余命
藤子が続けて話し出す。
「姫様はそれから呪いに殺されそうになっては、暫く元気な容態に戻ったりを繰り返していました。その中で、与平様はそれこそ寝る間も惜しんで呪いを解く方法を考えていたのです。旅の間も今もそれだけを考えているのです」
次郎は思った。
だから、与平さんは常に医務室に籠っていたのか、と。
葵の呪いを解くためだけにずっと時間を費やしていたんだ、と。
葵が一口食べて食事を終えるのも呪いのせいだったのか‥‥
「藤子さん。葵は三歳から呪いにかかって今も生きているが、長くないのですか」
「今回の旅に出る前に余命が一年だと分かりました‥‥」
「一年!旅を始めて十ヶ月になるんですよ!」
「はい‥‥姫様は恐らく次の桜を見ることなく‥‥」
それで葵は桜吹雪を見て泣いていたのか‥‥
儚い桜の美しさを自分の命に重ねて、その生き急ぐ姿に涙せずにはいられなかったのだろう‥‥
「それから姫様は六歳まで呪いにより、地獄のような苦しみを受けておられましたが、漸く回復の兆しが見えた七歳のお誕生日に余命が一年だと分かりました。そこで、姫様は陛下に旅をしたいと申し出たのです」
「父上。葵はじいたちと旅をしたいと思います」
「ならぬ!そなたの命は一年しかないのじゃぞ!余の側にいてくれまいか」
「葵は外の世界を見たいのです。じいが見せてくれると約束してくれました。それに葵は大奥しか知らずに死ぬのは嫌でございます」
「しかし‥‥いつまた呪いの症状が出るかも分からぬのだぞ!」
「だからなのです。元気な今のうちに旅に出て、父上母上に笑顔の葵を覚えて欲しいのです。わらわも旅に出る時は父上母上には笑顔で見送って欲しいのです。思い出す時に笑顔が思い浮かぶようにしたいのです」
「葵‥‥では今生の別れになるというのか‥‥」
「‥‥はい。城の者たちも笑顔で見送ってもらえるよう伝えてもらえますでしょうか」
「伝えよう‥‥あと、与平を連れて行かねばなるまい。体調管理もそうじゃが、呪いに対抗する術を調べておる。それと歳の近い良子を連れて行くが良い‥‥」
旅に出る前日。
大和城と大奥の全ての者が呪いで余命一年の葵が旅に出ることを聞きつけ、涙に暮れていた。
「姫様‥‥せめて綺麗な景色をたくさん見て欲しいなあ‥‥」
「でも、もう会うことが出来ないというのは‥‥辛すぎる‥‥」
「このまま呪いが消えて元気な姫様に戻らないかなあ‥‥」
など、様々な思いが城に充満していた。
その晩。
太助と次郎が大奥に潜入し、金を奪いに来たところ、次郎が天井裏の床を踏み外し、葵の部屋に落ちる。
葵はその時、何かを閃く。
盗賊‥‥
もしかしたら、この者ならわらわの呪いを‥‥
警護の者を言いくるめ、王と王妃がやってくる。
「父上母上。お騒がせしまして申し訳ありませぬ。天啓がございました。この者は天が遣わした、共に旅をする者です」
「葵‥‥その者は賊であろう。共に旅など‥‥」
「父上母上、この者はきっとわらわの死への不安を盗んでくれる。お願いします。わらわのわがまま、お聞き分け下さいませ」
それに葵は、城の者だけでは呪いの事が離れず、せっかくの旅が楽しめなくなるが、次郎という呪いを知らない者が入る事で自分を元気な明るい姫と思って旅に付き合ってくれると考えたのだ。
葵は、旅でそれほど役に立っていないオレを、居るだけで役に立っていると言っていた‥‥
呪いの事を知らないオレが知らず知らずに葵の死への不安を盗んでいたというのか‥‥
いや、それでは解決にはなっていない‥‥
オレにも何か出来ないだろうか‥‥
しかし、与平さんがあれだけ調べて解決していないものをどうやって‥‥
このまま葵を死なせる訳にはいかない!
次郎も呪いに立ち向かう決心をする!




