夏の夢は今も続く
日も高くなり辺りからは煩いくらいに蝉や蛙の鳴き声が響くあぜ道
そんな中フラフラと歩く女性が一人居た
日除けのためか黒い日傘をさす女性は恐らく20代後半だろうか?
白いシャツに黒のロングスカート靴はなぜがスニーカーのようなものを履いていた
手にはハンドバッグを持ち時折中から水筒を取り出し飲んでいた彼女が向かっていたのは少し高い山だった
「夏は嫌い……」
ポツリと呟いた
うだるような暑さや日光が体を焼いていくし約束のために田舎に戻らなければならない
虫も多いし蒸し暑いし実家にはクーラーなんて無くて唯一あるのは扇風機くらいだ
それが嫌で高校を出てすぐに都会に出て居るというのに……
唯一良いことといえば星が綺麗なこととあいつが居ることぐらいだろう
少しして入口に付くと声をかけてきた人がいた
「あら?もしかして澪ちゃん?久しぶりねぇ〜」
話しかけて来たのはあいつ
優のお母さんだった
「オバさんこんにちは、お休みが取れたので来ました」
「あらそうなの?そうだ、もしかしてあそこに行くならこれ持っていってくれないかしら」
そう言って渡されたのは卵焼きやご飯が入ったのプラケースだった
「ホントはあのこの所に行く予定だったのだけれど少し前に足を痛めてね……私も年かしら……」
「そんな事無いですよ、私も行くところだったので預かりますね」
そう言ってオバさんからプラケースを預かりバッグに入れる
ほんのり温かいので少し前に作ったのだろうか
オバさんと別れて山道を登る
舗装はされてないが適度に手入れされているためか茫々に生えた草の中を分け入って進むことはなかった
1時間ほど登っていくと頂上に到着した
そこには一本の木が生えていた
ここがあいつとの約束の場所だ
「やっとついた……」
「久しぶり!今年は遅かったな」
「全く……約束の場所ここにするんじゃなかった……」
「そんな事言うなよ〜俺等の仲だろ?」
「ちょっと木陰で涼ませて貰うね」
「良いけど服、汚すなよ?」
日傘をたたみ少し盛り上がった木の根に腰を掛ける
木陰で頂上だからか風が吹くため涼しい
「そういえばこれオバさんから」
そう言ってバッグから預かったプラケースを取り出す
「おお!母さんの卵焼き入ってんじゃん!」
「オバさん、足痛めちゃったから来れないんだってさ
まぁこんな山の上なら仕方ないだろうけど」
「そっかぁ……残念だけど仕方ないな……」
「それと……これは私から」
そう言ってバッグからクッキーとカヌレが入った袋を取り出した
「あんた甘いの好きだったからね」
「おお!ありがとう!」
「にしても……ほんとにここに居るなんてね」
「そりゃあな、ここは思い出の場所でもあるからな」
私、澪と優は幼なじみで昔からよく遊んでいた
この木は幼稚園の頃一緒に植えたものだった
「ほんと懐かしいわ……
私ねあれからパティシエを目指しているの
あんたが甘いの好きだったから」
「マジで?昔はそんな素振り見せなかったのに……」
「ほんと大変よ……有名店だからね
今日だって久しぶりに連続したお休みが取れたから来たんだし」
「マジかぁ……それは申し訳ねぇな……俺がそっちに行けたら良かったのにな……」
「確か戻ってきたのは1年ぶりよね?ほんとに変わらないわ……」
山の近くから遠くを見ていくと段々と家々が増えていき遠くにはビルのような物が見えた
「ごめんなさい、やっぱり結構変わっていたわ昔はあんなの無かったもの」
「そうだな……俺もビルができるなんて思っても居なかったよ」
「ここは本当に変わらない……あの頃のまま止まって……居たかった……」
「まぁ……確かに変わらないなんて無理だからなお前はどんどん美人になっていくし」
「ねぇ……知ってた?本当は私ね
優、あなたのことが好きだったの」
「知ってた……俺も本当は澪、お前のことが好きだった」
「でも今更遅いよね……」
ポツリと呟く
「ごめん私明日は仕事だから帰らなきゃ……また……来年ね」
