新しい伝統
翌日。豊作祈願を行うことになった。
布を手にした男が布を村長に返すことから始まった。男はそのまま集団の中に入ってしまった。
村長は、葵に布を渡して言った。
「姫様。先日は男衆を助けていただきましてありがとうございます。つきましては、姫様に豊作祈願を行っていただきたいのです」
「なんじゃと。わらわはたまたまきた部外者じゃぞ。それはいかんじゃろ」
「いえ。これは村人皆の総意でございます。今までも暑かった日に行っておりましたが、ここまで皆に異変が起こる事はございませんでした。いえ、あったかも知れませんが気づいていませんでした。行事だから熱気で盛り上がっているのだと、懸命に争ったから倒れるくらい疲れたのだと、そう思っていただけだったのです。しかし、それは命の危機を放置していたようなもの!姫様が初めて気づいて下さったのです!」
村長の説明に村人たちも言い始める。
「私も朦朧として意識を失い倒れました。水や塩を与えられなければ死んでいたかもしれませんでした」
「おらも今年は特に足がもつれたり、脇腹がつりだして激痛で大変でしたあ。いつも以上に水や塩が不足してると与平様に教えられました」
など、色々話してきた。葵は、ではどうしたら良いと聞いてみた。
村長は何でも構わないのでお話しして欲しいと言いだした。
「何でも良いが一番困るのお‥‥おほん。今年は格別に暑くじめじめしていたそうじゃ。与平が言っておったが暑さもそうじゃが、このじめじめがひどい時は此度のような症状になりやすいそうじゃ。そうならないためには、少しずつ水分を取り、塩分も適度に取ると防げるらしい」
葵はそこまで話して一呼吸する。
「大木につけた布を取る行事じゃが、暑い時にするから倒れる者も出てくる。じゃからと言うて行事をやめることもない。豊作祈願は別な方法を考えて、布を取る行事は正月辺りの寒い時期にやるのはどうかのお」
こう言われた村人たちは目から鱗のようにどよめいた。
村長はなるほど、と話し出す。
「私どもは姫様に言われるまで、盲目的に行事を続けておりました。暑さによる症状への予防だけでなく、寒い時にやれば良いという素晴らしい提案!有難いお言葉、感謝いたします」
「そう言えば、踊りをするのじゃろう。あれはいつやるのじゃ」
「行事の最後に行っております。一緒に食事やお酒などを楽しみながら終わります」
「楽しくて踊っておったのか」
「はい。布を取った者が豊作祈願を行い、食事の準備をして踊りを見ながらお酒を呑んでおりました」
「ならば、豊作祈願に踊れば良いのじゃないかえ。踊りに祈願の意味を持たせれば、皆で祈願することにもなるじゃろう」
葵がそう言うと、おお!と村人たちがざわついた。
「名案でございます!私どもは代々、行事を間違ったやり方で行っていたのですね。姫様は行事の伝統を残しながら時期や意味を持たせる事で改善していただきました!この後、豊作祈願の踊りを皆で行いたいと思います!」
夕方になり、村総出で酒と食事を並べて、田畑に向かって皆で踊る。
振り付け自体は単純で見よう見まねで習得出来る。葵たちも村人に紛れて踊りに参加する。
村長は振り返る。
今まで何かおかしいと思わず、当たり前のように行事を毎年行ってきた。だが、偶然村を訪れた姫様によって本当の行事に改善された。
村人たちも本当に楽しそうに踊り、食事をしている。
姫様には一点の曇りもない目で、村の歴史にメスを入れて下さった。
新しい村の伝統が始まる!
村長は秘かにそう振り返りながら村人に交じり、踊りに参加するのであった。