旅の終わり
民のお祈りが続く。
ふと、葵が目を覚ます。
「葵!」
「姫様っ!」
「姫様っ!」
葵が良子に上半身だけ起こすように呟く。良子は言われた通り身体を慎重に起こす。
「はあ‥‥はあ‥‥祈りの効果かの‥だいぶ‥楽じゃ‥‥」
「姫様あ‥‥」
葵が精気はないが柔らかい表情で話す。
「民たちが‥‥たくさん‥おるのお‥‥有り難い‥事じゃ‥」
「皆、葵を助けたくて来てくれたんだ!テオも来てるんだ!葵!」
「ふふ‥‥テオ‥じゃが‥‥わらわも‥‥いよいよじゃ‥」
「姫様、嫌でございます!」
「姫様‥‥」
葵が続ける。
「もはや‥‥呪いは‥わらわの‥身体を‥‥はあ‥蝕み‥無理じゃ‥‥分かって‥おくれ‥」
「葵‥‥」
「良子や‥‥化粧を‥しておくれ‥‥」
良子は泣きながら葵の髪を整え、化粧をする。普段は化粧をしない葵だが、さすがに呪いを受けて憔悴している。
出来ました、と良子が葵に鏡を見せる。葵は満足して、鏡を良子に譲ると言い出した。
「良子や‥いつもわらわを‥‥綺麗に‥してくれて‥‥感謝して‥おる‥‥これからは‥武芸ではなく‥自分を‥磨いておくれ‥‥そなたは‥器量が‥良いからの‥‥」
良子は鏡を抱き締めて涙を流す。
「藤子や‥‥そなたの‥食事は‥‥どれも上手い‥‥いつも‥一口しか‥食えず‥‥済まぬ‥‥」
「分かっております‥‥」
「藤子や‥‥旅は‥終わりじゃ‥秘かに‥思うておる‥殿方の‥元に‥‥行くが良い‥」
「何故それを‥‥!」
「ふふ‥‥既に‥大和城に‥迎えて‥おる‥楽しみじゃの‥‥」
「‥‥私の事など‥‥姫様‥‥」
葵が次郎を見る。
「次郎殿‥‥」
ここにきて兄ではなく、次郎と‥‥
次郎は死を覚悟して話す葵に真摯に向き直る。
「次郎殿‥‥わらわが‥死んだら‥大和城に行き‥‥父上に‥会って下され‥‥」
「承知した‥‥」
「それとの‥‥わらわの‥‥最後の‥わがまま‥聞いて下され‥‥」
次郎は涙を堪えて頷く。
「わらわは‥‥おなごじゃ‥おなごと‥生まれた‥‥からには‥恋をして‥みたいのじゃ‥相手を‥してたもれ‥」
「承知した‥」
次郎が葵の横に座る。
「てを‥つないで‥たもれ‥」
次郎が優しく葵と手を繋ぐ。
「じろうどのの‥ては‥‥あたたかいの‥‥」
葵が次郎の腕にもたれかかる。
やはり葵も七歳の女の子だな‥‥
いや、良子さんや藤子さんに最後まで気遣っていたじゃないか‥‥
ましてやオレにも父上に会うようにと‥‥
「は!葵!葵っ!」
脈がない!呼吸もない!心臓も!‥‥
そんな‥‥
これだけの民がお祈りしてくれたのに‥‥
与平さんも恐山に鎮めに行ったというのに‥‥
間に合わなかったのか‥‥
既に体力が気力が‥‥
「姫様あっ!」
「姫様っ!」
遂に葵は天に召されてしまった‥‥
この少し前。
恐山で安親は与平を呪う代わりに葵の呪いを解こうとしていた。
与平が呪いを受ける!
「ぬうっ!ぐああっ!」
身体が焼けるように熱い!‥‥
姫様はこのような苦しみを三年以上に渡り‥‥
耐えてこられたのか‥‥
とても七つの娘が耐えられる熱さではない!‥
「安親あ!葵姫の呪いを早く解け!」
「案ずるな‥‥葵の呪いはお主に移った‥‥だが‥‥その呪いは‥‥トドメを差すほどの‥‥苦しみとなる‥‥」
「望む‥ところ!‥‥」
与平の身体から火が現れる!火は二つ、三つとなり、やがて与平の身体を覆い尽くす!
与平は業火の中、仁王立ちで安親を睨みつける!
これには安親も畏れ入る!
「徳俵与平‥‥流石は覇者の矜持を‥‥見せてもらったぞ‥‥」
業火の中で葵から呪いを引き受けて与平も天に召されてしまった!




