話しかける勇気
セリーナの教室の前まで来た。なんと切り出せば良いのだろうか……。
誤解だ! 話を聞いてくれ! 私はセリーナを愛している。セリーナとの将来しか欲しくない! セリーナが可愛すぎて近寄れないんだ!
気持ちを抑えて言ったとしてもこれくらいにしておいた方が良いよな……
可愛すぎて近寄れないはやめておこうか? ドン引きされても困る。
あの可愛らしい眉間に皺が寄る姿を想像しただけで心が痛む。
「よし!」
深呼吸してセリーナの教室に入る。
……あれ? いない。どこに行ったのだろうか。もうすぐ休憩時間は終わりそうだ。
ちょんちょんと肩を触れられた! もしかして……セリーナか?
「誤解なんだ! どうか話を聞いてくれ! セ……」
「まぁ! 私でよければ! 今日の放課後にサロンへお邪魔しますね!」
にこりと笑う世話役の娘……ジュリなんとかと言ったか?
「いや、それが誤解だ! 私は、」
ちょうどタイミング悪くセリーナが教室に戻ってきたようだった。
「セ、」
「殿下、それでは放課後に」
ジュリなんとかはセリーナを見て笑っていたような気がした。セリーナは私に会釈をして席につき次の授業の準備を始めた。
鐘が鳴る……次の授業が始まる合図だ。
くっ……! ここまでか! 授業に遅刻するわけには行かない。
学生の本分を忘れてはいけない! ましてや私は王子……皆の手本とならなければならない! 急いで教室を後にした。
******
放課後、また例の令嬢に話しかけられた。
「ジュリアナ様、少しよろしいでしょうか?」
「あら? 何の御用ですか? 私はジェフェリー様に呼ばれていますの」
チラッとセリーナ様を見た。見るからに平常心! でも貴族は何を思っていても顔には出さないのよね。
小さい頃からそう言う教育なんですって。本当にお人形さんの様な顔立ちだわ。
あら? サムとダニエルに話しかけて、教室を出て行ったわね。
まさかあの二人と出来ている……って事はないでしょうね? 変な人!
「殿下はセリーナ様の婚約者です。いくらあなたの世話役をしていると言いましても、あなたの行動は目に見えて敵を作ってしまう様な態度ですわ」
何を言っているの? ジェフェリー様に特別扱いされている私に嫉妬しているとか?
「ごめんなさぁい。殿下と親しくしている私に嫉妬しているのは分かるんですけど、貴女には関係ないですよね? だって殿下ってセリーナ様とは政略結婚なのでしょう? 殿下も学園にいる間しか自由が無いんですもの。仕方なくないですかぁ?」
貴族によくありがちな政略結婚でしょ? お高く止まっているけれど愛人だ、妾だ、側室だ。って一般向けの雑誌で目にするわよ? 貴族のゴシップは一般人は大好きだもの。
「セリーナ様のお気持ちを考えたことがありまして?」
文句言ってこないじゃないの。もしかしてあの人ってサムとダニエルしか友達がいないんじゃないの?
「んー。あちらからは何も言ってこないので、分かりません。でももし殿下に告白されてもセリーナ様は婚約者のままでいさせてあげてください。ってちゃんと言いますよ? そんな細かい事私は気にしませんもの。それでは失礼します」
教室に焦った様子で入ってきたジェフェリー。
「すまない。セリーナ・ランディ嬢はどこに行ったかな?」
近くにいる男子生徒に声を掛けるジェフェリー。
「! 殿下! セリーナ様は先ほど教室を出ていかれました」
「しまった! 遅かったか……」
がくりと項垂れるジェフェリー。
「ジェフェリー様ぁ! 教室まで迎えにきてくださったんですかぁ! 嬉しいです」
ジュリアナが嬉しそうにジェフェリーに近づいたが、何知らぬ顔をするジェフェリー。
「……は?」
「行きましょう! 何か私にお話があるんですよね!」
ジュリアナにぐいぐいと押し出される様に教室から出された。
なんだこの娘は? 失礼極まりない娘だ。
サロンへと連れて行かれてしまった。仕方なく側近に茶を出す様に言った。
「なんでまたジュリアナ様が?」
いつもの側近の一人が言った。
「分からん。気がつくとこうなっていたんだ! 不本意だ」
「全く! 何をしてんだか。そんなんだからセリーナ嬢から婚約解消をという話が出るんだ!」
側近の一人と小さな声で言い合いをしているのを耳敏くキャッチするジュリアナ。婚約解消ですって? やっぱりセリーナ様とは政略結婚だったんだわ! 婚家のお金? が必要なの?
「ジュリアナ様こちらへどうぞ」
なんとも言えない顔の側近の人の態度が気になったけどまぁ良いわ。
「ありがとう」
と言った。一礼をする側近の人。
そしてまた違う側近の人がお茶を持ってきた。さすが王子様側近の人が何人もいるのね。この人達もきっと優秀なんでしょうね。
しかし先日とは違い簡単なお菓子と普通の茶器……とは言っても十分豪華だけど、先日のものとは大違い!
女の子が好む茶器ではないのよね。誰が選んだの?
ジェフェリー様にいつもの通り話しかける。
「もうすぐ世話役の期間が終わってしまうのは寂しいですわ。殿下は優しくお世話をしてくださいましたもの」
「そうか」
「このお茶美味しいですわね」
「そうか」
「この前用意してくださったお菓子とはまた違いますのね」
「あぁ……」
「ジェフェリー様、お話とは一体なんですか?」
「あぁ……」
なんなの! 帰ってくる答えに覇気がないじゃないの。もしかして緊張して……?
王都に住んでいた頃、私に会いにくる男たちも皆私の可愛らしさの前ではひれ伏すしかなかったもの。会話にならなかった男もいたわ。ジェフェリー様もきっとその部類なのかも! あんがい初心なのね!
いくらセリーナ様が美しいと言ってもお人形さんですもの。会話にならないのでしょうね。
「セリーナ様に悪いですわ。ジェフェリー様とこうやって二人でお茶をするなんて」
「そうだな……」
「セリーナ様は平民の男子学生と仲がいい様でよくお話をされていますよ」
「……っそうか」
あれ? 表情が変わった。
きっと呆れていらっしゃるのだわ。
平民なんかと仲良くしている名前だけの婚約者に。
私は裕福な商家の娘ですから、あいつらとは格が違うのですもの。
もし婚約破棄するにあたってお金が必要なら、お父様に頼んでも良いくらいに家には資産はあるもの。
安心してね! ジェフェリー様!!




