忍者 椿
岡っ引きは遺体を回収させると、さらに詳しく調べてきます、と行ってしまった。
葵たちも一旦屋敷に戻ることにした。
少しすると、二十歳くらいの町娘が近づいてきた。次郎は警戒して娘を見ている。
娘が葵を前に膝をついて礼をする。
「そなた、もしや椿かえ」
「はい。周辺諸国を廻りながら先日よりこの土地に入りました」
「では米についての価格異常のことも」
「はい。調査中でございます。実は農家と卸売り業者の間の業者が多数ありまして、実際の買い占め業者は偽名を使って介入しているようなのです」
次郎は椿のことを知らないので、割り込んで紹介してもらった。
「この者はわらわが父上に頼んで、諸国の調査を依頼した忍者じゃ」
「忍者‥‥」
「というても今は戦のない治世じゃ。忍者という職業はない。元忍者なのじゃ」
「怪しい者たちはほぼ分かっておりますが、なかなか証拠となるものがなく歯痒く悔しい限りでございます‥‥」
「して、それはどの者たちじゃ」
「領主である清水川兵庫、商人の越中屋仁平、同じく商人の四井湯左衛門、町奉行である小佐田弥太郎‥‥」
「町奉行じゃと!取り締まるべき者が買い占めをしておるとは!」
「そういや、殺された男は何者だったんだろう」と次郎が聞く。椿がそれに答える。
「買い占め側の裏切り者でございます。連盟書だけならば証拠不十分でございますが、自らの身分を明かし芋づる式に捕らえるつもりが、逆に斬られてしまったのです」
「尻尾を掴むにはどうしたら良いかのお」
「私が潜入して参ります」
「椿、そなた危うくないかえ」
「御心配なく。くのいちはそれが仕事でございます。万一失敗しても顔を変えておりますので問題ありません」
「分かった。じゃが、決して無理はするでないぞえ。元より危険な仕事じゃ。失敗してもよい。命だけは守るのじゃ」
「はっ!」
椿が屋敷から去ると、次郎は溜め息を思わずついた。
「兄上どうしたのじゃ」
「いや‥‥稀にみる美人だと思って動揺してしまった」
「ふふふ。そうでありましたか。椿は幾つじゃと思いますかえ」
「二十歳くらいではないのか」
「戦がなくなり二十年になるのです。今や忍者という職はない。元忍者ですぞ。五十は超えておりますわえ」
「なにっ!」
「あれは若づくりの変装じゃ。まことに見事でありましたなあ。兄上を騙すほどに」
次郎は顔を真っ赤にして頭を掻くばかりであった。
それから葵たちは、商店街の客として店の者に聞き込みを行っていた。
「この店のおにぎりは上手いのお。店主や、お茶をおくれ」
「はい、ただいま」
「ふぅ。お茶に良く合うておる。のお。何故この辺りの米はこれほど上手いのじゃ」
「まず、広い平地があることでしょう。そして冬になれば他に比べて雪が多く降ります。そのため雪解け水が豊富になりまして水不足になりにくいのです。また、夏場の気温が低すぎないことで稲の成長に適しております。これらの条件が揃った土地こそ永島なのでしょう」
「そうか。それで他より上手いから高目になっておるのかの」
「まあ、仕入れの時点で既に高目でございまして、本当はもう少し安く提供したいのです」
「そうじゃのお。もう少し安くしたいものじゃのお」




