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梅雨

 時は六月に入る。

 雨も降り続き梅雨となっていた。

 次郎の提案で、てるてる坊主を作り、晴れを待つことにした。

 元々は中国から伝わった掃晴娘(サオチンニャン)という、ほうきを持った女の子の紙人形のことで雨雲をほうきで払って晴れにしてくれると信じられていた。

 そこには晴娘(チンニャン)という可愛い女の子の伝説が関わっており、ある年の六月に北京に物凄い大雨が降り続けていた。雨の主は東海竜王で、いつまでも降らせて人々を苦しめていた。

 晴娘は天に向かって、雨が止むようにお願いしていると、空からお告げが聞こえてきて、「東海竜王の妃にならないと、北京を水没させる」との事だった。

 晴娘は東海竜王の妃になるので雨を止めるようお願いする。

 すると、晴娘の姿が消えて、雨が止んだ。

 それ以来、雨を止ませるために犠牲となった晴娘を偲んで掃晴娘の紙人形を吊るすようになったという。


 「手軽に作れて案外可愛らしく出来たのお」

 「そうだな。こんな風に吊るして雨が止むのを待つんだ」

 屋敷の皆で一つずつ作り、並べて吊るして雨が止むのを眺める。

 「雨は見ていて飽きぬものじゃなあ」

 梅雨の時期の雨は旧暦の五月の長雨に当たるので五月雨と呼ばれる。

 こんな感じで雨には様々な名称が日本にはたくさんあり、雨との付き合いが多い分、四百以上あると言われる。

 長雨があるアジアでは傘は当たり前のように使用するが、欧米では傘はむしろ不便らしくあまり使用されないという。

 欧米では雨はほどなく止んでしまうため、雨宿りで済んでしまう。傘を持ち歩くのも好まない風習もある。

 また、普段はすっぴんが多く服装も濡れても平気なカジュアル。傘は使わないが、むしろ雨は好きである。

 日本人は傘に当たる雨も好きである。屋根に当たる雨の音も風情を感じる。

 地面に水溜まりが出来て、そこに落ちる雨の音は周りと変わり、また面白い。

 

 翌朝、ようやく雨が止み晴れ間が出てきた。

 「やっと晴れたのお。てるてる坊主のお陰じゃ」

 「出かけるのかい」

 「兄上、散歩に行くぞえ」

 「分かったよ」

 葵、次郎、良子、藤子が散歩を始める。

 「姫様。地面は濡れております。転ばぬようお気をつけ下さいませ」

 良子と藤子はハラハラしている。

 「あ、水溜まりが!」

 「滑りますよ!」

 葵は溜め息をつく。

 「心配せずともよいわ。もし、転んでしもうても着替えれば済む事でないか」

 「かしこまりました」

 

 歩いていると雲が払われ見事に晴れ渡る。

 「葵。いい天気になってきたなあ。五月晴れだ」

 「兄上。今は六月じゃ。何故五月晴れなのじゃ」

 五月が「さつき」と読むのは同じだが、この世界では五月晴れという言葉はないらしい。

 「ああ、オレのいた世界では現在の暦と古い暦とではおよそ一ヶ月ずれていたんだ。例えば今が六月なら古い暦では五月になる。しかも、五月晴れという天気の名前は古くから付けられたものだから、それをそのまま使ったりするんだよ」

 「ふうん。おかしな風習じゃなあ」

 「ははは。そうだな。さらに今頃の雨の多い時期のことを梅雨と言って、今日の天気みたいに梅雨の時期の晴れた天気を五月晴れというんだ」

 

 「ほおほお。兄上のいた世界では天気に名をつけるほど、変化が多いのかのお」

 「変化が多いのは、この世界も同じだろうな。名前をつければ、その言葉一つで季節や、どのような天気なのか、また温度を表せる。そうだな。薫風という言葉は、初夏の風のことだ」

 「薫風‥‥初夏の風‥‥おお、木々の若葉の香りも吹いてくるような爽やかな風‥‥天気も良さそうじゃ」

 葵は目を閉じて薫風を感じている。

 「兄上。天気の名前は他にもあるのかのお」

 「ああ、たくさんあるけど、オレも全部は知らないけどな」

 

 葵は、それを聞いてさらに教えてもらおうと思ったが、微かに子供が泣いている声が聞こえてきた。

 「兄上。聞こえましたか。わらべが泣いておるようじゃ」

 「本当だ。こっちだ」

 葵たちは声のする方向へ走り出す。

 木々の向こうに集落が見えてきた。泣き声が大きくなる。

 「もし、どうした。困りごとなら聞くぞえ」

 葵が家の外から声を掛ける。すると、中から葵より年下くらいの男の子が出てきた。

 「どなた‥‥」

 「わらわはこの国の姫、葵じゃ。おお、目を腫らして憐れじゃの。一体何があったのじゃ」

 「姫様‥‥姫様!オレのおっ母が‥‥来て!」

 と、家の中に入るよう促してきた。

 奥では男の子の母親が呼吸も辛そうに横になっている!

 「これは!兄上!急ぎ、与平を呼んで下され!」

 「わかった!」

 「良子は母親の身体を拭いておあげ!藤子!水を用意するのじゃ!」

 「はい!」

 「おお、熱があるのお。わらべよ、間もなく医者が来る。安心いたせ」

 「うん‥‥」

 「そなた、父上は如何した」

 「おっ父は‥‥死んじゃって、いない‥‥」

 「そうか‥‥辛いじゃろうが泣いても母上は良くならぬ。それならば、母上を応援するのじゃ」

 「うん‥‥」


 「与平さんを連れて来たぞ!」

 次郎と与平が駆けつけ、与平が早速母親の状態を診る。

 「どうじゃ、与平。治せるか」

 葵が聞く。与平は何度か頷きながら皆に振り向いて話し出す。

 「命に関わる病ではございませぬが、少々時間が掛かります。恐らく、日々の生活で疲労がピークとなった時に、最近までの長雨による気象の変化についてゆけず、身体が混乱しているのです。さらには元々お身体が弱いようで、内部から強くさせる食べ物が必要になります」

 「そうか‥‥まずはどうするのじゃ」

 「親子一緒に屋敷へ連れていきましょう」

 「わかった。わらべよ、わらわたちと共にくるのじゃ。母上を治しにゆくぞ」

 「はい!」

 次郎が母を担ぎ、葵は男の子の手を繋いで、一行は屋敷へ向かった。







 

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