レポート7
「そうじゃ。これはもしかするとな、神からの試練かもしれないのじゃ!2ケ月前くらい前、わしの目の前に神が降臨したのじゃ。そしてわしに試練を与えたのじゃ」
「神からの試練?ですか?」
タイナは国王に聞き返した。そんなイベントを用意した覚えはない。どういうことだろうか?そもそもその神は何者なんだ?ローリエは神が降臨したと聞いて驚き、スマは興味の無い顔で国王の話に耳を傾けた。
「それは、どういう内容の試練でしょうか?」
タイナは国王に尋ねた。国王は目をつむり思い出しながら説明を始めた。
「あの日、就寝前に読書をしていると、突然、辺りが光に包まれて、やがてその光は人間の形になると、自分はこの世界を生成した神のひとりで、私に国王は自分かと尋ねられた。そうだと答えると、神は“世界の平和のために国王として考えねばならぬ事がある”と言われた」
この世界を生成した神のひとりか。スマとローリエの話だとNPCたちが信仰している宗教に神という概念はあるらしい。NPCの誰かがその神だと名乗り国王に何かを吹き込んだということか。NPCにそんな事が出来るのか?
「神は世界平和のために何を考えろと言われたんですか?」
タイナは真剣な眼差しで国王の話を聞きながら、頭の中ではこの仮想世界で起こりそうなことを考えていた。そしてタイナは試練の内容について質問をした。
「うむ。まずは“〇メリカとロシ〇・中〇・〇朝鮮との対立、〇リミア併合について、それと…”ううむ…思い出しただけでまた頭痛がする…」
神からの試練の内容を聞いてタイナはぽかんとした。スマとローリエも同じように思考が停止した顔をしている。
「あとは、確か、I〇や〇ラクの問題と…」
国王は痛む頭を押さえながら試練の内容の続きを語ろうとしている。
「待て待て待て!もういいです!もう分かりました!」
その様子を見てタイナは慌てて国王を止めた。何だその試練は。どう考えても現実世界の話だよな。現実世界から誰かが国王にそれを吹き込んだとしか思えない。こんなのどうすれば良いんだよ!訳が分からない!先輩たちに相談するしかないな。
「もう良いのか。それでは祈祷をしてもらおうかな」
国王は頭から手を離してタイナに祈祷をするように求めた。そうだ。祈祷のことを忘れていた。でも、それよりも今は電話をして聞きたいことがある。
「ええと、その前に少し準備してもよろしいでしょうか」
「どうぞ。構わんよ」
タイナの申し出に対して国王はようやく救われるという期待から穏やかな表情を浮かべて許可を出した。タイナはアイテムリストから電話を選び、それを出して第二開発部門宛に電話を掛けた。当然ながら、すぐには電話に出ない。
「あれはなんじゃ?」
暇を持て余した国王がタイナの電話に興味を持ち、スマとローリエに尋ねた。
「あれは電話というもので、離れたところにいる相手を呼び出すものです。通常ならすぐに相手が応答して会話が出来るのですが、仲間とみなされていない場合や、相手から嫌われている場合は、応答を拒否されます」
「なるほど」
「タイナはそういう扱いを喜ぶ性質だよね?」
スマは丁寧に説明をした。その説明の最中にタイナをけなすことが出来たので満足している。ローリエは嬉しそうに横やりを入れた。
「うるさいな!変な説明をするな!違うよ!向こうの世界の5秒はこの世界の5分だから、向こうではすぐに応答したとしても、それくらい待たされるものなんだよ!」
「ええ、そうよ。知らない訳がないでしょう」
「タイナの頭と一緒にしないでよね」
タイナは電話の仕様について説明することで、スマとローリエの発言を否定すると、その逆襲として今度はバカにされた。タイナが苦虫を噛むような表情を浮かべて言い返そうとした時、誰かが電話に出た。
「はいよ。どうした?」
「遅いですよ!5コール以内に出るのが社会人の常識ですよ!」
