第四話
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二日後の夕べ、パリ郊外に佇む牧歌的な木の家に迎え入れられたサシャは、家庭的な雰囲気のする室内に案内された。促されるままに椅子に腰掛ける。
ここまでは緊張のあまりろくに彼の顔も見られなかったが、
「改めまして、ようこそ我が家へ。といっても、何もない家だけれど」
恥ずかしそうに頰を掻く素顔のラファエルは、サシャの想像以上に精悍で、健康的な色気があった。
何より驚いたのは、
「に、……さま……、」
亡くした兄に雰囲気が似ている。
どこをどうと言われても答えようがないが、身にまとう空気が、存在が似ていた。
我知らず溢れた涙がボロボロとこぼれ落ちていく。サシャはそんな自分に驚き、口もとを押さえた。
「サシャ、どうか?」
ラファエルが心配そうに眉を下げた。その仕草も、労わりの眼差しもやはり似ている。まるで乗り移っているかのように。
「すみません、兄に……よく似ているのです、貴方が」
「お兄様に? 僕が……?」
少し考える仕草をしてから、ラファエルは思い切ったように口を開いた。
「サシャ、貴方のお兄様のことを聞いても良いだろうか? 僕は貴方のことを、もっと知りたい」
「……」
「幸いここには僕と君しかいません。外に漏れる心配はありません」
確かにそうかもしれなかった。
サシャはこっくりと頷いた。
「……革命当時、私は親元を離れ母の実家に住んでおりましたが──私の兄は、ブローニュの森近くの教会で、神父をしていました……」
「え……? ブローニュ、──神父ですって!?」
ラファエルは大きく目を見開いた、
「サシャ、もしかしてその方はマリウスといつ名ではありませんか!?」
懐かしいその名が彼の口から飛び出したことに、サシャは心臓が止まるほど動揺した。
「どうして知っているのです、……」
「ああ、やはり、それじゃ君が、君こそが……!」
突然にサシャの手を握りしめたラファエル。その目もとにはなぜか、込み上げるものが浮かんでいた。
「ラファエル?」
「すみません、君がマリウス様のご遺族かと思うと──」
「ラファエル、あ……貴方はいったい、いったい誰なのです!」
サシャは歓喜とも恐怖ともつかない感情に追い立てられた。
「驚かせてすみません。……僕が弟をギロチンで亡くしたことは、以前にもお話ししましたよね」
「え、ええ……」
「実はその後にも、僕は末の弟を亡くしかけたのです。お救い下さったのは、マリウス様でした」
「どういうことです」
「僕の弟たちはかつて、ブルジョワの富豪の男に金で買われました。そう、慰み者として──」
「ラファエル、それは……?」
「サシャ」
ヘーゼルの瞳が語ったのは、こうだった。