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レポート8

「まあ、美男子国王には賛成だけれども、今回の対処については谷津辺君の意見を採用するわ」

「え、俺の?俺…何か意見しましたか?」

 タイナは意見を出した覚えがないのに、自分の意見を採用すると言われたので、驚きながら聞き返した。

「あら、自分の意見も忘れたの?適当に“解決しました”とウソをついて信じさせれば良いのよ」

「え?どういう事ですか?」

 佐渡江はタイナの台詞を引用して説明をしたけれども、タイナは要領を得られないので目を点にしていた。

「まあ、通話を終わらせて、ゲーム内で待機していなさい。すぐに見せてあげるわ」

「わ、分かりました。では切ります。後はお願いします!」

 佐渡江は説明しても無駄だろうと考えてタイナに指示を出した。訳が分からないけれども、佐渡江課長の言うことなら間違いないだろう。タイナはそう信じて通話を終了させた。佐渡江と萌炉と出内の三人は仮想世界にログインしたまま残り、萌炉はタイナが通話を終了させたのを確認してから口を開いた。

「あいつバカだよね。自分が国王になればやりたい放題なのに、それに気付かないなんて、本当にバカだよね」

「あら、バカで可愛いじゃない」

 佐渡江は萌炉をなだめるような口調で話した。

「だから痛めつけてあげたくなるわ」

 佐渡江は痛めつけたタイナの姿を想像して舌なめずりすると笑顔を見せた。

「佐渡江課長。少し自重して下さい」

 その笑顔を見た萌炉は少し距離を置いてから佐渡江に声を掛けた。

「もちろんよ。さてと、出内係長、お説教は現実までお預けにするから、早く用意して下さい」

「はい。国王が廃棄されないのであれば手伝います!」

 佐渡江は真顔で萌炉に返事をすると、床に座り込んだままの出内を見下ろして指示を出した。出内は佐渡江の顔を見て何をするべきかを悟ると、ついでに国王が廃棄させないように布石を敷きながら答えた。

「出内係長がそれを言える立場ではないですよね?あ、谷津辺の神官の身分証的な書簡は廃棄しておきますね。いつまでも持たせていたら悪用しそうですし」

 萌炉は出内に軽蔑の視線を送ると、タイナに持たせた書簡が悪用される前に廃棄しようと佐渡江に相談した。

「そうね。お願いするわ」

 佐渡江は萌炉に廃棄の許可を出すと、萌炉は画面を立ち上げてタイナのアイテムストを開くと書簡を選択して、サブメニューから廃棄を選んだ。“廃棄しますか?”の確認画面が表示されたので“はい”を選ぶと、アイテムリストから書簡が消えた。ついでに書簡を作成した時に保存しておいた予備の書簡もゴミ箱に移動させて、そのゴミ箱を空にした。

「はい。廃棄完了!」


「準備は終わりましたか?神官殿」

 タイナが通話を終えてアイテムリストを閉じたタイミングを見計らい、国王は準備の状況について質問をした。

「ええと、もう少しお待ちください」

 タイナは返答に困り、時間を稼ごうと適当に返事をした。

 一体何が始まるんだろう。佐渡江課長が待てと言うのなら俺はいつまででも待てますけれど、NPCたちはそうはいかないから、何かするつもりなら早く始めて下さいよ。それに何も教えてくれないから、この場をつなぐ言葉も思い付かないじゃないですか!

「いつまで待たせるつもりだ?早く祈祷を始めて欲しいのに、なぜ始めない?」

 国王は苛立ちを隠さずに声を上げた。それは瞬く間に国王の寝室の空気を凍らせた。ローリエは状況が分からず困惑している。スマも冷静さを装いながらタイナが何をどうしたいのか分からないので不満を抱いていた。

「まさか、神官というのはウソでお前たちはわしの命を狙う曲者なのか?」

 まずいぞ。ニセモノの神官だとバレたら打ち首とかにされるんじゃないか?痛いのは嫌だ!何でゲームなのに痛覚はリアルな再現度なんだよ。とにかく、どうにかして誤魔化さないと。