受話器から出内係長の声が聞こえると、タイナは本題に入る前に文句を言い出した。
「5コール以内に出ているよ。仕方ないだろう。現実世界と仮想世界の時間差は仕様なんだから」
現実の世界で出内係長は仮想世界にログインした状態で通話をしている。それはタイナにも容易に想像は出来た。電話が鳴り始めてから仮想政界にログインをして応答するのだから、時間が掛かるのは当然だ。出内係長はむしろ素早く対応してくれたと頭では理解しているものの、待たされている間にバカにされたタイナは早く出て欲しいという気持ちがその理解よりも優先された。
「それで国王の病気の原因が分かりましたよ。佐渡江課長はいますか?あと萌炉先輩は?」
「落ち着けよ。今接続中だから」
出内はタイナをなだめた。まるでだだをこねる子どもをなだめる親のようだ。
「もしもし?まだ解決しないの?遅いわよ」
「谷津辺、私に似せたNPCには指一本触れていないでしょうね!」
続いて佐渡江課長と萌炉先輩が接続して応答した。三人はタイナのいるゲーム内とは別の仮想世界にログインしていた。そこは開発関係者のみがログインを許された仮想空間で、タイナがGRAWにログインする前にNPCを生成したあの場所である。佐渡江課長と萌炉先輩は開口一番に文句を言わないと気が済まないのか。それよりも今は国王のことが最優先だ。
「それよりも、分かりましたよ。国王の病名とその原因が!」
「お前にしては早いな!」
「それで原因は何なの?」
タイナが本題について話し出すと、出内係長はその速さに驚き、佐渡江課長はすぐに原因を尋ねた。
「はい。国王は過度のストレスにより体調を崩されていました」
「ストレス…だと?」
「何のストレスなのよ」
タイナは国王の話を聞いて推察した原因を端的に説明した。出内は焦りの色を隠せずに聞き返し、佐渡江はその原因を追究する姿勢で重ねて尋ねた。
「はい、どうやら国王は現実時間の昨日、ゲーム時間では60日前から、現実の国際情勢の問題を考えて悩み続けているうちにストレスで体調を崩したようです。だから、国王の悩みを解決させれば体調は回復するはずです!」
タイナは自身の考えを堂々と説明した。受話器の向こう側は沈黙した。萌炉がその数秒の沈黙を破り口を開いた。
「まさかとは思うけれど、国王が何で悩んでいるのか理解しているよね?」
「はい。もちろん。〇メリカとロシ〇・中〇・〇朝鮮との対立、〇リミア併合について、ですよ。だから、それを解決させれば国王の体調は回復しますよ!」
萌炉の問い掛けにタイナは断言した。受話器の向こう側は再び沈黙した。
「あのねえ、その問題を解決出来る人が、こんな潰れかけの会社にいるわけがないでしょう!」
「そうなんですよ!俺には無理です!どうすれば解決しますかね?」
萌炉は受話器を耳に当てているタイナの首が、その勢いに押されて傾くほどの大声でタイナの意見を否定した。それを聞いたタイナは真剣な顔で解決策を尋ねた。萌炉は呆れて返す言葉を失うと口を閉じた。
「谷津辺君はバカなのかしら」
「そんな酷いですよ!俺、ちゃんと仕事しましたよ。原因を見つけましたよね?だから褒めて下さいよ!」
佐渡江のタイナに対する評価を聞いて、タイナは佐渡江に盾突いた。そして自分の成果について正当に評価するように求めた。
「まあ、谷津辺君がバカなのは仕様だとして、見つけてくれたことには感謝するわ。ありがとう、お疲れ様」
「い、いえ、別に大した事はありませんよ」
佐渡江はため息をついてから感情を込めずにメモを読み上げるような声で話した。タイナはうれしくなり少し照れた。
「そうね。これくらいなら普通はもう少し早く見つけられるはずよね」
「遅いのよ、谷津辺は」
「そんな…。久し振りにほめてもらえたのに…」
調子に乗るタイナの声を聞いて佐渡江はすかさずタイナに文句を付けた。萌炉もその後に続けて文句を付けた。タイナは気持ちが落ち込んで言い返す気力も失い、口を開けたまま声は途切れた。
