表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/12

レポート5

「NPCの設定を決める時に“念のため二人とも強い女の子にしよう”云々と言いながら決めたよね。これだと主語が無いから自動的に主語が補完されて“自分よりも二人とも強い女の子”になるから、それで谷津辺よりもNPCの立場が上に設定されているね。つまり、これはバグではないよ」

 それを聞いたタイナは驚きながら声を上げた。

「うそでしょ?俺のせいなの?!」

「そうだね。つまり、仲間のNPCは谷津辺より強いから立場が上だと主張しているんだろうな。まあ、後は頑張れ」

 タイナは出内の責任感の無い声を聞いて肩を落とした。

「あの、設定をリセットしてもう一度始めからやり直したいんですけど、お願い出来ますか?」

「お願い出来ますか?と聞かれて、はい、良いですよと答える訳が無いだろう!準備のためにどれだけ時間を掛けたか知らないとは言わせないぞ!それをもう一度やれと言うのか?すごく面倒だし、進捗の遅れにもつながるから出来ない!諦めろ!」

 タイナは出内に恐る恐るやり直しを希望したけれども、電話の向こう側の出内から激しい勢いでそれを拒否された。まるで電話から風速20メートルの突風が吹いたようにその勢いに圧倒されてタイナは目を強くつむり、出内が言い終わるまでそうして耐えた。

 そう言われて、「はい、そうですか」と諦める訳にはいかないんだよ。任務を行なう上でも、今のままでは連携を取りにくいし、そもそも仮想世界でも虐げられるのは辛過ぎる。

「それなら、せめて仲間のNPCのパラメータの変更をお願いします!」

「仕方ないな。どれ…」

 タイナの気持ちが通じたのかは分からないけれども、出内は仮想のコンソール画面を開いてNPCのパラメータを確認した。

「あれ?」

「どうかしましたか?」

 出内は仮想のコンソール画面を何度も操作した。それなのに思うように操作が出来ない。出内はパラメーター変更の操作を諦めた。

「何故か仲間のNPCのパラメータを表示させても変更が出来ないな。これもバグだな。すぐには修正は出来ないと思うから、しばらくは様子見してくれ」

「そんなあ。勘弁して下さいよ。このままの状況が続くのは辛過ぎますよ。まともに任務が出来ませんよ」

 出内は諦めの境地を悟り、晴れやかな気分でタイナに様子見するように言うと、タイナはそれでも諦めずに出内へすがりつくように電話を見つめた。

「まあ、大抵の仕事とは辛いものなんだ。辛いから誰もやりたがらない。だから仕事として与えられる。そういうものだ」

「何か良いことのように言われても、辛いものは辛いし、嫌なものは嫌です!」

 タイナは出内の根拠のない仕事論で説得されても、それには納得が出来ないので、自分の心境を訴え続けた。

「ちっ。ダメか。残念だけれど、そろそろ別件の打ち合わせの時間だから。まあ、また何かあれば連絡してくれ」

 出内がそう言うと受話器から電話を切る音が聞こえた。タイナが言い返す間も与えずに電話は切られた。

「いや、まだ何も解決していませんよ!もしもし?打ち合わせは何時までですか?その間は誰が俺の問い合わせに答えるんですか!あーもう!どうすれば良いんですか?!」

 電話を切られてもタイナは電話に向けて呼び掛け続けた。しかし、出内からの応答は無いので、諦めて電話を切られた事実を受け入れた。あの人、説得に失敗して舌打ちしてたよな。ああ、もう。どうすれば良いんだ!タイナは電話をアイテムリストに仕舞うと、二人のもとへ戻りながら考え続けた。このまま逃げる手もある。けれども仕事だから逃亡がバレたら佐渡江課長からすごく怒られる。くそぉぉ!ログアウトしてぇ!あれ?でもそう言えば例えレベル1でも管理者権限でログインしているんだよな。と言うことは、普通なら変更は出来ないことも出来てしまうのではないだろうか。そうだよな。それならひとつ試してみるか。


 スマとローリエが広場でタイナの戻りを待ちながら大道芸人の傘回しを見て時間を潰していた。

「すばらしいわ。傘の上で回る升がランダム係数により微妙に位置がズレていくのに、そのたびに微調整をして回し続けているのね。回しているのがタイナなら“もし5分以内に落としたら尻を百叩きするわね”と優しくささやいてあげたいわね」