「ねえタイナ、どうするの?と言うか早くどうにかしてよね!」

 ローリエがタイナに声を掛けても、タイナは返事をしない。

「お前、まずはこの状況を私たちに説明しろ!」

 それを見るに見兼ねてスマもタイナに説明を求めたけれども、それでもタイナは動かない。

「返す言葉も無いか!やはりそうなのだな!」

 返事をしないタイナに不信感を抱いた国王はタイナを曲者と決め付けて怒り出した。どうしよう。国王が近衛兵に命令を出して寝室の外にいる近衛兵たちを呼び戻したら、俺は捕えられてしまう。

「近衛兵団長!直ちに戻り、この者たちを捕えよ!」

「国王!ご無事ですか?」

 国王はしびれを切らせて寝室の外で待機している近衛兵に聞こえるように命令を出した。その声を聞いた近衛兵団長は勢い良く扉を開けると部下を引き連れて部屋へ入りタイナたちを捕えようと身構えた。

「ていっ!」

 その時、スマがタイナの背後に音もなく移動すると、突然、スマがタイナの尻を蹴り上げた。タイナの身体は宙に浮いてそのまま地面に落ちた。そしてスマは落ちたタイナの身体を上から踏み付けた。

「あ痛っ!痛てててて!」

 スマは痛がるタイナの声を聞いてさらに強く踏み付けた。

「ご覧ください。この神官は貧弱でとても国王様に勝てる男ではございません。ご安心下さい」

 そしてスマはタイナを踏み付けたまま国王にタイナの身が潔白である事を説明した。タイナたちを捕えようと身構えていた近衛兵たちは想定外の出来事に対応できずにただ見ていた。

「しかし、お前らはどうなんだ?貧弱な神官殿を囮にして、従者のお前らがわしの命を狙う可能性も考えられるではないか?」

 国王はスマの行動を見ても落ち着いていた。そして今度はスマとローリエに対して疑いの眼差しを向けた。

「確かにそうですね。私の力ならそれは可能です」

「何だと!?」

 国王からの問いにスマはよどみなく答えた。それを聞いた国王はベッドから身を乗り出す姿勢で驚愕の声を上げた。予想外の返答に近衛兵の全員が緊張した。

 それを認めたら、俺は何のために蹴られたのだろうか。ただの蹴られ損なのではないか。と言うか痛いから足をどいて欲しいのだが。

 近衛兵団長は三人を捕えるべきか考えがまとまらず、手をこまねいていた。

 あの書簡は間違いなく神殿からの書簡だ。つまり、この三人は神殿からの使いの者。国王は捕えよと命令したが、あの三人を捕えると神殿との関係に禍根が残る。そうは言うものの、どうやら国王の祈祷はまだ始めてもいない。何か時間を稼いで事を成そうとしている可能性もある。奴らに不審な動きがあればこちらもそれを理由に動けるが、仲間を蹴る以外に何もしない。奴らの目的は何なんだ?

 その時、国王の寝室が光に包まれた。

「うわっ!まぶしい!」

「なんだこの光は!」

 各々がその眩しさに目がくらみ動揺の声を上げた。するとその光は高い天井に集まると、やがて人の形になり、そしてようやく目を開けて見る事が出来る程度の眩しさに落ち着いた。それを見ていたローリエの頭の中で強制的にコマンドが実行されて情報が入力された。