「いや谷津辺、そもそも褒められてはいないぞ」
出内は冷静な口調で指摘した。それがタイナの落ち込みに拍車をかけた。
「さてと、原因が判明したから国王の体調を回復させる方法を考えないといけないわね。何か良い案はあるかしら?現実的な方法でね」
佐渡江は黙るタイナを放置して、全員に意見を求めた。ここで話について行けなくなるのは寂しい。それに国王と話したのは俺だけだ。
「適当に“解決しました”とウソでも付けば信じますよ、あの国王」
タイナは気を取り直して国王と話した感触をもとに自分の意見を出した。
「ダメだよ。どこから現実世界の問題を手に入れたのかは分からないけれど、もしかしたらバグのせいで現実世界の情報が混入した可能性があるかもしれないから、今の国王は廃棄して新しい国王に変えた方が良いと思います。そして是非とも次の国王はおじいさんではなく美男子でお願いします!」
萌炉は自分の趣味嗜好を混ぜて国王の交代を提案した。
「…す」
「あら、どうしたの出内君。意見があるならどうぞ。そう言えばいつもより静かね」
出内は誰にも聞き取れないほどの小さな声で意見を出した。それを聞いていた佐渡江課長は出内係長の様子が普段と違うように感じていた。佐渡江課長は仮想世界で端末を操作しながら出内に意見を言うように促した。
「ダメです!国王は代えません!」
出内は、今度は有り余る情熱が噴き出したような大きな声で意見を出した。
「えー!どうしてですか?」
萌炉がその意見を聞いて不満を顕わにした。
「あの痩せた枯れ具合が良いんじゃないですか!それがどうして分からないんですか?」
「分かる訳ないわよ!おじいさんに興味ないもん!」
「そう言えば出内係長は好きでしたよね、国王のこと」
出内は熱く語ることで同意を得ようとしたものの、それは誰にも伝わらない。賛同は得られないけれども、タイナからの同情だけを得た。
「ええ大好きですよ!あんなおじいさんと老後を共に暮らしたいです!」
「意味が分からない」
「分からなくて結構です!」
出内は開き直ると老後の夢を語り出した。萌炉が当然のように同意しない姿勢を見せても、出内は挫けない。
「さてと、昨日のログイン履歴を確認したみたら、第二開発部門から神様というアカウントで1回ログインされているわね。これ、誰かしら?」
佐渡江は仮想世界の端末でログインの履歴を調べていた。そこに残されていた不審な履歴について全員に質問をした。
「あ、もうすぐ会議の時間なので落ちますね」
「今日の会議はリスケにしたわよ」
出内がさりげなくログアウトしようとしたけれども、佐渡江は出内の腕を掴み、それを阻止した。
「出内係長、どうかしましたか?何か心当たりでも?」
佐渡江は出内に笑顔で話し掛けた。出内はその顔から眼を逸らして俯いている。やがて出内は大量の冷や汗をかきはじめた。
「萌炉先輩!出内係長を確保しましょう!」
「私に指図するな!谷津辺のくせに!」
タイナが萌炉に指示を出したけれども、萌炉はタイナに顎で使われるのは癪に障るので、それを拒否した。出内は佐渡江に握られていないもう片方の手でコンソール画面を出すとログアウトのボタンを押そうとした。
「大丈夫よ。既に私の権限で出内係長のログアウトのボタンは無効化済みよ」
そのログアウトのボタンは通常とは異なり灰色の状態で表示されていて、出内はそれを押してもログアウトが出来ないことに焦りながら何度も押した。何度も押してみてもログアウトが出来ないので、諦めた表情を浮かべて出内はうなだれた。
「さすが佐渡江課長です!」
「調子良いんだから」
タイナが佐渡江を賞賛すると、萌炉が不愉快な声を出した。
「それで、出内係長。神様のアカウントはあなたが使用したのかしら?一体何をしたのでしょうか?」
佐渡江は優しい声の中に怒気を含めて出内に質問をした。出内の腕を握る佐渡江の手は無意識に力が強くなる。出内は苦笑いした。
