次郎の夢
昼食休憩が終わり、再び空の旅を始める。
葵が外の景色を眺めていると、次郎が近くに寄ってきた。
「次郎、遠慮なく景色を見て良いのじゃぞ。もそっと寄るが良い」
「はっ。失礼いたします」
「う~ん。話し方が固いのお。そうじゃ!次郎。そなたは今日からわらわの兄上となるのじゃ!今から兄上のように話してたもれ」
葵はそう言って、なんと名案じゃ、と手を叩いてはしゃいでいる。
次郎は、予想外の言葉に面食らってしまった!
「いや、それは!」
と、次郎がたじろいでいると、良子と藤子が葵に加勢してきた。
「次郎様!是非とも姫様の兄上となって下さいませ!是非とも!是非とも!」
「なんでオレが‥‥大体、身分が違いすぎますよ!」
「この屋敷におる以上、皆家族じゃ。それにのお、ちょうど兄上が欲しかったのじゃ。というわけでよろしく頼むぞ!」
「本気かよ‥‥」
「わらわの事は葵と呼ぶのじゃ」
「あ、あお、葵、ひめ‥‥」
「葵で良い。兄上には兄弟はおったのか?」
「いや、一人っ子だ」
「そうじゃったか。ならばきっと妹が欲しかったであろう。良かったのお」
次郎は観念したように、「分かったよ。葵、こんな話し方でいいんだな」
「おお。兄上っぽい!すごく良いぞ!良子!藤子!わらわに兄上が出来たぞ!」
「はい。おめでとうございます」
と二人も笑顔で祝福する。
「兄上、一緒に景色を眺めましょうぞ」
と、葵が次郎の着物を引っ張る。
外を眺めながら次郎が葵に訊ねる。
「え~と、あ、葵。そういや幾つになるんだ」
「ふふふ、葵は七つになりました」
「そうか。ではオレとは十違うな」
「兄上は夢は何かお持ちでしょうか」
次郎は、思いがけない問いに戸惑う。
夢‥‥
山田の時は大学まで行ければ就職する時にいいだろうと、何となく通っていたのだが、夢がなかったから学部も適当だし学科もなおさらだ。
興味のない教授の話を聞きながら、やりたいこともなかったから部活にも入らなかった。
だが、ある日の深夜にコンビニに行こうと歩いていると、まさかのコンビニ強盗中だったので、急いで110番通報して、隠れて強盗の様子を見ていた。
すると、コンビニから金を奪った強盗が出てきて逃げ出した。オレはもう一度110番に電話して、追いかけながら強盗はここをどこ方面に逃走中だ、と報告した。
警察は思ったより早く来てくれて、先回りして強盗を捕まえた。
オレは後に感謝状をもらい、警察になりたい夢を一瞬持てた。
でも、現実は甘くない。オレは警察官になれなかった。
もっと自分に興味をもって、もっと早く将来なりたいものを見つけるべきだったと、この時強く思った。
この世界に来たんだ。やりたい事を見つけなきゃな‥‥
「夢か‥‥オレは武士になりたい」
「武士でこざいますか。それは善き夢にございます」
「オレは今、盗賊だぞ。武士になれるのかな」
「ふふふ、きっとなれましょう」
「そういや、どうして旅をすることになったんだ。しかも一年も」
「わらわは箱入り娘ゆえ、外の世界を知らぬのです。なのでわがままを言って旅に出たのです」
「そうか。それが通るなんて凄いな‥‥」
「わらわはナデシコ一のわがまま娘でこざいます。おほほほほ‥‥おや、あの集落‥‥雲じい!降ろしておくれ!」
「何かあったのか、葵」
「集落の状態がひどく思えたのです。人がおるようなら大変じゃ」
次郎は不思議に思った。貧しい民の家はこんなものだ。気にかけたところでどうする気なのだろう、と。
「姫、着陸しましたぞ」雲じいが言った。
葵、次郎、良子、藤子が集落に向かう。
「もし、誰かおるかや」葵がぼろ屋に話しかける。すると、中から十二、三歳くらいの娘が出てきた。
「はい、何かご用ですか」
娘はそう言って、葵の艶やかな着物を見て驚く。
「そなた、ここに住んでおるのかえ?ちと中を見させてもらうぞえ」
葵は強引に中に入る。狭い造りの中に母と娘二人で住んでいる。所々傷みが激しく、四月といえ夜はかなり冷えそうだ。あちこちからすきま風が吹いている。