希望の手は、貴方と二人で
「ハロルド様!?」
「おかしいと思ったんだ。王女であるはずの貴女が、供も連れずにたった一人で国境まで来るなんて」
「仕方ありません。私には、王家として必要とされる力が、不足してたのですから」
「それは、貴女のせいではないだろう? 自分の努力ではどうにもならないものを理由に、よってたかって虐げるなんて、理不尽が過ぎる」
確かに出自も、持って生まれた魔法の力量も、フローラがどんなに頑張った所で、変えられるものではなかった。
フローラ自身が諦めて受け入れてしまっていた理不尽な行いを、ハロルドが本気で怒ってくれているのがなんだか嬉しくて、心がぽかぽかする。
そしてふと先程、ハロルドへ国の者達が行ってきた無礼な行為に対して、謝罪と共に憤ったフローラに対して、ハロルドが「ありがとう」と嬉しそうに笑った意味が理解できた。
自分よりも自分の事を、案じてくれる人が居る。理不尽な仕打ちに対して、自分以上に怒ってくれる人が居る。
それはとても、気持ちを温かくしてくれるものなのだ。
「ありがとうございます」
「その件は、また改めて対応するとして……今は、誤解を解く方が先かな」
「誤解、ですか?」
「そう。俺は貴女を、国の為の人質として求めるだなんて、これっぽっちも考えていなかったという事を、わかってもらわねば」
優しい言葉、表情、態度。
ハロルドは出会った時から、惜しみなくフローラにそれらを与えてくれていた。
(……もしかしたら、本当に?)
フローラがイザイア国へ遣わされた理由は、人質ではないのかもしれないと、そう思い始めている自分がいる。
でも、今までこんな気持ちを抱いた事はなかったから、どこまで信用して良いものなのか、上手く判断できない。
言葉だけでは信じ切れないフローラの様子を、感じ取ったのだろうか。
証明してやるとでも言う様に、ハロルドはフローラの腰に手を回し、ぐいっと引き寄せて歩き出した。
強引な行為とは裏腹に、無理に引っ張られる様な不快感はなくて、フローラへの配慮が感じられる。
抵抗出来ないのではなく、する必要がない様に感じて、フローラは導かれるままに身体を動かした。
「……っ、どちらへ?」
「いいから、付いて来て」
楽しくダンスを終えたはずの二人が、突然真剣に話し合いを始めたものだから、いつの間にか心配そうに、皆が周りに集まって来てくれていた。
戸惑いながらも、ハロルドに連れられて歩くフローラを、人々は温かく見守ってくれている。
そこに、フローラを蔑む目は一つも無い。
ただ二人が仲良く並び立つ姿を、祝ってくれているかの様だ。
思い返せば、城下町の人々も、王城で出迎えてくれた騎士達も、待ち構えていた家臣や使用人達も、そして今この場に参加している皆も。
誰もフローラの事を、出来損ないの役立たずが人質としてやって来たのだという目で、見てはいなかった。
嘘でも、歓迎してくれている演出をしてくれて嬉しいと思っていたけれど、フローラが勝手に皆の優しさを、「嘘」だと思い込んでいたのだとしたら。
いくら他人を信用出来なくなっていたと言い訳をしても、それはとんでもなく失礼な事だったかもしれない。
連れ出された先は、ホールの外にあるバルコニー。
目の前には、豪華ではないけれど、落ち着きのある庭園が広がっている。
きっと王城の中の、憩いの場であるに違いない。
フローラ好みの優しい雰囲気の庭園に、心をほっとさせながら覗き込む。
するとその地面を彩っているのが、ただの芝生ではない事に気がついた。
植物達が、まるでフローラに気付いて歓迎するかの様に、風に乗ってふわりと白い花を揺らす。
「この花、は……」
「気がついた? あの日、貴女に貰った切り花は、花に慣れていない俺の扱いでも、凄く元気なまま持ってくれてね。一輪は思い出としてすぐに栞に加工したのだが、その他はそのまま国に持ち帰ったんだ。しかも暫く部屋に飾っていたら、種を残してくれた」
「まぁ、そんな事が?」
不思議そうなハロルドの表情から、本当に花が長生きする扱い方を知っていた訳ではないと知れる。
それに、ハロルドに向けて投げ落としたあの時点で、あの花々は切り花にして部屋に飾ってから、既に少し時間が経っていた。
舞踏会を終えて一夜明けた後も、国の王同士が集う場だったのだから、謁見や会合は数日に渡って行われた事だろう。
国に持ち帰るまでの間だけならまだしも、その後暫く部屋に飾っておける程、切り取られた花の寿命は長くはない。
しかも種を残すとなると、根の張った花でなければほぼ不可能だ。