「あぁ……また……来年……」
日傘をさしなおし帰路につく
疲れてるわけじゃないが足取りが重い
山を降りると母さんが車に乗り待っていた
「ほら……駅まで送るわ」
私は車の後ろに乗り込む
母さんは少しため息をついて車を走らせた
「ねぇ……あんたは今どこで働いてるのかしら」
「ケーキ屋……パティシエになろうと思ってる」
「そう……あんたはお菓子とか作るの頑張ってたものね」
「別に……そんなのじゃないし……」
沈黙が流れる
何度か赤信号で止まったとき不意に母さんが聞いてきた
「ねぇ……あんたはまだ忘れれないの?優くんのこと……」
「別に……ただ約束を守ってるだけ出し……」
そう……約束を守ってるだけ……
高校卒業するとき私はもう東京で行くことは確定していた
やってみたいことが地元の学校では物足りなさそうだったからというのもあったが東京に決めたのは単に都会の生活に憧れていた事もあった
「何だよ〜澪はこっちに居ないのかよ〜」
不満気に言うのはいつも優だった
「私は虫とか嫌だから東京に行くの、そっちこそ東京に行けばよかったじゃない」
「俺は人が多いところ苦手だからなぁ……」
そう言って馬鹿なことを繰り返す毎日だった
この頃から私は優のことが好きだったのかもしれない
でも勇気を出すことが出来なかった
そして東京へ行く日
優は私を見送りに駅まで来ていた
「やっぱり行っちまうんだな」
「うん……」
気まずい空気が流れる
電車が大きな音を立てやってきた
扉が空き私は電車に乗り込む
「なぁ!」
優が大きな声を上げた
「絶対に毎年帰ってこいよ!俺はあの木のしたで帰ってくる日はずっと待ってっから!色々話そうぜ!」
「覚えていたら行ってあげる」
電車が大きな音を立てて扉が閉まる
その時何か言っていた気がしたが何を言っているかは聞き取れなかった
それから私は専門学校に行きながらバイトを頑張り目まぐるしい日々を過ごして居た
そして半年が過ぎた頃
優が死んだと連絡をもらった
列車の事故だったらしい
私は急いで地元に帰ったが葬儀には間に合わなかった
優の遺体ははあの木のしたに埋められた
それが優の遺言の1つだった
地元に帰ってきたとき私は優の母さんから手紙をもらった
何度も何度も書いては捨てていた手紙らしい
東京に戻り
私は呆然としていた
未だに優が居なくなったことが信じられなかった
それから学校をサボるようになった
五日目の夜
カサカサとした音で私は目を覚めた
ゴキブリが居るのかと怯えたがどうやら違うらしい
それはカバンの底に入れていた優の最後の手紙だった
私は手紙を開いた
そこには彼の字で長々と手紙が書いていた
澪へ
この手紙を書こうとしたのは澪に言いたいことがあったからです
学校は頑張ってる?
俺は地元の学校で頑張ってるよ
澪は少々むちゃしがちなのでちょっと不安です
体調崩さず頑張れよ
あと!約束!忘れんなよ!
「うっさいわ馬鹿……」
涙ぐみ手紙を見ていると別の紙が見えた
どうやら2枚あったようだ
これを見てるとき俺は澪の隣に居ないと思う
俺は澪に、言いたいことがあった
澪が、居なくなってから毎日がつまらなくなっちまった
俺はどうやら澪と一緒に居ることが好きだったみたいだ
そんな澪にお願いがある
1つは帰ってきたら話をしてほしいこと
どんな体験をしたかとか色々聞いなるからな
2つ目は幸せになること
これは説明いらねぇな
3つ目は俺のことを忘れること
俺のことは忘れて別の奴と幸せになってほしいから
この3つだ
よろしくたのむぜ
手紙を呼んだあと私は涙が止まらなかった
私が勇気を出してれば優と付き合うことが出来ていたなんて思っていなかったから……
私は今でも約束は守っている
ただ3つ目だけは絶対に無理だ
だって今も好きだから……
好きな気持ちを忘れたくないから……
列車に乗る
また忙しい日々が帰ってきてしまう
でも私は頑張るよ……
優のためにこれからもずっと……