レポート9
「確かここにあるはずなのに、書簡が無い」
それを聞いた衛兵の顔から笑顔が消えて、鋭い目付きでタイナを睨み付けた。
「なんだと!貴様、神官様に成りすました曲者か?この俺が気付かないうちにすり替わるとは、もしや手練れの者だな!」
案内をした衛兵は剣を抜きタイナに向けて構えた。それを見たタイナは焦りながらアイテムリストをスクロールさせて書簡を探した。
「ウソだろ?どうして無いんだ?リストに戻したつもりでいたけれども、戻し忘れたか?」
タイナはアイテムリストを閉じて自分の身体のあちらこちらを触り書簡を探した。それでも書簡を見つけることが出来ないので、タイナは途方に暮れてスマとローリエの顔を見た。
「無い。失くしたかも…」
タイナは顔を青くしながら目に涙を溜めてスマとローリエに報告した。
「どうして無いのよ。それじゃあ、お城から出られないわよ」
「もう!早く帰りたいのに!」
スマは冷静に今の状況について話したけれども、ローリエは不満の感情を爆発させてタイナに文句を付けた。
「俺も帰りたいよ!どうして無いんだよ!」
タイナは頭を抱えて考え始めた。この場をどうにかして穏便に済ませる方法は無いだろうか。誤解を解いて疑いを晴らすには話してみるしかないな。一か八か、試してみようか。
「あの、衛兵さんが城内を案内して頂いている間は常に私の側にいた訳ですから、その状況で入れ替わるなど不可能だと思いますよ」
タイナは下手に出て案内をしてくれた衛兵に話し掛けてみた。
「いや、そうは言いきれない。国王の寝室で人払いされた時、一時的に我々の監視が途絶えている。その時に入れ替わり、国王を騙した可能性は否定できない」
案内をした衛兵はタイナを睨みながら答えた。確かに国王が人払いした時に、国王の寝室から近衛兵も衛兵も退出している。この衛兵の言う通りだ。これはまずいな。こちらが不利だ。
「でも、その後のあの奇跡を見ましたよね?あれを起こせるのは神官である証ともいえるのではないでしょうか?」
「あの奇跡がペテンという可能性もある。まあ、詳しい話は牢屋で聞いてやるよ」
衛兵は考えを改める素振りを見せない。ダメだ。完全に信用されていない。
「もう少しお待ち頂けますか。もう一度だけ探してみます」
タイナはもう一度アイテムリストを開いて探した。そしてリストの中にある電話に眼を止めた。そうだ!みんなにどうにかしてもらおう!タイナは電話を取り出すと衛兵の方を向いて作り笑いを浮かべた。
「あの、電話をしても宜しいでしょうか。ええと、電話とは、外の世界にいる神の使いと話をするという事です」
「ふむ、電話というものが何かは分からないが、貴殿のお陰で国王の体調が回復したのは事実だ。その電話というものを認めてやろう。ただし、少しでも不審な動きを見せたら直ちに切るから覚悟しておけよ!」
低姿勢でお願いをするタイナに城内を案内した衛兵は剣を構えたまま電話をする許可を与えた。周りにいる他の衛兵たちも剣を構えて警戒を強めた。タイナは衛兵の持つ剣の微かな動きを注視しながら電話を掛けた。3回目の呼び出しの音の後に誰かが電話に出た。
「何だよ、そんなに豆に報告とか束縛系男子か?お前は」
受話器から出内の声が聞こえた。
「違いますよ!と言うか、まだ仮想世界に接続していて良いんですか?現実世界は暇なんですか?」
「違うよ。佐渡江課長からのお仕置きという名の仕事中だよ」
タイナは3回目の呼び出しの音の後に出内が出たので、出内は今も仮想世界に接続していると考えた。もしも出内が現実世界にいるなら3回目の呼び出しの音の後に電話に出ることは不可能だと理解している。電話に出た出内は予想の通り仮想世界に接続していた。
「それよりも大変なんです!緊急事態です!アイテムリストに入れておいた神殿からの書簡が消えて、城の外に出られないどころか、偽物の神官と疑われて誤認逮捕されそうなんです!これアイテムリストのバグですよね?どうして消えたのか早く調査して下さいよ!」
