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二人を繋ぐ白い花

 遠くに聞こえるのは、楽しげな音楽と人々の喧騒。

 静かで薄暗い後宮とは真逆の、明るい世界を少しでも感じてみたくて、フローラは閉じ込められた部屋の窓から、ずっと王城の方角を見つめていた。


 どのくらいの間、届かない場所に焦がれていたかはわからない。

 窓枠に肘をもたれさせながら、眠ってしまいそうになっていたフローラの耳に、突然ガサリと植物の揺れる音が、やけに近くから届いた。


 驚いて身体をびくりと揺らしながら、音の鳴った方へと視線を向ける。

 すると一人の若者が、フローラのお気に入りの場所である裏庭に、ぽつんと立っているのが見えた。


「おにいさん、だぁれ?」


 普段なら絶対に、知らない人に声を掛けてみよう等とは思わない。

 これまでの短い経験からでさえ、碌な事にはならないと分かっているからだ。

 それなのに、闇夜に光る不安げな目が、どこかフローラの境遇と重なって見えて、思わず声を掛けてしまった。


 突然の事に、若者が警戒心を露わに周りを見渡している。

 フローラの部屋は、裏庭に面した三階の小さな角部屋だ。

 どこからともなく聞こえて来た、幼子の声の在処がわからなくて戸惑う若者は、なかなか頭上に気付かない。


 フローラは、母の死後も部屋に飾るのが習慣になっていた、小さな白い花の束を花瓶から取り出し、「元気でいてね」と願いを込める。

 フローラに唯一備わっている、植物に元気を分け与える魔法だ。

 役立たずだと罵られ、どんなに力を磨く努力してみても、応えてくれるのは植物たちだけだった。


 フローラの魔法を受けて、キラキラと輝きを増した白い花を、そっと窓から投げ落とす。

 まるでシャワーの様に降り注ぐ花々の存在に気付いて、ようやく若者が頭上を見上げる。


「君は……」

「ぷれぜんと。お花見ると、げんき出るよ?」

「花?」


 地面に落ちた一輪を拾い上げ、若者は興味深そうに花を眺めた。

 まるで花という存在自体に、あまり馴染みがない様子である。


 若者はサッとハンカチを取り出して、フローラからのプレゼントをとても大切そうに挟み込んだかと思うと、胸ポケットにしまう。

 若者はそのまま、他に落ちた花々も拾い上げ、興味深そうにほのかな香りを楽しんでいた。


 小さくて白い、フローラの大好きな花。

 けれど、皆からは雑草としか見られていないのを知っている。

 その花を、まるで宝物のように扱ってくれたその姿が嬉しくて、いつもならこれ以上は関わらない様に逃げる場面であったにも関わらず、フローラは恐る恐る言葉を続けてしまう。


「おにいさんは、どこから来たの?」

「情けない事に、それがわからないんだ」

「まいご?」

「……だね」


 暗闇の中に立っていたから最初はよく見えなかったけれど、目が慣れてくると見た事もない衣装に身を包んだその姿は、この国のものではない。

 きっと今日開かれている舞踏会に招かれた、他国からの来訪者であるに違いないと、幼いフローラにも、簡単に想像できた。


 一瞬仲間かもしれないと感じたその人は、結局は違う世界に生きているのだと、少し寂しくなる。

 これ以上の深入りは、フローラが傷つくだけだと知っていた。

 舞踏会が開かれているであろう王城の方向を指差して、出来るだけ淡々と言葉を発する。


「あっち、人がいっぱいで明るいよ」

「ありがとう、優しい白花の姫君。どうか、名前を教えて貰えないだろうか?」

「……ふろーら」

「フローラ姫、いつか君を攫いに来ても良いかな?」

「わたしを、ここから連れ出してくれるの?」

「君が許してくれるなら」

「うん、まってる」


 その言葉は、一人寂しく留守番をしているフローラを慰める、単なる気まぐれだとわかっている。

 だからフローラは、若者の名前を聞かないという選択をした。

 希望を抱いてしまったら、後が辛いから。


 フローラはまだ幼かったけれど、既に自分の置かれた立場を理解していた。

 だからこの時、笑顔で手を振り去りゆく若者に、上手く笑い返せていたかどうかわからない。

 そしてこの時の一瞬の邂逅は、優しい夢として、フローラの記憶の奥底に埋もれてしまった。



「……あの時の、お兄さん」

「思い出してくれた?」

「はい。ですが、言葉を交わしたのは、ほんの少しだったのに……私の事を、覚えていて下さったのですか?」

「短い逢瀬だったが、ずっと貴女の事が気になっていたんだ。実際に、何度か会わせて欲しいと貴国へ申し入れもしたのだが、そんな王女は居ないの一点張りで……」

「私は王女として、認められてはいませんでしたから」

「どういう事?」


 ハロルドは本当に、人質としてではなく、フローラ自身を求めてくれているのかも知れない。

 僅かな希望と、事情を尋ねるハロルドの真剣な表情を前に、フローラはぽつりぽつりと、今まで過ごして来た後宮での暮らしについて、ぽつりぽつりと語っていた。


 同情はしてくれても、どうせ誰も助けてなんてくれない。最悪の場合、悪意が増えるだけ。

 長年の経験からわかっている事だったし、他人に期待するのはもうすっかり諦めていたはずだった。

 わかっているはずなのに、何故かハロルドなら真摯に受け止めてくれる予感がして、言葉が溢れる。


 フローラの身の上話を聞き終えたハロルドは、大きな溜息と共に「なんて事だ」と顔を覆ってしまう。

 フローラが何の役にも立たないと知って、今度こそ嫌われてしまっただろうかと身を固くしていると、突然ハロルドにぎゅっと抱きしめられた。

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