「お待たせ致しました。準備が整いました!」

 ローリエはその情報を理解すると、その場の雰囲気に合わせて調子の良い声で呼び掛けた。スマの頭でも同じように強制的にコマンドが実行されて情報が入力された。

「それは、何の準備だ?我々と戦うための準備か?」

「いいえ、違います。この神官は尻を蹴られるという代償行為を捧げることで、この世界に神を降臨させました」

 ローリエの言葉を聞いた国王はおののきながら尋ねると、スマもローリエの調子に合わせて適当な説明を付け足した。

「尻を蹴られた上に踏み付けられているけれどな」

 スマの足の下でタイナは不満を漏らした。

「おお!何と!」

「か、神だと?」

 国王と近衛兵団長は驚きの声を上げた。近衛兵たちからはどよめきの声が聞こえる。光の姿の神は辺りを見渡すとタイナを見つけて視線を止めた。

「あ、ごめんね谷津辺。お待たせして」

「え?その声は、出内係長ですか?それが例の神様アカウントの姿ですか?」

「うん。そうだよ」

 神様アカウントが出内の声で話し掛けて来たので、タイナは驚いて質問した。なるほど、ゲーム時間の1ヶ月前に国王の前に現れた神様というのは、この光に包まれた神様アカウントのことか。でも、今更それでログインして、どうするつもりなのだろうか。

「何という事だ!神が神官に詫びるなど、わしの知る限り、この世界において初めての事ではないか?」

「神と会話を交わせるとは!あの神官様は神殿長をも超える神のご加護のあるお方なのか!」

 あの神官に手を出していたら…。間違いなくこちら側がやられていただろうな。

 二人のやり取りを見ていた国王と近衛兵団長は、さらに驚いて声を上げた。近衛兵団長は、手をこまねいていた自分が意図せずに正解を選択していたと思い込んで安堵していた。

「あ、そうだよね。普通に話しかけるのはダメだよな。とりあえず、また後でね」

「は、はい。でも、どうするつもりですか?」

「うん。まあ、見てて」

 神様アカウントの出内は踏み付けられたままのタイナと話しを終えると、国王の前まで音もなく移動して、そこで止まり手を広げた。

「国王よ」

「は、はい」

 神様アカウントの出内は仰々しい言い方で国王に呼び掛けた。国王は脊髄反射よりも早く返事をした。

「世界の平和のために王として考えねばならぬ事があると申し渡した件だが、私は国王が悩み苦しむ中にひとつの答えを見出すことが出来た。つまり、国王のお陰でこれからも世界は平和を保ち、そして豊かな恵みがもたらされるだろう。よくぞ今日まで悩み続けてくれた。もう悩むことは無い。そして礼を言おう」

「そ、そんな分不相応なお言葉を頂けて光栄です。で、ですが、私には分かりませんが、かの問題は、解決したということでしょうか?」

「いかにも解決した」

 神様アカウントの出内は用意されたメモを読むような調子で国王に語り掛けた。国王は深々と頭を下げて神様アカウントの出内にお伺いすると、解決したという言葉を頂戴したとたんに涙を流した。

「そうですか。私のような者がお役に立てたのであればそれは何より光栄の極みでございます」

「うむ。これからも時には心を休ませながら国の統治に励めよ。では、さらばだ」

 国王はお礼を述べると、神様アカウントの出内は別れの言葉を告げた。それを聞いた国王は泣き崩れた。神様アカウントは音もなく上昇すると眩しいほどに光り出した。部屋にいる全員が耐えられずに目を閉じると辺りは光に包まれた。そして神様アカウントは消えると、同時にその光も消えた。

「あの、スマさん」

「何でしょうか、神官様」

 タイナはスマの足の下から声を掛けた。スマはどうして声を掛けられたのか理解していない顔で返事をした。

「いつまで俺を踏み付け続けるおつもりでしょうか」

「これは失礼しました。つい心地よくて」

 スマはタイナを踏み付けていた足を除けた。タイナは立ち上がると服に着いた埃を払いながらため息をついた。なるほど、そういう事か。国王に与えた難題を与えた神が解決したと言えば、国王は悩み続ける必要はなくなる。そうすれば次第に体調も回復するという作戦か。さすがは佐渡江課長のお考えだな。

