熱中症
その日は朝から暑い日だった。
「兄上~暑いのお」
温度計はないが、次郎は体感で27.8度はあると感じていた。しかも湿度も高めになっていそうだ。
屋敷で空を飛びながら少しでも涼もうと外から風を取り入れていたが、涼しい風の中に暖かい風が混ざったように感じる。
と、下から笛の音や太鼓を叩く音が聞こえてくる。
「兄上、何じゃろうなあ。じい、降ろしておくれ」
「ははっ!」
音が聞こえる集落の近くに屋敷を降ろす。
集落からも何事だろうと村人が寄ってくる。
屋敷から降りた葵は浴衣姿になっている。
「も、もしや、姫様では!」
村人がざわざわする。
「いきなり済まぬなあ。わらわは葵じゃ。何やら笛や太鼓が聞こえてきたのでな。これから何かやるのかの」
「ええ。実は村の行事をやるのです。村の向こう側に穀物を育てておりまして、豊作を願うのです」
と村長が教えてくれた。
「そうか。では、踊りなどやるのかの」
「はい。踊りもあります」
「も、というと」
「あちらに裸の一本木がございます。一番上の枝に布を巻いております。あれを男衆で取り合い、見事勝ち取った者が神に代わり豊作の祈願をすることになっております」
「ほお。それを毎年やっておるというのか」
「左様でございます。姫様もご覧になって下さいませ」
昼を周り、炎天下の中、男衆が集まる。
葵たちは冷たい飲み物をいただきながら行方を見守っている。
男衆は既にこの暑さで汗だくになっている者でいっぱいで、さらにスタート地点に密集しているため、熱気が凄い!
怒号を始める!スタートが近い!
村長が合図をする。
「はじめえ!」
五十人以上の男たちが一斉に走り出す!
一本の大木目指して体をぶつけ合う!
トップ集団が大木を登り始める!
下から追いついた者が上の者を引き摺り落とす!
日差しが容赦なく照らし、熱気が遠くから伝わる!
大木の下はまだ諦めていない者たちが揉みくちゃになりながら争っている!
一番上の枝に近い者が手を伸ばす!
布に手が届く!身体も限界に近い!
遂に布がほどかれ、男が手にした!
手にした男の様子がおかしい!
布を手にしたまま、白目を剥いて落下した!
他にも体調をおかしくした者が出ている!
葵が立ち上がる!熱中症だ!
「村長!一大事じゃ!暑さで倒れた者がいる!」
風もない!村長も、そう言われても初めてのケースにどうしていいかわからない!
「日陰じゃ!辛いじゃろうがあの日陰までゆくのじゃ!」
葵が男たちに呼び掛けて近くの林へ誘導する!
「藤子!魔法で男たちに水をかけよ!」
次郎も男たちを次々に日陰に連れていき、葵に声掛ける!
「これは熱中症だ!水もそうだが、塩が必要だ!」
「塩じゃな!良子!村人のおなごに呼び掛け、男たちに塩を舐めさせよ!」
男たちは、めまいを起こしている者や立ち眩みを起こしている者でいっぱいだったが、日陰に移動し、水をかけられた者、そして塩を与えられた者に回復の兆しが見られた!
与平は一人一人体調を診ながら後はこうした方が良い、とおなご衆に伝えて回った。
ようやく、太陽を隠す大きな雲が現れ、涼やかな風も吹いてきた。
熱中症は早めの処置もあり、一段落する。重症者もなく、皆自力で家に戻る事が出来た。
本来、この後に穀物の豊作を祈願する行事と踊りがあったが、翌日に行われることになった。