葵の改革
葵は他のぼろ屋も見て回った。
どこも頼りになる男がいないことに気づく。
住んでいる者たちは全部で三十人ほどのようだ。
葵が次郎、良子、藤子を呼び寄せる。
「良子と藤子はこの先にある街に入り、急ぎ大工を手配せよ!この地に新たな家をあの者たちに分け与えるのじゃ。さらに、寝具や衣服も新調するように。その他必要なものが思い当たればそれも頼む。そして兄上。兄上にはあの集落がこうなった元凶を調べてまいれ。良子、説得の際にこれを使いなされ」と、王の印を渡した。これは王に代わり命を出せる印である。
葵は三人を街へ行かせると、集落に戻り住んでいる者を屋敷の大広間に招いた。
「皆、遠慮なく上がるが良い。済まぬが新しい家が出来るまでこの屋敷に寝泊まりするのじゃ。寝具や食事は良子と藤子が戻ってからになるゆえ、順番にお風呂に入られよ。雲じい、案内して差し上げよ」
「ははっ!」雲じいが順番に数人ずつ浴場に案内する。皆、突然の待遇に戸惑い遠慮がちだったが、葵の勢いに負けてお風呂に入ることになった。
「それにしましても、何故姫様がこのような施しをされるのですか。私どもなどに、とてももったいなくもったいなく‥‥」
と、老婆が訊ねると葵が答える。
「そなたたちの住んでいる家はもはや家ではない。わらわはナデシコ国の王の娘として、そなたたちに申し訳ないと思うておる。せめて、家や衣服を新調する事で罪滅ぼしをしたいのじゃ。今まで済まなかったのお」
それを聞いて、全ての者が両手をついて、とんでもございません、と頭を下げた。
暫くして良子と藤子が街の大工全員、布団屋、衣服屋などぞろぞろと連れてきた。
そしてテキパキと寝具と衣服を屋敷に運ばせ、大工には早速建築に当たらせた。
力士たちはぼろ屋を解体して更地にしていく。
藤子はそれが終わると食事の準備に取りかかる。
良子は現場監督となり、テキパキ作業員を動かしていく。
次郎が戻ってきた。
「葵。どうやら領主に騙されて、男手は奴隷に取られ死ぬまで過酷な炭鉱掘りをさせられて、残された女子供たちには手厚い保護を約束しながらずっと放置していたようだ」
「なんと憐れな‥‥」
葵はそれを聞くと懐から筆と紙を取り出し、さらさらと手紙を書き始めた。
「早鳥、出でよ」
葵がそう言うと青い鳩のような鳥が現れた!
その鳥の足に手紙をくくりつけた。
「行け、わらわの父上の元へ!」
葵が早鳥を空へ解き放つと、凄いスピードで東へ飛んでいった。
屋敷の大広間にはお風呂を上がって新しい衣服に身を包んだ村人たちが藤子からおにぎりと味噌汁を与えられていた。
村人たちは、長らく味わった事のない優しさにふれ、有難い有難いと泣きながら食事をしている。
食事が済むと新しい枕と布団に入り、あまりの温かさですぐに眠りについていった。
「兄上。皆寝顔が幸せそうじゃ。普通の事をしただけなのに。何故、領主はこの者たちをいじめたのじゃろう。普通に暮らしてはいかんのかえ」
「人の嫌な部分だな。だが、葵が責任を負うことはないんじゃないか」
「でも、このような所業を見たからには正していきたい。弱き者は守りたいのじゃ」
「その通りだな、葵」
徹夜で建築に掛かる大工たちに藤子からおにぎりと味噌汁が与えられた。
休憩を取りながらも翌朝には全ての家が新しく出来上がった。
葵が屋敷を出て大工たちの前に立つ。
「わらわはナデシコ王の娘、葵じゃ。急な仕事にも関わらず、急いで丁寧に建築したこと、大義である。これは礼金じゃ。受け取っておくれ」
良子と藤子から大工たちに小判を渡される。皆、予想以上の報酬に葵に頭を深々と下げる。
さらに布団屋、衣服屋に、屋敷から各家に寝具や衣服を移動させた後、皆に小判を与えた。
各家の他に大浴場も作っており、さらには井戸も掘り、村らしく生まれ変わった。
葵は村人にも当面の生活費として十分な小判を皆に与えた。
村人たちは泣きながら何度も感謝していく。
その頃、東から馬が数頭やってくるのが見えた。
葵を見かけると馬から降りて膝をついて礼をする。
「石川成国でこざる。これより領主の池田家に向かい、お目付け役を果たして参ります」
「五島甚兵衛でこざる。これより、この地にて領主の政が改変されたことを確認しながら、村人たちへの保護がなされているかの監視を果たして参ります」
「中島泰成でこざる。これより石川様と共に池田家にて財源や帳簿に誤りがないか確認を果たして参ります」
「畑六之助でこざる。これより五島様と共にこの地にて村人たちのあらゆる助っ人を果たして参ります」
など、五名ずつ十人が挨拶していった。
「皆よう来てくれた!今後悪さの起きぬよう、励むのじゃ。頼むぞ」
「ははっ!」
池田家に向かう者は、これにて、と馬に乗って行ってしまった。
皆、葵が手紙で必要な人材を寄越すように伝えた面子である。
さすがに疲労が溜まった葵たちは、花見を後日にして、一日疲れを癒すことにつかうことにしたのだった。