嵩崑人参
屋敷に着くと良子が布団を用意し、藤子が水を運び、次郎が母親を布団に寝かせた。
与平が熱冷ましの布を水につけて絞りながら、「藤子さん。何か精のつく料理をお願いします。噛むのもまだお辛いので離乳食のように食べやすいものを頼みます」と言った。
「かしこまりました」
ほどなくして、藤子が料理を運んできた。与平は母親に冷ましながら少しずつ与えていく。
食べきれなかったが、与平はそれで良しとして休ませる。
「のお。与平。時間が掛かるとの事じゃが、結構掛かるのか」
葵が聞いた。
「はい。まずは食事で体力を戻していきます。さらに、元々弱い身体を強くする料理に変えていきます。そうしながら、温かいお風呂に入っていただき、歩けるようになれば、日光に慣れるよう散歩をします。お身体の具合を診ながら変えていこうと思います」
「ふむ。先ほど食べきれなかったようじゃが、胃も小さくなっておるのかの」
「左様です。少しずつ食べる量は増えるでしょうから、心配ございません。出来れば‥‥嵩崑人参が欲しいのですが‥‥」
「なんじゃそれは」
「薬草でございまして、滋養強壮に効果があります」
「おお!どこにありそうじゃ」
「この辺りより高い、山の中腹の地中に埋まっております。目印はこういう小さな赤い花の束とともに楕円の葉がついております」
「山!屋敷の南側に山があったのお!与平、あの辺りならありそうか」
「恐らく。但し、容易には見つかりませぬ。なければ無理をせず諦めて下さい。治るのが長くなるだけですので」
「分かった。兄上、という事じゃ。人参を見つけてもらいたい!」
「任せよ!行ってくる!」
次郎は屋敷から出ると南側にある山へ走り出した。
晴れているうちに見つかれば良いが‥‥
梅雨の時期だ。いつ雨に変わるか分からない‥‥
山田の頃、タケノコ狩りをしたことがあったが、あれさえ見つけられなかった‥‥
まあ、小学生の頃でコツも分からなかったからだが‥‥
山の中腹まで来た。
まずは目印となる小さな赤い花の束だ。
「赤い花だ、しかし束ではないな‥‥」
念のため掘り起こす。だがやはり人参ではなかった。
次郎が必死に探す!
無い!赤い花の束!どこにある!
雨粒だ!
まずいな‥‥足元が滑りやすくなる‥‥
しかも水溜まりが出来てその中にあるようなら見つけることはまず無理だ‥‥
「体重軽減!重力軽減!」
次郎はスキルを使い、木の枝に登る。
少しでも地面を見る視野を拡げるためだ。
ここにはなさそうだな‥‥
枝から枝に飛び移りながら探していく。
本当にみつからないな‥‥
結構な時間探したが‥‥
ここは与平さんの言う通り‥‥
いや‥‥
あの男の子、父親は死んでしまったと言っていたな‥‥
ならば母親をいち早く元気にさせなければ‥‥
あの子が可哀想だ‥‥
頼む‥‥
見つかってくれ‥‥
どこに‥‥!しまっ‥!
次郎が足を滑らせた!
木から転落した次郎は、不運なことに崖からも転落してしまう!
地面に叩きつけられた次郎は気を失ってしまった!
そこへ!
次郎の身体を縄が巻きついた!
一度落下が止まったが、崖下はそれほど高くはない。そろそろと次郎の身体が降ろされる。
誰かが次郎の頬を叩く。
次郎が意識を取り戻す!
目の前に微かに人影が見える。
地面に落ちた時に激しく打った肩に激痛が走る!
気がつくと手には何かの根っこがある!
人参だ!
誰かがオレのために‥‥
微かに見たはずの人影は、そこにはもうなかった。
次郎が屋敷に向かって走り出す!
雨はまだ降り続いている。
右手に人参を持ち、肩を押さえながら戻る。
「遅くなって済まない‥‥人参を見つけてきた‥‥」
「おお、兄上!ずぶ濡れではないかえ!兄上!肩をどうされたのじゃ!」
「足を滑らせた‥‥その時に打ってしまってな‥‥」
「まあまあ!与平!兄上に手当てを!」
「はい。次郎様こちらへ」
与平は次郎に手当てをしながら藤子を呼び、嵩崑人参を渡した。
「藤子さん。これを擂り潰したものを少量、この器に水を入れて半刻ほど煎じて下さい。それと別に、人参をこれくらいに切り、この焼酎に漬けておいて下さい」
「かしこまりました」
夕飯。
与平以外がいつものように席について食事をする。与平だけは、食事が不規則なので藤子におにぎりを作ってもらい、時間がある時に食べている。
男の子の名は八郎という。
八郎は食事を前にして泣くばかりであった。
葵が話し掛ける。
「母上を気にして喉が通らぬか」
「ううん‥‥先生にも診てもらえておっ母はきっと大丈夫だ‥‥」
「ならば遠慮なく食べるが良い」
「でも‥‥うちにはお金がねえ‥‥良くしてもらったのに‥‥その上食べ物まで‥‥」
「その事なら良い。わらわはこの国の姫じゃ。民が喜んでくれたらそれで良いのじゃ」
「うっ‥‥くうっ‥‥」
「そなたの気持ちは分かるつもりじゃ。母上を助けてもらいながら、何も返す事が出来ず悔しいのじゃな。良いか。そのような事はないのじゃ。上に立つ者にとって民が元気で平和に暮らしておる事は何より嬉しい事じゃ。じゃから何も返さなくても、そなたたちがまた元気で暮らしてくれたら、わらわは満足なのじゃ」
次郎も良子も藤子も葵の言葉に頷く。
「八郎、分かったかのお。ならば食べて元気になってわらわを喜ばしておくれ」
「はい!‥‥いただきます‥‥」
八郎は泣きながら食べ始めた。母を助けてもらった。お金の心配もないと分かった。葵の優しさが伝わる。八郎は感謝で一杯になっていた。