蛮族の国の出迎え
やがて馬車が速度を下げながら、イザイア国の城下町に入った。
人のざわめきが大きくなり、ふと窓の外へと視線を移すと、そこはすっかり雪景色に変わっている。
人々の行き交う道路こそ、溶けているのかあるいは除雪されているのか、積もってはいなかった。
けれど、綿飴の様なふわふわとした思わず触ってみたくなる真っ白な雪が、こんもりと屋根を彩っている。
「綺麗……」
「皆も、貴女を歓迎している」
思わずフローラから、感嘆の言葉が漏れる。
すると、くすりと笑う気配と共に、背後から男性にそう声を掛けられた。
「歓迎?」
一瞬、男性の言葉の意味が分からず首を傾げたけれど、窓の外の風景を見て、それが言葉通りだと知る。
町行く人々が馬車に向かって、笑顔で手を振ってくれていたのだ。
やけに人通りが多いと思っていたけれど、単に町が賑わっているだけではないらしい。
この馬車が、王へ嫁ぐ花嫁が乗る物だと町の皆が知っている様子で、「おめでとうございます!」や「ようこそおいで下さいました」という声までもが、フローラに届く。
「どうか手を振って、応えてやって欲しい」
「私などが、そんな大それた事をしても良いのでしょうか」
「もちろん。彼らは貴女を一目見ようと、こうして集まっているのだから。ほら」
フローラが歓迎されるなど、とてもではないが考えられなかった。
けれど確かに、人々の輝く瞳は、馬車の中のフローラに注がれている。
男性に促されるまま小さく手を上げると、人々が次々と歓声を上げた。
驚いて固まっているフローラの背後から、男性も人々の声に応える様に手を上げると、その声は益々大きくなる。
想像とは違いすぎる状況に混乱するけれど、人々の笑顔に嘘はない。
フローラは馬車が王城へと入るまで、ただ必死に人々に向かってひたすら手を振り続けた。
城門を越えると、ほどなくして馬車が止まり、城内へと続く扉が開く。
またしても男性は、当然の様に手を差し出してくれた。
恐縮しながらも素直に手を借りて馬車を降りると、そこにはずらりと鎧に身を包んだ騎士達が並んでいる。
フローラが地面に足を着けたのを合図に、騎士達が一斉に剣を高々と空へ掲げた。
故郷の国にはないその力強さは、イザイア国の高い武力を示しているのだろう。
けれど、そこに恐怖は感じない。
統率の取れたその行動に、蛮族の国という形容はとても当てはまらなかったし、それがフローラに敬意を示すものだとわかったからだ。
そのまま最後までエスコートしてくれるつもりであるらしい男性は、驚いて固まっているフローラに、腕を差し出して来た。
断ることも出来ずに、そっと手を添えて歩き出す。
長いような短いような、不思議な感覚のまま辿り着いた先は、王城への入口。
そこには、王の臣下と使用人達と思われる幾人かが並び立ち、フローラを待ち受けていた。
流石にハロルド王は居ない様子だったけれど、身なりの整った人々を前に、緊張が走る。
野蛮な蛮族の国だと聞いていたのに、出迎えてくれる全員が、碌に魔法も使えず王女としての教養もなく、マナーも知識も付け焼き刃でしかないフローラよりもずっと、きちんとしている様に見えて仕方がない。
「お帰りなさいませ」
「俺が不在の間、問題は?」
「ございません」
「準備は?」
「出来ております」
縮こまってしまったフローラの横で交わされた会話に、違和感を覚える。
王の臣下であろう男性の言葉は、人質を迎えに来た一介の騎士相手にするには、あまりにも丁寧だ。
そう、まるで上下関係が逆であるかの様に。
(それに、お話の内容が……)
短いやり取りではあったけれど、それは城を空けた者と埋める者のそれで、本来の立場を示唆している。
ふと視線を隣に移動させると、フローラをここまでずっとエスコートしてくれた男性が、それに気付いてふわりと柔らかな笑顔を返してくれた。
フローラの視線をこんなにも好意的に受け止めてくれる人は、母以外にいなかったから、あまりにも優しいその表情に、自然と顔が赤くなってしまう。
ぼんやりと男性の笑顔を見つめていたら、いつの間にか腕に添えていた手を取られていた。
相変わらずゴツゴツとしたその手は、フローラとは生きてきた世界が違う事を実感させるものだ。
けれど、馬車の中でずっと大切そうに温めてくれていたその手に、既に安心感を覚えている。
「イザイアへようこそ、我が花嫁殿」
「え?」
「歓迎の宴の用意が出来ている。さぁ、中へ」
「待っ……」
フローラが疑問を解決させる暇も無く、あれよあれよという間に城内へと導かれる。
城内に入ってから出会う人々も、皆フローラを歓迎してくれていて、人質として奴隷のように扱われるどころか、まるで貴賓を迎え入れる様相だ。
故郷の国での扱われ方とは雲泥の差で、もしかしたら本当にフローラは望まれてここに居るのではないかと勘違いしてしまいそうになる。