暗雲
屋敷は一気に東へ向かって飛んでいく。
西部分も巡りきれてはいないのだが、出来るだけ一年のうちに全国を回るには東部分も行かねばならない。
雲じいが選んだ土地はナデシコ海を臨む永島と呼ばれる地域で、日本の新潟辺りになる。
暦も十月を過ぎ、暖かい日が少なくなり肌寒い日が増えてきた。
この辺りは米が人気で全国から注文が舞い込んでくる。葵の住む大和城で使用される米の産地は永島産のものである。
そのブランド力を活かし、米を使った派生商品が店に並ぶ。
最も多いのはおにぎり屋で、旅人や行商人は勿論、携帯食料、また普通に食事としていつでも気楽に食べられる事が人気となっている。
さらに海岸があることも大きく、色んな海の魚が手に入る。
葵たちは早速店が並ぶ商店街を見て回る。
「良い匂いがする町じゃ。これは城料理に勝るとも劣らぬ味じゃろうなあ」
「何か食べてみるか、葵」
「そうじゃなあ‥‥」
と、葵が悩んでいると良子と藤子が何でもいいから早く食べたそうに目をキラキラさせている。
その時!遠くで女性の悲鳴が聞こえてきた!
「何事だ!」次郎が素早く向かう!
「わらわたちもゆくぞえ!」と良子と藤子をともに追いかける!
次郎が駆けつけてみると、そこには女性が一人恐怖に怯えて立ちすくんでいた。
「どうした!何があったんだ!」
次郎が聞くと女性は指である場所を差した。
見ると、男が血を流して倒れている!
「はあはあ‥‥兄上、何事じゃ‥‥」
葵たちもようやく追いついた。
次郎が男を抱える。生きてはいるが、虫の息だ!
「おい、しっかりするんだ!」
「‥‥え‥り‥」
男はそう言うと死んでしまった。
「兄上‥‥」
「死んだよ‥‥身体を袈裟斬りに‥‥」
「男は何か言うておられたか」
「たしか、‥えり‥と」
「ふむ‥‥家族の名前かのお‥それとも単純に襟元に何かあるのじゃろうか」
次郎はそれを聞き、男の襟元を調べる。別におかしな事はない。普通の襟元だ、と思っていたがよくよく見ると縫いつけられた跡がある!
次郎が針を使い、ほどいてみる。
中から、折り込まれた一枚の紙が出てきた!
「これは‥‥」
「連盟書じゃな」
「名前しか書かれてないが、何の連盟書なんだ」
「それはわからぬ。じゃが、こういうもので良かった試しはない。見た名前もある事じゃしのお‥‥」
ほどなくして岡っ引きがやってきた。
「人が斬られたってえのはここかい!ちょいとすまねえがどいてくんねえか」
言われて次郎は男を岡っ引きにあずける。
「袈裟斬り一発かあ。こいつあ相当な手練れだな‥‥と、このほつれは‥‥」
「その襟元にこの紙が隠されていた」
と、次郎が岡っ引きに紙を渡した。岡っ引きは思い当たったような顔をした。
「しかし、何故隠しものがあるとわかったんで」
「死ぬ間際に、えり、と言っていて、調べると新しい縫い目があったんだ」
「なるほど‥‥こちらのお姫さんは何でここに」
「こちらはナデシコ国の葵姫だ」
「葵‥‥姫様!これは失礼しやした!」
「良い良い。それより、連盟書の者じゃが、清水川の名があったのお。何の連盟じゃと思う」
「確証はありませんが、恐らく米ではないかと」
「何故米なのじゃ」
「ご存知のようにこの辺りは米の有名所でございますが、農家から米を安く買い占め、卸売り業者に高く売っているらしく、結果的に消費者がかなり高値で買っていることになっているんです」
「店の値段は適正ではないのか」
「はい‥‥適正は半額ほどのはずなのです」
「では、署名した者は買い占めた者たちか」
「ですが、名前だけですので証拠になりません。シラを切られればそれまででして‥‥」
「そうか。では卸売り業者を調べてどこから買っているのか調べれば、それが買い占め業者じゃろ」
「それが‥‥何故かわからないのです」
「なんじゃと!では、農家に聞くのじゃ!」
「農家も実は分からないようでして‥‥」
「何故こんなことをまかり通らせておるのじゃ!」
「も、申し訳ありません!」
本来の価格の倍の値段で米を流通させていることが判明した永島という土地。
葵は青空を追いやろうとする暗雲を見つめながら真相究明に密かに燃えているのであった。
 




