葵とカミナリ
「兄上!こちらに見てもらいたい花があるのじゃ」
葵が次郎の手を強引に引っ張っていく。
「これじゃ!」
「これは!‥‥葵の花‥‥」
「そうじゃ!立葵というてのお、代表的な葵の花じゃ。本当のわらわを表す花じゃ」
「確かに‥‥葵の花言葉はたくさんあったのを覚えている。高貴、神聖、温和、優しさ、率直‥‥まだまだあったはずだ」
「おお!姫のわらわにぴったりではないかえ」
「そう言えば、オレのいた世界の殿様は葵の花を紋章にしていたな」
「わらわの家系もそうじゃぞ。これが印じゃ」
と、葵は次郎に王の印を見せる。
「これだ!全く同じ紋章だ!」
徳川家の葵の紋章が、この世界でも使われていた!
「これは驚いたな‥‥」
次郎は、日本と同じ形の国に来て、同じ花を見て、同じ紋章を見ている。違うことも色々あるが、環境がほとんど同じの姉妹国にいる気持ちになるのだった。
屋敷が飛び立つ。
六月も終わりに近づき、梅雨が去っていく。
遠くの空が時折光っているのが見える。
雲じいは、万が一のため地上に屋敷を戻した。
「じい。どうしたというのじゃ」
葵が聞いた。
「雷でございます。間もなくこちらに近づきそうなので避難した次第でして」と、雲じいが答える。
「なんじゃと!」
葵は雷が苦手らしい。嫌じゃ嫌じゃと屋敷を走り回っている。
「葵。屋敷の中にいれば大丈夫だ。それでも怖いなら布団に潜り込むといい」次郎が提案する。
「おお!名案じゃ!兄上、そのようにいたすぞえ!」
葵は寝室に良子と藤子を引き連れて布団に潜った。
「藤子、何か物語など話しておくれ!楽しい話しじゃ!」
障子を通して光が強くなる!
「ち、近づいてないか!もう、この辺りに‥‥」
雷鳴が轟く!
屋敷を揺るがすような轟音に葵が過剰に反応する。
「ぎぃやあああ!死ぬ~!神様助けてたもれ~!」
「雷様も神様のようですよ」
「そのような話しはいらぬわ!大体のお、光も音もいちいち大きいのじゃ!驚くなという方が無理なのじゃ!」
再び障子が光を放つ!
間もなく轟音が鳴り響く!
「ぎぃやあああ!父上~母上~!苦手なニンジン食べるから~!」
「では、野菜スティックにニンジン入れますね~」
「ニンジン入れる前に雷をなんとかいたせ!」
暫く雷の雷鳴に悩まされたが、遠くに鳴るのを聞いて葵もようやく安心した。
布団から出た葵は次郎のいる部屋に戻る。
「兄上~抱っこしてたもれ~」
「いや、もう大丈夫だろ」
「まだ頭の中で鳴り響いておるのじゃ」
七歳ともなると20kgを超えてくる。だが、次郎は葵をひょいと持ち上げる。
「これでいいか」
「もっとこうギュッとするのじゃ」
「こうか」
「まあ、いいじゃろう」
雷を恐がる。それはそうか、と次郎は思った。難題を指揮して解決に導く葵が異常なのだ。
次郎は、葵を抱えながら初めて七歳児の葵に出会った気になるのであった。