「まあ、バレますよね。時間が無くてログインの痕跡を消し切れていない事は認識していましたから」
佐渡江が出内の腕から手を離すと、出内は逃げる様子もなく話し始めた。
「そう言えば、谷津辺がログインする少し前に、出内係長は“現実の世界を救う救世主になりたい”と話していたけれど、それと仮想世界の国王に何かしたことに関連があるんですか?」
「そうだ。確か“昨日、俺はその野望を叶えるための第一歩を踏み出したところだ”とか話していましたよね?」
萌炉は思い出したことを絡めて出内に質問した。それを聞いていたタイナも出内の台詞を思い出して、萌炉の質問に重ねた。少しの沈黙の後、出内は顔を上げて話し始めた。
「ええ、そうですとも!俺は現実の世界を救うために、VRMMO内の国王のAIに現在の世界情勢を学習させた上で、世界が平和になるための解答を導き出そうとしましたよ!怪しまれないようにしたつもりですが、ログインの痕跡を消す時間が足りなくて。私としたことが作業時間の見積もりを見誤りました。それでも谷津辺が気付くよりも早く答えが出ると信じていましたよ。むしろ、谷津辺なら気付かないだろうと安心していました。それは油断したと言えるのかもしれませんね」
出内は自分が救世主であるかのような高飛車な口調で犯行を自供した。
「現実世界を救うためにゲーム内のAIに頼るなよ!そういう事は自力でやれよ!」
それを聞いていたタイナが上司である出内を扱き下ろした。タイナは自分には気付けないだろうと高を括られていたことに腹を立てていた。
「俺にそんな力は無い!それに、あの国王は優秀だ。他国との外交や貿易について一度も戦争をせずに諸問題を解決して国を導いている。素晴らしい実績だよな。それなら是非とも、その見地で現実の世界の問題を解決してもらおうと思うのが普通だよな?」
出内は国王の功績を称え、その力を現実の世界でも活かせると考えて国王に試練という形で現実の世界の難問を考えさせようとしたことを自白した。
「それはまあ、あのゲーム内の他国の国王には戦争という概念を持たせてはいませんからね」
「え、そうなの?」
萌炉がゲーム内の設定について簡潔に説明すると、出内は驚いた様子で萌炉の顔を見ると声を上げた。
「仕様書では“他国についてはゲーム内の国王に従属するもの”と書いていますから、プログラムでは他国の王はAIではなくNPCにしています。まあ、その方が工数も少なくて済みますよね」
「そ、そうなのか。俺としたことが。そこを見落としていたとは!」
萌炉がGRAWのゲーム内の仕様について詳しい説明を付け足した。出内はそれを知ると力が抜けてその場に座り込んだ。
「係長、落ち込まないで」
タイナは出内に呼び掛けた。
「谷津辺君!」
「落ち込まないで、早く国王を悩みから解放させる方法を考えて下さい!俺にはそういうの出来ませんから!」
出内はタイナの励ましに少し嬉しくなりタイナの呼び掛けに応えた。すると、タイナは嫌味を含む声で出内に解決策を考えるように要求を出した。
「うう。すまない。思い付かないよ。でも廃棄だけはやめて!お願いだから!」
出内は部下からの要求に応えられない不甲斐なさを詫びた。それでも現在の国王を廃棄することは何としても阻止させたいらしい。
「あのおじいさんを廃棄して美男子国王に変えましょう!」
「お願いだから、それだけは勘弁して!今の国王を廃棄しないで!」
それを聞いても萌炉は自分の趣味嗜好を押し通そうとした。それは出内には辛いものなので、出内は係長としての立場も忘れて廃棄しないように懇願した。それを聞きながら考えていた佐渡江が口を開いた。
「まあ、美男子国王には賛成だけれども、今回の対処については谷津辺君の意見を採用するわ」
佐渡江の考えを聞いていたタイナは身に覚えがない事を言われたので驚いた。
「え、俺の?俺…何か意見しましたか?」