タイナは鬼気迫る表情で出内に書簡が消えたことを報告すると同時にその調査を依頼した。出内は佐渡江から依頼された仕事の書類を端末の画面上で確認しながらそれを聞いていた。
「調査も何も、あの書簡なら萌炉が、お前に持たせておくと悪用しかねないとか言いながら削除していたよ」
出内は画面を操作する手を止めて、別の画面を立ち上げるとゴミ箱を開いた。
「消すのが早過ぎますよ!ゴミ箱から早く復活させてくださいよ!」
「あ、ダメだこれ。ゴミ箱に入れただけではなくて、完全に消去しているな。きちんと予備のデータも消されているよ。すぐに復活は無理だわ」
タイナがゴミ箱から書簡を復活させるように言うよりも前に、出内はゴミ箱の中に書簡が残されていないか探していた。そして、ゴミ箱の中に書簡は残されていないので、書簡は完全に消去されたものと判断した。
マジか。これでまた夜のお楽しみの時間が削られてしまう。早く帰りたいのに。誤認逮捕されて牢屋に入れられたら、城から出るのが余計に大変だろうな。それに、あの剣で切られたら痛いだろうな。痛いのは嫌だから、ここはもう強行突破した方が良いかもしれない。
「とりかく早く何とかお願いします。俺たちはこの通話を終わらせたら、ここを強行突破しますから」
タイナは通話の後で城の門を強行突破すると出内に小声で伝えると、スマとローリエの顔を見た。二人は小さく頷いた。
「あ、良いことを思い付いた。あれなら書簡よりも早く用意が出来るな。まあ、強行突破するかどうかは現場にいるお前に任せるよ。少し時間を稼いでくれれば助けられるから、それまではどうにかしておいてくれ」
出内は書簡を用意するよりも早く出来る対策を思い付いて、その事だけを考えていたので、タイナが城門を強行突破をするのかしないのかについて興味は無く、その対策の準備のために端末の画面を操作した。
「それじゃあ、お願いしますね!」
タイナはそう伝えると出内の返事を待たずに通話を終了させて電話をアイテムリストに戻した。タイナが通話している間に衛兵の数が合計で5人に増えていた。全員が剣を抜いて構えている。俺は戦力外だから5対2か。このままでは取り押さえられてしまうのも時間の問題だ。タイナはスマとローリエの顔を見た。二人は衛兵の動きなどに警戒はしていない。それよりも、書簡を失くしたタイナに苛立ちの感情を抱きながらそれを押さえてタイナを睨んでいた。
「なあ、お前たちは強いよな?」
タイナは衛兵から目を離さずに衛兵に聞こえない大きさの声で二人に話し掛けた。
「ええ。タイナよりは強いわよ。また蹴られたいのかしら?」
「違う。あの衛兵よりも強いのかという意味だ」
タイナがスマと話している間にローリエは衛兵のレベルについて調べていた。
「まあ、向こうのレベルは25だけど、私のレベルは48だから手を抜かなければ負けないと思うよ」
「ちなみに、私のレベルは52です」
スマはローリエと同じレベルだとは思われたくないらしい。それは良いとして、強いのはありがたい。
「そのレベルなら、5人の衛兵を2人で倒せるのか?」
「まあ、簡単ではないわね。でも、やれと言われればやるわよ」
「あまりお勧めはしないけれどね」
「なるほど。承知した」
スマとローリエは衛兵の動きを警戒した。衛兵はタイナたち三人が話をしている間に間合いを詰めていた。タイナはその前から衛兵の剣を警戒していたけれども間合いを詰められたことには気付いていない。
「神官殿、いや、曲者と呼ぶべきかな?電話というものは終わりか?それで、書簡はあるのか?ないのか?どちらなんだ!」
案内をした衛兵は今にも斬り掛かりそうな勢いでタイナに声を掛けた。タイナは自分を睨む衛兵の方を向いて両手を小さく上げた。その顔は生きている人間とは思えないほどに青ざめた。
