わらべうた
お花見を楽しんだ後、村人たちを集落へ送る。
その飛行中、屋敷の中では葵に対して入れ替わり立ち替わりに村人たちが感謝を述べていった。
「絶望しかなかった日々でございましたが、これからは希望を持って生きていけます。姫様、有難うございました」
「集落を新しくしていただいて助かりました。このご恩は決して忘れません」
「お姉ちゃん、あそんでくれてありがとう」
「お花見、来年も行こうね!」
など、大人気のようだ。
集落に着き、お別れの時がくる。
「姫様あ、ありがとう~!」
「姫様あ、また来てね~!」
村人たちに葵は笑顔で大きく手を振って応えた。
屋敷が空へ上がり、次の地へと向かう。
村人たちは屋敷が遠くに見えなくなるまで手を振りながら見送っているのだった。
大広間を掃除している良子と藤子を見ながら葵が呟く。
「広間いっぱいに人がいたのに、空っぽになってしもうた‥‥桜が全て散り終えたようで悲しいのお‥‥」
それを聞いて次郎が葵の頭を撫でる。
「葵はあのぼろ屋を生まれ変わらせたんだ。皆喜び感謝していた。桜は来年も再来年も咲いて何度も生まれ変わるんだ。悲しいことばかりじゃないんだ」
「兄上‥‥そうじゃな。生まれ変わるんならパワーが必要じゃ。来年再来年咲き誇るためにパワーを溜める!わらわも生まれ変わるぞ!」
葵が与平に呼ばれて診療室に向かうと次郎は雲じいに次はどこに行くのか聞いてみた。
「次は名所、彭丈園でございます。そこではシャクヤク、スズラン、そしてバラが見事に咲いております」
「葵は花が好きなんだな」
「はい。今回の旅は花を巡る旅でもあるのです」
一方、義賊、太助はあれから空飛ぶ屋敷の行方を追いかけていた。各地で屋敷の目撃情報を聞きながら盗賊の身軽さを使い、負担なく走ってきたがさすがに遠距離なので疲労が溜まってきた。
「随分西まで来ていたんだな。」
と、目の前に新築した家が並んだ村を見つけた。
広場では子供たちが明るく遊び回っている。
「あおいの ひめさま せいぎひめ~♪
あおいの ひめさま つよきひめ~♪
じろうの にいさま やさしくて~♪
じろうの にいさま かおもよし~♪」
じろう‥‥次郎だと!‥‥
空飛ぶ屋敷はこの地に来たのか‥‥
太助が女の子に話しかける。
「お嬢ちゃんたち、お歌が上手だね~。どういう歌なんだい」
「こないだ、うちの母上が歌っていたの」
「そなたの母君が‥‥私は歌に出てきたじろうの友達なんだ。お話しを聞かせてもらってもいいだろうか」
「うん。こっちよ」
女の子は案内して家に招き入れた。
「あら、お客様なの」
「このお兄ちゃんがね、母上のお歌のこと聞きたいんだって」
「まあ、そうでしたか‥‥お恥ずかしい‥‥」
「私は歌に出てきたじろうの友達なのです。次郎がこちらに来たのですね」
「はい。姫様と次郎様たちは何の前触れもなく、貧しいこの集落に来られました。姫様は皆の家や布団などを見て回り、全て新しくしてくれました。さらに次郎様は、元は領主様がひどい方だとつきとめられて、お目付け役と管理者をそれぞれお呼びして悪人を裁いていただいたそうです」
「そんなことが‥‥」
「私たちも未だに信じられません。長年保護を放置された集落に突然の過分な施し‥‥余りに有り難くて、つい歌として口ずさんでしまいまして‥‥」
「それを娘さんが覚えて歌っていた、と。私も友達として誇らしいですよ」
いや‥‥
次郎は俺と違ったやり方でこの村を救った‥‥
義賊と言えば聞こえはマシだが、やってることは盗賊だ‥‥
姫様の威厳を借りたとしてもこりゃあ全うなやり方だ‥‥
俺も力があればそんなやり方で貧しい者を救いたい‥‥
羨ましいぜ‥‥次郎‥‥
太助は親子に礼をして家を出ると、空を見上げる。
四月が終わろうとしている。
暖かい日差しの中、吹く風はまだ冷たさを運んでいる。
今回は無事解決したが、何かしらの不安をその風に太助は感じるのであった。