時間とはいえ、一人になる機会もある騎兵のおっさんたちはいいカモだったということか。


 俺がやられた時には、浸食して取り込んでぐずぐずに溶かして、って手順で食ってたように思うけど、さて今回はどうなるか。

 いやそれでやられちゃってると、多分最終的には痕跡すら残らないな……?いや、あいつ生きてるものしか食わないから、服くらいは残るかもか……


 ああ、だめだな。できるだけ思い出さないようにはしているけど、こうやって思い出さざるを得なくなると、やっぱりぞわぞわする。


 俺の顔色が悪いのに気付いたらしい相談役がゆっくり近づいてくる。『見るもの』もするりと傍に来る。


「どうした坊主、何か心当たりでもあんのか」

 だが、真っ先に声をかけてきたのは鍛冶屋のご隠居だった。


 どうする?今ここでアレの存在を詳細にするのは、多分まずい。


「何か、相当嫌なことを思い出されたかのように見受けられますが、だいじょうぶでしょうか?」

『見るもの』の声が随分と心配そうだ。


「ああ、うん。前のことをいろいろ思い出しなおしていて。

 ……東森の中央くらいから危険が増すって話は出発前にしたと思うけど。

 そいつが、思ったよりこちらのほうに移動してるかもって」


 このくらいの情報ならいけるだろうか。


「うん?祖霊様方がなんとかするって話ではなかったのかそれは」

 相談役が首を傾げる。


「ちょいとお待ち、今確認してやろう」

 荷車の上から、婆様が声をあげた。あれ、前は祖霊様には聞くだけって言ってたけど、最近は婆様も会話できるのか?

 振り向いたら、妹が婆様の陰に隠れて、こっそりごしょごしょ何か言ってるっぽいのが見えた。

 なるほど、明確に会話できる妹に話させて、婆様が返事だけ受け取るのか……

 角度的に他の奴からは見えてないだろうが、大胆な事しすぎでは?


「ふむ……今しがた、祖霊様方も把握したばかりだそうじゃ。今坊の言うた脅威が移動してきたもので間違いない、そうじゃよ」

 婆様はそう言うと、


「但し本体ではなさそうじゃ、とのことだ。坊よ、判るかね」

 と、俺に顔を向ける。


「ああ。そういえば本体にしてはやることが地味かな。

 あ、弓狩のおっちゃん、そこは左にいっちゃだめだ。ずれてる」


 方向感覚がずらされる人も出だしたか、これは、俺が気合いれないとだめなやつだ、ぞわぞわなんて言ってる場合じゃない。



 一旦止まって、並びを組みなおす。

 俺と羊たちの十頭ばかりが先頭。

 羊たちに挟むようにして、内側にできるだけ人間を入れて、末尾に馬たちと騎乗した騎兵のおっさんたち。

 光る羊たちは自主的に均等に配置された、君たち賢いな?


「羊が外側か、肉食の獣はおらんのか、この辺は」

 隊長さんが首を傾げる。どうやら羊が光るのは見えてないらしい。いやまあ光ってるのが見える人のほうが集落でも少なかったんだけど。


「いても狐くらいだし、ここから先はそもそも動物自体がほとんどいない」

 本当に全く何もいなくなる地域は、もう少し先のはずだが、手負いのアレが攻撃を受けたあとすぐに移動してきたなら、ここらに残っていた生き物はあらかた食われたあとだろう。


 ああでも、昨日鼠が1匹、犬の間食になってたから、ここまでまだ到達していないか、しても来たばかりといったところだろうか。


 取り合えず、居なくなったおっさんの捜索なんてしたら、確実に行方不明者が増えるだろう。


 その場の全員に、そう説明したら、集落勢は黙って頷いてくれたが、騎兵のおっちゃんたちが納得いかないと言い出した。まあそうだろうな。


「我々は仲間を置き去りにするような不義理はできぬ!」

 下っ端のおっさんの一人がそう言うのに、二、三人がそうだそうだと声を合わせる。


 うん、まあ予想はしてたけど、やはりこのおっさんたちは……


「馬鹿者ども、黙れ!経験者の言を軽く扱うとは死地に自ら身を投げ出すようなものだと教えたろう!」

 うわあ、いきなり怒鳴らんでくれんか隊長さん。羊がびっくりするだろうが。

 羊たちはあっというまにめえめえ騒ぎながら俺の後ろに回り込んだ。

 なにそれ隠れてるつもりなのか、かわいいやつらだな。


「済まない、不愉快だろうが、ここは俺が責任を取る。捜索はなし、このまま同道させてくれ」

 隊長さんが馬から降りると俺に頭を下げる。


「判ってくれてるなら構わない。今回の件は後ろから来るかもしれない連中の仕業じゃないんだ。

 ……多分今も俺らを狙ってるのは、方向や時間の感覚を狂わせる異形だから、個別で探索は自殺行為だとだけ言いきかせといてくれ」

 できるだけ、平坦な声を装って返事をする。偉そうになってもいけない、びびってるとか思われてもいけない。


 こいつらやっぱ切り捨てよう、などと思ったことも、できれば悟られちゃいけない。

 まあ周囲を見る限り、集落勢の数人はあからさまに顔に出しちゃってるけどな。


 騎兵集団は隊長さんに連れられて一旦後方に戻っていったけれど、その直後。


「あれ!お前どこ行ってたんだよ!もめごとになりかけたんだぞ……ひっ?!!」


 なんだ?いなくなったおっさんが戻ってきた?にしては最後の悲鳴は……


 振り向いた俺の眼に映ったのは、片腕のあらかたと腿のあたりが半分くらい、黒く溶け崩れた姿の、今朝がたいなくなっていたおっさんが、ゆらゆらとこちらに近づいてくる姿だった。

