新調して
暫くして、良子と藤子が与平を連れて戻ってきた。
「与平。この者の指を診てもらいたいのじゃ」
「はい。では早速」
男は予想外の展開に戸惑いながら骨折した指を診てもらう。
「どうじゃ。治りそうか」葵が聞いた。
「はい。もう少し遅ければ後遺症がありましたが、これならば大丈夫でしょう」
「そうか!良かったのお。それで完治するにはどれ程かかりそうじゃ」
「十日程は掛かります。痛み止めと治癒の薬を患部に塗りまして固定します。治るまで申し訳ありませんが、水に濡らさぬように。包帯も取らぬようにしてください」
男は言われて驚きながら「な、治るのか‥‥」と言うと葵は、男に問いかける。「治っても問題がある。指が元に戻ったら工芸家を続けるのかえ。それでは事情を聞いた限り豊かにはなるまい。そのあたりどうなのじゃ」
男は黙り込む。確かに葵の言う通り工芸家のままでは家計は厳しい。
「すぐに決めずとも良い。そなた借りたお金もあるのか」
「はい‥‥」
「いくらじゃ」
「五両でございます‥‥」
「ならばこれをやろう。小判五十枚じゃ」
「いや、これは!‥‥」
「そなたは治療中じゃ。完治してもすぐには収入はあるまい。これは職が決まるまでの軍資金じゃ」
「これはさすがに過分な量では‥‥」
「食べるだけならのお。これを機に障子や着物なども新しくすると良い。気分も変わり、心にも余裕が出るじゃろう」
「こんな‥‥人攫いをするような‥‥自分に‥‥姫様。二度と悪事は致しません!助けて頂きましてありがとうございます‥‥」
男は両手をついて何度も何度も頭を下げていた。
男は治療中の十日間のうちに障子や着物、家具も新しくしていった。
男は新調した家の中を見ながら気分が変わっているのを感じていた。以前は、ろくに掃除もせず工芸家としての時間を大部分に費やしていた。
姫様から頂いた小判はまだあるが、職を見つけないとあっという間になくなってしまう。
それにしても、お金に余裕があると悪事をしようという気が起こらない。以前は借金もあり、なかなか返せず、毎日不安の中生きてきた。その不安を消したいがために一攫千金を考えるようになり、骨折したのを機に悪事しか解決出来ない頭になってしまった。
男は心機一転、名前も変えることにした。指も完治して、名を「新調完治」となり、小説を書くことにした。
葵たちを主人公に、全国の困っている人を助けながら世直しをしていく旅物語をアイデアに、地本問屋に売り込んだところ、連載小説として出版することになった。
これが世相にも合って、特に貧困層の英雄譚として、後に爆発的ヒットとなる。
そして、この街の祭りも最後の日となった。
夕暮れ。
人が多く集まってくる。屋台も売れ残りが無いように大声で客寄せしている。
葵たちもあれから連日祭りを楽しんでおり、金魚すくいの腕や射的の腕も上がっていった。
ほどなくして、辺りが暗くなっていく。
最終日だけのイベントが間もなく始まる。
遠くに、ひゅるる~と音が聞こえてきた!
上空高くで、ぱあんと花火が鮮やかに円を描く!
葵たちもはしゃいで楽しんでいる。
「花火は初めて見るが、なんと色鮮やかな花なのじゃ!」
次郎も山田の時は意外とじっくり見たことはなかった。
「いいものだな‥‥花火‥‥」
一時間半ほどの時間を花火で空を賑やかす。
終わりに近づけば涼やかな風も吹いてくる。
花火も終わり、人々も家路を辿り始める。屋台も仕舞い始めていき、葵たちも屋敷に帰ることにした。