駆け込み屋敷
「のお。兄上の親はどんな方じゃったんじゃ」
葵が聞いた。次郎は腕を組みながら話す。
「う~ん‥‥どっちもまあ‥‥普通かなあ。取り敢えず殴られたことはないよ」
「ふむ。良子はどうじゃ」
「私の父上は武芸に関しては厳しく、手をあげられたこともございます。でも、それ以外のことになると別人のように優しい方でございました」
「ふむ。藤子はどうじゃ」
「私の父上は何でも赦すような寛大な方でございました。母上は料理のことになると厳しい方でしたが、手を上げられた事はございません」
「まあ、城の者はそれなりの審査を通っておるから、まず酷い親はおらぬか。いや、良子。手を上げられたのじゃな。何故道を外さぬのじゃ」
「父上が厳しいのは、戦も終わり、何か身に付けなければ良縁に巡り会えぬからとの事でございます」
「そうか。では‥‥」
葵が言い掛けようとした時、屋敷の門を叩く音がした。
「どなたかおりませんか!お助けを!」
女の声だ!逼迫しているらしいのを聞いて葵が藤子を向かわせる。
入ってきたのは二十代の母親と二才くらいの男の子であった。葵も部屋から出て応対する。
「何かあったのか」
「は!もしや、姫様では!」
「いかにも。葵じゃ。忌憚なく申してみよ」
「夫が酒に溺れ、私や息子に暴力を振るうのです!」
葵がその息子を招き寄せる。まず、顔が腫れ上がり、膝や腕も赤くなっている。これは只事ではないと、部屋に連れていき、着物を脱がせると背中に大きな叩かれた痕があった!
葵は涙を流しながら話す。
「これはわらべの身体ではない‥‥何故ここまでの仕打ちを受けねばならぬのじゃ‥‥母君よ。そなたも暴力を受けたと言うておったな。痕があるのかえ」
子供の母親も部屋に招き入れ着物を脱がせると、子供以上に全身暴力を振るわれた痕があった!
「夫は何に怒っておるのじゃ。理由があるのかえ」
「結婚した当初は夫は優しかったのです‥‥新之助が産まれてから少しずつイライラするようになり‥‥私を殴る姿を新之助が見て泣き出すと、新之助まで殴るようになったのです‥‥」
「何故イライラするようになったのかのお‥‥」
と、思っているとまた門を叩く音がした!
藤子が迎えると、新之助の父だと言う。
「ここに俺の妻と子供が来たはずだ!返してくれ!」
と、息巻く男を見て葵が驚く!
「そなた!蕎麦屋の半吉ではないか!」
半吉もそう言われて驚く!
「そなた。そこに直れ。確かにそなたの妻と子供はここにおる。じゃが、二人の身体に幾多の暴力による痕があった!何故あそこまで暴力を振るうたのじゃ!」
「それは‥‥面白く‥‥なくて‥」
「それが理由なのかえ。半吉。そなた蕎麦屋に入ったのはいつじゃ」
「三年前です‥‥」
「なるほど。そなた、その頃に妻と結婚し、将来に向けて励もうとしていたのじゃろう。じゃが、現実は今日に至っても店主に叱られる毎日。怒りの矛先を妻に向けて暴力をしておった。違うかえ」
「ぐ‥‥む‥」
「それは面白くないことじゃな。さらに我が子にも八つ当たりをする始末。家族の中ではそなたは立場が上になる。妻も子供も逆らえまい。それを良い事にイライラの捌け口にするとは何事じゃ!」
「も、申し訳ありません!」
「謝るのはわらわではなかろう。二人とも出られるかえ」
葵に促され、妻と子供が部屋から出てきた。
「半吉。二人に謝罪せよ」
「酷い事をして済まなかった!これから心を入れ換える!許してくれ!」
「どうじゃ。こう言うておるが本音を言うてみよ。決して手出しはさせぬ」
葵の言葉に勇気を持ち、話し始める。
「貴方は何度もそう言ってきました‥‥でも、お酒が入るたびに貴方は私達を殴ってくるのです!このままでは新之助を死なせてしまいます!私は、私は、貴方を許さない!」
と言うと妻は新之助を抱き締めて泣き始めた。
「そなたの言い分はわかった。新之助。そなたはどうじゃ。あの者にそなたの父でいてほしいか」
「姫様、新之助はまだ二才でございます!左様な判断は‥‥」
「わかっておる。じゃが、新之助の気持ちも聞いてみたいのじゃ」
新之助は意味がわかっていないようだが、「おとう」と恐がりながら言う。
「のお。半吉。新之助が恐がっておる。じゃが、父親はそなたしかおらぬのじゃ。そなたの子供も新之助だけであろう。何故愛することが出来ぬ。そなたの幼少の頃、親に殴られて育ったのかえ」
「殴られたことはあります‥‥」
「じゃが、ここまでではないという事かえ」
「‥‥はい」
「半吉。そなたに妻と子供は返せぬ。そなたの二人にしてきた罪は重い!暴力の理由も自分勝手で話しにならぬ!今一度独りとなり、妻と子供がいる事の有り難さを省みよ!」
「は‥‥ははあ‥‥」
半吉は魂が抜けたように屋敷を出る。葵はそれを見届けると、半吉の妻に話しかける。
「そなたも辛かったじゃろう。じゃが、半吉がいないとなるとどうやって新之助を育てるのじゃ」
「それは‥‥」
「まあ、そうじゃろうのお。少しこの屋敷で過ごすが良い。暫くすれば答えがやって参ろう」
と、葵はそう言うと二人を部屋に案内した。