もしかしたら、あの時「元気で居てね」と、魔法をかけたフローラの気持ちに、花達が応えてくれたのだろうか。
「残念ながら我が国には、未だ不毛の地が多い。対策は色々と講じているのだが、上手く行っていないのが現状だ。それはこの王城とて、例外ではない」
「そうなのですか……」
国にとって、民を飢えさせない為に恵み豊かな土地の有無は、死活問題だ。
王城の立つ土地でさえも、豊潤ではないとすると、地方の状況は如何ばかりか。
ましてやイザイア国には、多くの魔物が生息していると聞く。
軍事力が高いのは、他国を攻めるのが目的ではなく、国を平定する為に不可避だからだとも言われている。
ハロルドやイザイア国の人々を実際に見る限り、野蛮で戦いを好む民族性というよりは、そちらの説の方が信憑性が高いように思えた。
そうなると、安全に植物を育てられる環境作りは、悲願であるというのにも頷ける。
「だが、貴女がくれた花は一度も枯れることなく、十年以上もの間、この庭を彩ってくれている。これは、貴女の力なのだろう?」
「私には、そんな大きな力はありません。私は、植物たちにほんの少しお願い出来るだけで、頑張ったのはここに咲くお花達と、何より大切に育てて下さった方々の、努力の賜物です」
フローラがプレゼントした花が、運良く元気に育った事で、ハロルドはフローラの力に幻想を抱いているのかもしれない。
だが、役立たずと罵られ馬鹿にされてきたのだ。フローラ自身が一番、自分の力のなさを痛感している。
どんなに努力を重ねても、フローラが生まれ持った力以上の成果を上げることは出来なかった。
フローラが、植物たちに与えてあげられる力は、そんなに多くない。
だから今、こうして花々が綺麗に咲き誇っているのは、植物たち本来の力であり、何よりも枯らすまいと大切にしてくれた人々の想いに他ならなかった。
謙遜するフローラに、ハロルドは愛おしい者を見る様に目を細めて、そっとフローラの両手を取る。
「貴女のこの手は、この国にとって希望なんだ」
「そんな……希望だなんて」
ハロルドは、幼い頃の一瞬の邂逅を、ずっと大切にしてくれていたのだ。
フローラに大それた事を成し遂げる程の、魔法の力はない。
けれど、ハロルドの為にフローラに出来る事なら、何でもしたいとも思い始めていた。
「貴女に向けられるどんな悪意からも、俺が必ず守る。だからどうか俺と一緒に、イザイアを救って欲しい。何よりも俺自身が、心から貴女に傍に居て欲しいと願っている」
名目だけの結婚なのだとか、人質として呼ばれたのだとか、そんな風に疑う余地は、もう何処にもなかった。
ハロルドはフローラを、ただ純粋に妻として呼び寄せてくれただけだったのだ。
約束通り、フローラをあの一人ぼっちの暗い部屋から、攫って連れ出してくれた。
しかも国の為ではなく、愛する人として傍に居て欲しいと願ってくれている。
これ以上、何を望むことがあるだろう。
「私でお役に立てるのなら、喜んで」
「ありがとう! 愛してる」
小さくこくりと頷くと、苦しい位に抱きしめられた。
感謝と共に伝えられた、直接的な愛の言葉に顔を赤くしていると、フローラの両頬を温かな手で包み込む。
真っ直ぐな瞳に目を奪われていると、ハロルドがふわりと微笑んだ。
「フローラと呼んでも?」
「はい。ハロルド様」
「俺の事も、どうかハロルド、と」
「ハロルド……っ、んっ」
フローラが名前を呼んだのと、ハロルドの唇がその言葉を奪ったのは、ほぼ同時だった。
庭に咲き誇っていた白い小さな花々が、風に乗って舞い踊り、まるで二人を祝福するように見えたという。
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イザイア国王は、その後精力的に国内を整え、魔物の脅威から人々を守り、民に愛され、他に類を見ない緑豊かな国を築き上げた。
国王の寵愛を一身に受けていた王妃は、植物に愛されており、王妃の助力が豊かな国土の形成に大きく関与していたとも言われている。
やがて力を付けたイザイア国は、長く権威を振るっていた隣国までも、その手に収めた。
どんなに強大な国となっても、他国への侵攻を良しとしていなかったイザイア国王の唯一の例外であり、それは愛する王妃の為だったと伝わっている。
END
最後までお付き合い下さり、ありがとうございました!
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