大和城へ
次郎は雲じいに礼をして、葵に手を合わせ礼をする。
葵‥‥
思えば強引に旅の仲間に連れて行かれたが、葵との旅はオレにとってとても楽しい旅だったよ‥‥
それに葵の兄にさせられた事も実は嬉しかったんだ。オレには兄弟がいない。
まさか妹が出来るなんて思わなかったよ‥‥
葵は、オレが旅を共にする事で葵の中の死への不安を盗み‥‥
呪いの事を知らないオレがいることで、周りにもその話を出来ない空気にする事ができ、旅を楽しく出来ると思ったのだろうが‥‥
オレこそ本当にやりたいことを見つけられたようでワクワクしていた‥‥
オレは盗賊をやりたいんじゃない‥‥
旅で葵がしていたように人々の役に立つ仕事をしたいんだ‥‥
葵と出会えて良かった‥‥
ありがとう‥葵‥‥
お別れだ‥‥
そして、身支度をすると大和城へ向かった。
屋敷を出て、順番を待つ民が残り少なくなってきたことを知り、雲じいと葵とはもう会えないと思うと涙が溢れてくる。
大和城への一人旅は急ぐ旅ではない。
まだ雪が残る森を歩いていく。
所々、間伐された跡がある。ここにも世直しの痕跡があるんだなと、次郎は思う。
そして、あれだけ人がいたにも関わらずゴミはない。だが、落ち葉は残している。落ち葉は土の中に住む微生物にとって快適な環境となる。直射日光を防いで乾燥から守るからだ。
また、キノコなどの菌類やミミズにも暮らしやすくなる。さらに新しい葉を作る材料にもなるのだ。
落枝は道に落ちているものは拾われて歩きやすくしているようだ。
見上げれば程よい日差しが地面に届いている。全国的に間伐がこのように進めば地滑りや土砂崩れの心配が減る。
だが、国土に対して森林の割合は約七割もある。一気にやるのは不可能だが、根気よく少しずつ行われるようフォローしなければならない。
森を抜ければ村が見える。
次郎は村を通り抜ける。村の中もゴミ一つない。
何より、村人の顔が明るい。
子供たちが追いかけっこをしている。
追われている子が転倒して肘を擦りむき血が出ている。
次郎が駆け寄ろうとすると、追っていた子供が抱き上げて、家の中に連れて行った。
次郎は近くで様子を見ていると、そこは医者の家で手際よく手当てされていた。
中には張り紙があり、子供無料と書いてある。いい村だ‥‥
次郎は幾つも山を越え、村を抜け、町を通り、大和城が見える所まできた。
あれから一年近くになるのか‥‥
太助と、義賊として潜入して以来だ‥‥
次郎が大和城の門をくぐる。
庭を歩いていると左近が次郎を見つけて近づいてきた。
「次郎様。お待ちしておりました。さ、こちらでございます」
「そう言えば今さらですが、オレなんかが陛下にお会い出来るのでしょうか‥‥」
「ははは、本当に今さらでございますな。これは葵姫の意向ですぞ。お会いしていただかねば困ります」
左近が次郎を連れて陛下の間の前に来た。
「緊張なさるな。次郎様」
「いやあ、緊張しますよ‥‥国のトップとお会いするなんて本来なら無かった事ですから‥‥」
「お気持ち承知しました。では、お供いたしましょう」
「ありがとうございます」
「左近、並びに次郎。入られよ」
戸が開くと下段の間を手前に広がり、奥には中段の間が、さらに奥には上段の間がある。
一番奥には氷竜山を描いた障壁画が飾られており、戸には鶴、松、桜など目出度いとされる絵が描かれていて、まさに将軍の間が目の前にある。
上段には伊右衛門と一子が鎮座している。中段には助九郎が一人で鎮座している。
左近と次郎は下段の間の真ん中より入口側に控えて、頭を下げる。
助九郎がまず話し出す。
「左近、次郎。陛下よりお話しがござる。頭を上げよ」
「ははっ!」
と、次郎が頭を上げると左近が小声で諌める。
「まだです。陛下に言われるまでお下げ下され」
次郎は慌てて頭を下げる。
伊右衛門と一子が和やかに笑う。
「ふふふ、良い良い。左近、次郎。頭を上げよ。葵から、次郎は転生者と聞いておる。礼儀作法はこれから学ぶと良い」
と、一子が言った。