「気を付けろ!奴は幻術の類を使うかもしれないぞ!」
案内をした衛兵はタイナが小さく手を上げたので、それを警戒して声を出した。彼は国王の寝室での奇跡を思い出していた。あれと似たようなことをされたら逃げられてしまうかもしれない。そう思い、他の衛兵に注意を促した。
「ひっ、お、お待ち下さい!さあ、お前たち…!」
そう言うとタイナはスマとローリエの二人を見た。
「逃げるぞ!」
「タイナならそう言うでしょうね」
「仕方ないなあ、もう!」
タイナは5人の衛兵の間をすり抜けて城門の外へ向けて駆け出した。それはスマが衛兵の注意を引き付けていたから出来たことだとタイナも理解していた。スマはアイテムリストから剣を取り出し3人の衛兵と剣戟を振るう。その間にローリエは2人の衛兵の隙を見つけて距離を取ると、そのまま背を向けてタイナとは反対の方向に走り出した。
この城の設計図をダウンロード開始。完了。ファイルを展開。なるほど、城門の開閉装置は門の真上か。足の遅いタイナが城の外に出る前に閉められないようにしないとまずいかもね。
2人の衛兵はタイナとローリエのどちらを追うべきか判断に迷う間に、ローリエは踵を返して城門へと向かい走り続けた。2人の衛兵はローリエの後を追い始めた。スマは3人の衛兵を相手にして互角に戦い続けている。ローリエはタイナを追い越すと城門の上まで駆け上がり、開閉装置を見つけた。幸いなことに、そこは無人で開閉装置は誰でも操作が出来る状態だ。鍵や檻などは無い。
「これ壊したら門が閉まるのかな?それはダメだからタイナが逃げ切れるように仕方がないけれど援護をするか」
ローリエはタイナが2人の衛兵に追われている姿を見つけた。もう少しでタイナは衛兵に追い付かれてしまう。ローリエは素早くアイテムリストを開くと石を何個か取り出してタイナを追う衛兵を狙いその石を投げた。石は衛兵の頭に当たり1人はその場に倒れた。ローリエはもうひとつの石を投げた。それもタイナを追う衛兵の頭に当たり、衛兵は倒れた。そしてタイナは衛兵に捕まることなく城門の外まで出ることが出来た。
「スマ!もう良いよ!」
ローリエはそう叫ぶと門の上から飛び降りて跳ね橋の上に着地して走り出し、城の外へ出た。スマは3人の衛兵に追われながら城門を出て跳ね橋を渡ると、振り向いてその剣を跳ね橋へ思い切り振り下ろした。次の瞬間、跳ね橋は木端微塵になり、その残骸は下の川へ落ちて流れた。城内を案内した衛兵が城門を駆け抜けると跳ね橋がないことに気が付いて足を止めた。けれども、後から駆けて来る2人の衛兵はそれに気が付かないでその勢いのまま城内を案内した衛兵の背中を押した。城内を案内した衛兵は踏み止まろうと堪えたけれども、その勢いに負けて、3人とも川へ落ちた。
「ああもう無理。もう走れない」
タイナは地面に座り込むと疲労困憊の顔でスマとローリエを見上げた。
「ここにいたら捕まりますよ」
ローリエはタイナに優しく話し掛けた。
「嫌だ!嫌だ!嫌だ!嫌だ!嫌だ!嫌だ!」
タイナは首を横に振り続けた。
「仕方ない。二人で引きずりながら逃げましょう」
「そうですね。それは良い声が聞けそうで楽しみです」
スマとローリエはそれぞれがタイナの右腕と左腕を掴むと走り出した。おいおいこの速さに俺の足がついて行ける訳がないだろう!どう考えても無理だ!始めはタイナも同じ速さで走ろうとしたけれども、やはりその速さにはついて行けない。タイナが走ることを諦めると、そのまま引きずられた。靴が脱げて道に落ちている石や小枝がタイナの足の甲や脛に当たると、青あざや擦り傷がいくつも作られた。
「ちょっと待って!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!やめてくれ!」