「き、奇跡だ!我々は奇跡を目撃したのだ!」

 近衛兵団長が涙を流しながら勇ましい声を上げた。近衛兵たちからも歓喜の声が聞こえた。タイナは自分がその奇跡をもたらしたのだと言いたげな顔で胸を張り腰に手を当てた。

「冷静に考えると、何もしていないのに偉そうですよね」

「私に蹴られただけなのにね」

「蹴られた上に踏まれていたけれどな!」

 ローリエとスマは冷ややかな視線でタイナを見た。タイナは踏まれたことを根に持ちスマに文句を付けたけれども、スマは相手にしないで鼻で笑うと国王の方を見た。

「おおっ!神のご加護か神官様の祈りが通じたのか、もう全快したぞ!皆の者、これまで迷惑をかけた。今すぐ政に戻れるぞ。神官殿、礼を言わせてもらおう」

 泣き崩れていた国王は顔を上げると、自身の身体の調子が元通りに回復していることに驚いていた。

 顔色も肌つやも回復している。さすがはゲームの世界だな。回復が急過ぎる。おそらく出内係長がアカウントの配色を変更して、萌炉先輩がパラメータ値を調整したのだろう。とにかく解決した。今日の仕事はこれで終わりだ。

「神官殿、何か欲しいものはあるか。何でも褒美として用意してやろう」

「ほ、欲しいものですか?」

 それは欲しいものは色々あるけれど、どうせゲーム内での事だからなあ。金は無尽蔵に用意してくれるし、権利者権限だからNPCに出来ることならば同じように出来るはずだし、地位や名誉もどうにかなるだろうなあ。あと、欲しいと言えば酒と女か。でも酒も金で買えるし、女はとりあえずスマとローリエの2人もいるからなあ。それよりも、スマとローリエは俺の事が好きだと告白した。という事は、この後は宿で夜を共に過ごす訳で、男と女が宿の同じ部屋に泊まるという事は、それはもうめくるめく男と女の愛の営みを楽しめる訳だけれど、一つ問題があるとすれば自然と同じ部屋に宿泊する流れを作らなければいけない。しかし、それを国王にお願いするのは無粋の極み。そしてそれを聞いた2人の気持ちも盛り下がるに違いない。俺はとにかく今日の夜が楽しみで仕方がない。つまり、早く帰りたい。それ以外に欲しいものなど無いのだ!

「私は神殿長の代理でここへ来ました。つまり、この功績は神殿長のもので、私のものではございません」

 タイナは頭を下げて国王に申し上げた。それを見たスマとローリエは意外な返答に何か裏がありそうだなという予感に満ちた顔で見ていた。

「ははは。先ほどの態度とは違い、遠慮深い者だな。もちろん、神殿長にも褒美を送るつもりだ。だから、欲しいものを言うてみろ、神官殿」

 だから早く帰らせろよ!こうしているだけで俺たちの愛し合う時間が1秒1秒ずつ奪われているんだよ!ああ、面倒だなあ。

「私には先ほど頂いた国王のお言葉が何よりの褒美でございます。これ以上頂いては身分不相応になります」

 機嫌の良い国王はタイナにどうしても褒美を送りたいので、断られてもタイナに褒美を送ろうと声を掛け続けた。タイナは丁寧に断り続けるのに疲れ始めた。

「ははは。なかなか見所のある神官だな。褒めてやろう」

「ありがとうございます」

 なかなか終わりそうにないぞ。これを終わらせるにはどうすれば良いんだ?

「よろしい。下がって良いぞ」

 あ、これが締めの言葉か。ふう。もう、本当に長いよ!ようやくこれで解放されるなあ。タイナは国王の機嫌を損ねることなく褒美を断ることに成功して胸を撫で下ろした。

「では失礼いたします」

 タイナはそう言うと一段と深く頭を下げた。それに合わせてスマとローリエも頭を下げた。そして三人が頭を上げると国王は満足そうな笑顔を見せた。タイナは軽くもう一度頭を下げると国王は軽く手を振り別れを惜しんだ。タイナたち三人は近衛兵の案内に従い国王の寝室を後にした。


 タイナたちの案内は国王の寝室を出た所で近衛兵から衛兵に引き継がれた。そして衛兵に案内されてタイナたち三人は城の外を目指して回廊を歩いていた。

「しかし惜しい事をしたわね」

「何が?」

 歩きながらスマがタイナに声を掛けた。タイナは何が惜しいのか分からないまま返事をした。

「ご褒美ですよ。後悔していないんですか?何なら今からでもおねだりしたらどうでしょう?」

 スマに代わり今度はローリエがタイナに尋ねた。

「ああ、そのことか。別にいらないよ」

 俺の欲しいものは国王でもどうにもならないからな。こればかりは自分で成し遂げないと意味が無い。

 スマの言葉の意図を理解しないままタイナは夜のあれこれを考えて鼻の下を伸ばしていた。ローリエはその顔を呆れながら見ていた。

「あら、残念ね。あの国王が設定した褒美よりも多く求めると、その場で首を落とされるイベントが発生するのに。惜しいわ。一度くらいは見てみたいわね」

 マジか。危ねえ!

