葵からの贈り物
伊右衛門が口を開く。
「次郎。一年に渡る葵との旅、大義である。して、旅の間の葵は如何であった。教えてくれぬか」
「はい。旅の間、姫様はとても快活でいらっしゃいました。二月頃に呪いに掛けられている事を知るまで全くそのそぶりもお見せにならない程に‥‥」
「そうか‥‥では、葵は旅を堪能出来たのじゃな」
「そうですね‥‥ご満足されていたと思います」
「民に対して様々な世直しをもしておったな‥あれは葵がやろうと自ら動いた事なのか」
「はい!始めこそ姫様の気紛れで動かれたと思っておりましたが、すぐにそれは違うと考え直しました。姫様は始め、民はもっと健康的で人々が豊かで楽しく暮らしていると思っていた、と。なので、男手のいない村を見て、ぼろぼろの家を見て、思っていたものと違うと、すぐに動かねばならないと私たちを指揮されたのです」
「そうだったのか‥‥堤防の建設の時はどうだったのじゃ」
「はい。何気なく空から眺めた集落に大きめの藁の動物があちこち飾られているのに姫様は興味をもたれました」
「藁の動物‥‥それはなんなのじゃ」
「水害から守る魔除けでございます」
「魔除け‥‥」
「はい。姫様は魔除けと聞いて直ぐ様、治水はどうなっているのか村人に訪ねられました。すると、何度も領主に掛け合っていたそうですが、相手にされなかった事が判明しました。そこで、近くの町から人材を集めるよう指揮され、堤防並びに津波に対する防波堤建設に乗り出しました」
「なるほど‥‥人材はいかように集めたのじゃ」
「そこは、良子さんと藤子さんのご尽力です。経験不問で相場より高めの報酬を提示すればある程度は集まる。また、この工事は多くの者を救う工事になる。完了した暁には未来永劫この偉業は語り継がれるだろう、いざ参加せよと大義名分を示されました」
これを聞き、一子が感心する。
「良子と藤子が‥‥大した玉よのお‥」
「はい。良子さんと藤子さんは姫様の忠実な家族です。堤防並びに津波に対する防波堤建設にどれだけの人材が必要かを見抜かれ、こちらを最優先に行う為の報酬提示をされたこと。お見事でございました」
伊右衛門が微笑みながら言う。
「そうであったか‥‥旅の活躍はまことに痛快じゃが、王としては不甲斐ない‥‥余はそれだけ何もしておらなんだという事じゃからのお‥」
「ですがその分、姫様の提示された要求に十二分にお応えいただきました。陛下の支援あってこそ成立した案件でございます」
「そうするしかなかったのじゃ‥‥葵に出せと言われればいくらでも出すつもりだったのじゃ‥‥」
一子が変わって口を挟む。
「旅のお話しはまだ聞いてみたいのですけど、次郎もここまで休みなしに来られてお疲れでしょう。陛下。あのお話しに入られては‥‥」
「おお。そうであった。次郎、そなた姓は何と言う」
「姓はございません」
「丁度良い。そなたに徳俵の姓を授けよう」
「は?!‥‥あ!いえ、有り難く頂戴します‥‥」
「今日からそなたは徳俵次郎じゃ。余の嫡男となるのお」
「何故、私などを‥‥」
「ふむ。一言で言えば、葵がそなたを気に入ったからじゃ」
「姫様が!‥‥」
「まず、旅の間、そなたは葵の兄になってくれた。これは葵にとって掛け替えのない癒しとなったようなのじゃ」
「癒しに‥‥」
「葵にはの‥‥安親に掛けられた呪いにより、大奥を出る事を禁じたのじゃ‥‥大和城も広い。あちこち歩かれては呪い発症時に見つからない可能性もあると思っての‥‥」
伊右衛門と一子が涙を流す。
「憐れな事をしていると思っても、余にとってたった一人の可愛い姫じゃ‥‥呪いに食い殺される瞬間まで大奥にいるべきだと思ってしまったのじゃ‥‥」
「お察しいたします‥‥」
「そして葵は、自分が天に召された時は余に子供がいなくなることを案じ、そなたを徳俵家に、となあ‥‥」
「姫様‥‥」
「次郎。実はもう一つあるのじゃ」
「もう一つ‥‥」




