無限の可能性
「おお!色とりどりの綺麗な土地が見えるぞ!あれか!あれが彭丈園なのか!」
葵が興奮して雲じいに尋ねる。
「左様でございます。さあ、着陸しますぞお!」
屋敷から出てみると花のいい薫りが周りを包む。
まず目に飛び込んできたのはアヤメの紫と葉の緑だ。
「兄上、アヤメじゃ!綺麗じゃのお。形がまた愛おしい感じじゃ」
次郎は男なので花は無頓着のようだ。ただ、葵が花に反応するのを見るのは楽しい。
さらに歩くと淡い紫が綺麗に並んで迎えてくれる。
「おお!フジじゃ!これはたおやかに垂れておる。まるで振り袖を着た女性じゃのお」
藤子が「フジは天ぷらにしても美味でございます」と加えた。
「ほおほお。今度食べてみたいのお」
フジの簾を抜けると色ごとに分かれてそれぞれ存在感のあるバラの前にきた。
「赤いバラは、なんというか花の中の花じゃな!」
「はい。桜もそうですが、一輪の花の存在感が格別でございます」良子が言う。
「でも、わらわは桃色が良いのお。赤はこう色気が強いベテラン女優のようじゃ。桃色は上品な姫感というか、わらわのようではないかえ」
次郎がそれを聞いて思わず吹いてしまった。
「兄上。何で笑うのじゃ」
「これはすまぬ。オレもバラなら花言葉を多少わかるんだが、葵なら青もいいと思ってな」
「それはどんな言葉なのじゃ」
「不可能だ。だけど、これには歴史があって、青いバラは昔は作ることが出来なかったんだ。品種改良を何度も繰り返し研究して青いバラが生まれた。つまり、不可能を可能にしたんだ」
「不可能を可能!‥‥」
葵、さらには良子と藤子もそれを聞いてハッとした。
「じゃが、ここには青いバラはないようじゃな‥‥」
「えっ!」しまった!と次郎は思った。山田のいる世界には存在していたが、このナデシコにはまだ存在していないのか、と。
「次郎様。青いバラというものはありません。しかしながら花言葉をご存じなのはどういう‥‥」藤子が問う。
次郎は腹を括る。
「隠していたわけではないのだが、実はここによく似た世界にいた異世界からこちらに来たものなんだ‥‥」
「おお!兄上は転生者じゃったのか!」
次郎は拍子が抜ける。
「転生者は稀にてすが、これまでに現れております」良子が言う。
「そうだったのか‥‥で、前の世界でオレは一度死んだ。でも、気がつくとこちらの世界の次郎になっていたんだよ」
「ほおほお。‥‥わらわも死んだら違う世界で生まれ変わるのかのお‥‥」
「そうだとしても、葵がいなくなるんならオレは寂しいなあ」
「次郎様の言う通りです!姫様には長く生きて欲しいです!」良子が言うと、次郎はまた違和感を覚えた。
「それは大丈夫でしょう。葵はまだ七つだし、オレたちより長く生きるでしょう」と、ニコと笑った。
良子はハッとして、「そうでした‥‥私は姫様と年が近いのでより寂しく感じたのでございます。話を戻しますが、次郎様のいた前の世界には青いバラが存在したのですね」と聞いた。
「はい。時代もこちらより未来になります。ただ、同じではありませんので、違う未来になるでしょう」
「それは何故なのじゃ」
葵が聞いた。
「オレがいた世界には魔力がない。空飛ぶ屋敷のように魔力を使って飛ぶ技術なんてないんだよ」
「それにしても青いバラは不可能を可能にする、とは良いのお」
「さらに凄いバラがある。虹色のバラ、レインボーローズだ」
「なんと、虹色じゃと!」
「花言葉は奇跡、または無限の可能性だ」
「おお!これはまた‥‥希望に溢れた言葉じゃ‥‥」
「旅に出てからの葵は俺には青いバラであり、虹色のバラに見えるんだ」
「兄上‥‥そうか‥‥そう言うてくださるなら‥‥わらわも励まなければのお‥‥」
これを聞いて良子と藤子は涙を堪えきれず泣いてしまった。
「えっ!二人ともどうされたんだ」次郎は戸惑う。
「良子も藤子も感受性が強いのじゃ。青いバラも虹色のバラも簡単には出来ぬのじゃろう。人々に喜んでもらおうと、きっとたゆまぬ努力を続けたに違いない。その研究者の気持ちを汲み取ったのじゃろう」
「ふむ‥‥そ、そろそろお腹空かないか」
「そうですね。すぐ用意いたします」と藤子は涙を拭い屋敷に戻っていった。
「わらわたちも戻ろうぞ。花も十分堪能したからのお」
と、葵も屋敷に行ってしまった。
次郎も屋敷に足を向けながら、思わぬ展開で転生のことを話すことが出来て胸の支えが取れたようであった。