 だが、その目は白目も真っ黒に染まり――おもむろに片方の眼窩からどろりと溶け落ちる、目玉だったはずの何か。

 溶け落ちた黒い何かは、体表を這い、範囲を広げながら、おもむろに蛇のようににゅるりとその先端を持ち上げた。


【内部が完全に浸食されています。あれはもう上半身は皮しか残っていません】


 俺が遭遇したやつにくらべて、ある意味随分見やすくなっているな?


【消化途中がこの形態になりがちという報告があります】


 おっと、こうしている場合じゃない。対策は?


【光が最上ですが、火でもある程度はひるむでしょう。光源ですから】


「火はあるか?!離れろ!その黒いのに触れるな!!」

 完全に片づけていなければ、まだ熾火くらいは残っているはずだ。


 だけど、ちょっと遅かった。

 悲鳴をあげたおっさんが、黒いのに絡めとられる。


「うっうわあああああががg……」

 悲鳴を上げた口から、鼻から、絡みつかれた手から、黒い異物が浸食していく。

 俺のときは、俺に気付かれないように、慎重に事を進めてやがったのに、なりふり構わないで突撃してくるって、もしかしてこいつも割と切羽詰まっているのか?


【だめーじがそれだけ大きかったのでしょう。知性を放棄した飢餓状態と推測】


 知性?あいつ知性あったのか。いやありそうだな、嫌な話だが。


 程なく、熾火から掻き起こされた火が松明になって手元にやってきた。


 騎兵隊長が、無言で腰に下げた金属の入れ物を手に取り、口を開けるともがく部下に投げつける。

 あ、例の蒸留酒か。


 液体を被った男に向かって、更に松明が投げつけられ、蒸留酒に引火する。

 声もなくのたうっていた男は火だるまになりながら、食われ切ってほとんど原型を失ってしまったおっさんのほうに転がった。


 で、この燃やすのってアリなのか?


【熱自体はあまり効果がない模様。燃焼により、継続的に体表面で光が発生しているため、それがだめーじになってはいます】


 蒸留酒の火ってすぐ消えちゃうしなあ。と思っている間に、火は落ち着いてきてしまっている。

 二人目の犠牲者は地面に転がってびくんびくんと、あまり人間がしちゃいけない感じに体を跳ねさせている。


 だめだな、これ現在進行形で内部に潜って食ってるから、回復されちゃうな?


「どうする、火でもあまり効果はないようだが」

 鍛冶屋のご隠居が横に立って、いつもの薪割り斧を構えながら聞いてくる。


「光が弱点らしいんだけど、この状態だと直接本体に光が届かないし、そもそもこれを焼けるくらいの光って」


 そこまで話したところで、俺の後ろにいた羊のうちの二頭ほど、光る羊たちが、めええええ!と高らかに鳴いた。


 ぶわり、と、羊の毛が広がったかのように、羊から光が強まり、拡がる。

 眩しくはないけど、力強い光が、あたり一面を照らした。


 光が消えるや否や、羊たちはめえ、と一声鳴き足して、さっさと俺の後ろに戻っていった。お仕事完了!とでもいったところか?


 黒い物体と男はと見れば、かさかさに干からびた灰色の塵芥がひっかかった状態で、あとから襲われた男が倒れている。

 残念だけど、一目見て息がないのは明らかだった。上半身のあらかたがどろどろになっているから、これで生き残れというのは無理だろう。

 ……いやほんと、俺よく今生きてるな。これと大差ない浸食され加減だったはずだよな。


【けすれる どのの場合、脳はぎりぎり無事でしたので。そちらの死者は真っ先に頭をやられましたから】

 なるほど、頭がないと人間生きていけない、か。


 最初にやられたおっさんのほうは、黒いのが千切ったらしい服と装備が、ばらばらに散らばっているだけで、身体は跡形もなかった。


 そして、視界の端っこに、微かに逃げていく黒い何かが見えた。本体が逃げ出した、いやこれ本体じゃなかったな、もともと端っこの何かか。

 まあ、本格的に反撃されたから本体のところに逃げ帰ったんだろう。


「……うちの羊、どうなってんの」


 大体状況を確認し終わったところで、羊飼いの息子が、呆然とそんなことを漏らす。

 大丈夫、流石におまえんちの羊の全部が全部ああじゃないから。

 そう言おうかどうしようかと思ったが、羊が光って見える人が余りいないようだったので、やめておいた。




 亡くなった男は、穴を掘って小枝を敷き詰め、その場で火をかけ、可能な限り燃やしてから埋めた。

 浸食された部分ほどよく燃える。理由は知らない。別に知りたくもなかった。

ホラー回のお約束を半分くらいは詰められたと思う(

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