初日の出
夜明け前。
葵が起こされる。
この日は一月一日、正月である。
「おお寒い寒い」
「間もなく初日の出でございます。あちらが氷竜山ですよ」藤子が氷竜山を指差す。
「本当は氷竜山を登山して頂上から初日の出を拝みたいところですが」良子が言う。
「登山用の装備がないですのお」雲じいが言う。
「山に登るのに装備がいるのかえ」葵が聞く。
「氷竜山の麓から頂上に登るにつれ、気温が下がり、酸素が薄くなりますのじゃ。水場も無いですし、足場は岩だらけ」
「そうなのか‥‥無理じゃの‥」
「まあ、ほとんどの人は氷竜山も見ることが出来ない場所に住んでいるんだ。そんな中、氷竜山の見える場所で初日の出を見られるのは幸運じゃないか」次郎が言う。
「仰る通りでございます。次郎様」与平も言う。
「確かにのお。元より登る気はないがのお‥」
周りの空が明るくなってきた。
いよいよ日が登る。
山頂から見れば6時42分頃日が登る。葵たちは麓から見ているので初日の出を見るのはもう少し後になる。
気持ちのいい晴れ空となり、氷竜山から太陽が顔を覗かせる。初日の出だ。
葵たちは合掌しながら国の平和と民の健康と幸せを祈った。
「今年こそ‥‥何も無ければ良いのお」葵がしみじみ言う。
次郎は思う。
旅に出てから九ヶ月になる‥‥
楽しい旅中心になると思いきや、世直しに積極的な旅になるとは‥‥
葵は国から不正がなくなり、民が豊かで幸せになって欲しいといつも思っている‥‥
もし、オレがこの世界に葵として転生していたら、同じことが出来るか‥‥
勿論、王族の人材や資金もいかほどかも知らない‥‥
たとえ知っていたとしても‥‥
器じゃない‥‥
似たことが出来ても葵ほどオレは国を愛せていない‥‥
民の幸せを願ってもいない‥‥
だからオレは盗賊なんだ‥‥
「兄上。せっかくの初日の出じゃというのにお顔が暗いの。今日はめでたい日じゃ。そうであろう」
葵にそう言われて次郎も改める。
「その通りだ。オレもそろそろ変わらないとな」
「兄上はそのままで良いのじゃ。人には役割がありまする。急に知らぬものに変わられては周りが戸惑いますぞ」
それもそうか、と次郎は思う。考えすぎていたのか‥‥
このままのオレで出来る事をやればいいんだな‥‥
「姫様、次郎様。雑煮が出来ました」藤子が呼び掛ける。
「おお。兄上戴くとしましょう」
「ああ。戴こう」
こたつに入り雑煮を食べる。
次郎も雑煮を食べるのは久しぶりの事だ。
山田時代でも幼い頃食べたきりだ。
家族が正月に揃って雑煮を食べる。これだけの事が長い間出来なかった。
旅に出てからこの家族で何度も食事をしてきたが、こういう行事での食事はまたいいものだと次郎は思うのであった。