「おい、そういう事は早く教えろよ。そのための従者だろ!」

 スマは国王の褒美の上限値を超えた場合に起きるイベントについてタイナに説明した。タイナは顔を青くしてスマに文句を付けた。

「先に教えたらつまらないじゃないですか」

「お前の楽しみのために首を落とされてたまるかよ!」

 タイナの反応が面白いのでスマはそれで満足して笑顔を見せた。タイナは苦虫を嚙みつぶしたような顔で文句を言い続けた。

「あれほど断るのを見ていると、何か裏がありそうな気がしたのですが、まさか変なことを企ててはいませんよね?」

「ま、まさか。そんなことないだろう」

 ローリエはタイナが鼻の下を伸ばしていたので、予感が現実味を帯びたように感じていた。タイナは感情を込めない声で否定した。

「どうも怪しいですねえ」

 危ない危ない。夜のお楽しみを悟られないように気を付けよう。

 ローリエの訝しがる声にタイナは返事をしないで、真面目な顔を装い衛兵の後を歩いた。


 タイナたち三人は衛兵の案内で回廊の終わりまで来た。その先に城門が見える。回廊と城門の間には小さな庭園がある。来た時と同じように門は開けられたままで跳ね橋も下ろされている。門の外には2人の衛兵が警備をしている姿が見える。

「案内して頂いてありがとうございました」

 タイナは代表して案内をしてくれた衛兵にお礼の言葉を述べると頭を下げた。

「いやなにも。こちらこそ素晴らしい神官様をご案内出来て光栄でした。どうぞお気を付けてお帰り下さい」

 衛兵は手を差し出したのでタイナは握手をして、その手を離した。衛兵は武骨な装備に似合わない笑顔を見せた。

「では、さようなら」

 タイナは頭を下げると、振り向いて城門の外へ向かい歩き出した。スマとローリエもタイナに続いた。

「そうそう、お待ちください神官様!忘れていました!」

 ところが、立ち去ろうとするタイナたちを衛兵が呼び止めた。タイナたちはまだ数歩しか歩いていないので城門の外には出ていない。どうしたのだろうか。タイナはそう思いながら、足を止めて振り向いた。

「退城の手続きのために、念のため例の書簡をもう一度だけ拝見させて頂けますか?」

「帰りも見せるんですか?まあ、良いですけど」

 タイナはアイテムリストを開くとその中から書簡を探し始めた。

「はい。以前、曲者が忍び込んで客人といつの間にかすり替わり、そのまま出て行くという事がありましたので、警備を強化していたのを忘れていました」

 仮想世界なのに随分と治安が悪い設定だな。まあ、そういう世界を好む客層は少なくないから仕方のないことだな。

「あれ?」

「どうかしたの?」

「早く出しなさいよ!」

 タイナはアイテムリストをいくら探しても書簡を見つけられずに焦り始めた。ローリエとスマは早く帰りたそうな顔でタイナを急かした。いくら探しても書簡が見付からない。そもそもアイテムリストは五十音順に並べられるから、“神殿からの書簡”であれば、「さ」と「す」の間にないなら、どこを探してもある訳がない。頭では理解していてもタイナは焦りの色を濃くしながらアイテムリストを探した。それでも見付からない。

「確かここにあるはずなのに、書簡が無い」

 それを聞いた衛兵の顔から笑顔が消えて、鋭い目付きでタイナを睨み付けた。

「なんだと!貴様、神官様に成りすました曲者か?この俺が気付かないうちにすり替わるとは、もしや手練れの者だな!」


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