「そうですね。私はその傘を回すタイナの脇腹を優しくつついてあげたいです」

「あの、言葉に“優しく”と付ければ何でも優しさになる訳ではないと思いますよ」

 タイナは傘回しを見ながら自分について語り合うスマとローリエを見つけた。そして言葉遣いに気を付けながら話し掛けた。

「あら、いたのね。それで、気持ちの整理はついたのかしら?まあ、どちらかを選ぶ必要はないわよ。いわゆるハーレムルートというものよ」

 スマはタイナがいることに気付いているにも関わらず、あえて気付いていない振りをした。

「その前に聞いて欲しい話しがあります」

「何かしら?聞いてあげるわ」

 タイナは神妙な面持ちでスマに話し掛けた。スマは相変わらずの態度で応対した。

「確かに君たちNPCは強い。どれくらいかと言うと確実に俺よりも強い。それは認めます。けれども、俺はこの世界の管理者だ。それがどういうことなのか分かりますよね?」

「タイナのことは、この世界の管理者だと認識しているわ。タイナはこの世界の数々の問題を解決するために送り込まれて来たのよね?」

 タイナの話を聞いたスマの表情に不満の色は無い。ローリエもスマに同調してうなずいている。

「そう。俺は仕事としてあらゆる問題を解決するためにここへ送り込まれて来た。俺にはその数々の問題を解決するために管理者権限というものが与えられているのだ。つまり、例え腕力は弱くても、この世界で誰にも出来ない事がこの俺にだけは出来るということだ。言い換えるならば、この国を治める国王ですら出来ない事が俺には出来る。例えば、俺はこの世界を終わらせることさえ簡単に出来るのだ。それは国王ですら持ちえない強大な力が俺にはあるということなのだよ!」

 まあ、管理者権限で何が出来るか全然知らないけれど、ウソではないはずだ。これで少しは俺のことを認めてくれると助かるのだけれど。タイナはスマとローリエの様子を見た。二人ともタイナの話を聞いて真剣な顔で考えている。あ、あの偉そうな口調は、まずいかな。タイナは途中から悦に入り、偉そうな口調で話を進めたことに不安を感じた。スマとローリエは考えがまとまるとタイナの顔を見た。タイナは怖くなり思わず後ずさりをした。

「なるほどね、確かにそうだわ。タイナがコンソール画面からこの仮想世界を完全に消去するコマンドを実行することは可能だものね。それはこの世界でのひとつの力として作用するわ。つまり、それも強さのひとつと言えるということよね。腕力だけで上下関係を決めたのは謝るわ。ごめんなさいね。ほら、あなたも謝りなさいね」

 え?俺、そんなコマンドの実行も出来るのか?どういうコマンドか知らないんだけれど…。

「ご、ごめんなさい」

「いや、分かれば良い。分かれば良いのだよ。ふはははは」

 タイナは笑い終えるとコンソール画面を確かめた。何とか言い包めることは出来たけれども、スマとローリエのパラメーターを見る限りどこも変化はしていないな。つまり、管理者権限の俺の言葉でも、NPCのパラメーターを変えることは出来ないらしい。この事から問題点は2つあると判明した。ひとつは、それなら俺の管理者権限はどうすれば発動が出来るのだろうかという問題だ。この仮想世界を終わらせるコマンドの実行権があるのにもかかわらず、NPCのパラメーターを変えられないのはおかしい。そしてもうひとつは、あの程度の出任せで言い包められたNPCたちは、パラメーター値よりもバカなのではないだろうかという問題だ。この仮想世界を終わらせるコマンドの実行権があるけれども、俺がそれを知らないという状況に気付いていないのは問題だ。この先、この二人と行動を共にして本当に大丈夫なのか不安だな。

「ところで、早くお手紙を見た方が良いと思いますよ」

 タイナがコンソール画面を見続けていると、ローリエは黙り込むタイナがつまらないので、その不満をぶつけるように声を掛けた。

「あ?ああ!そうだ、忘れていた。仕事するか」

「45秒前に“俺は仕事としてあらゆる問題を解決するためにここへ送り込まれて来た”と発言していたのを忘れたんですか?タイナの記憶力は大丈夫ですか?」

 慌ててアイテムリストを開こうとするタイナに、ローリエは楽しそうな顔を見せながら意地の悪い言い方で責めた。お、言葉遣いがどうのこうのと言わないで話を続けたぞ。俺のことを見ているスマも特に何も言わない。本当に反省をして態度を改めてくれるようだな。まあ、とりあえずはこれで良いか。

「うるさいな。どれどれ」

 タイナはアイテムリストの中から“「社外秘」NPCである国王の想定外の状態について”という手紙を見つけた。

「これか。ゲームの世界観を微塵も感じさせない件名の手紙だな。中身もビジネス文なら捨ててやろうか」

 タイナはその手紙をアイテムリストから取り出すと封を切り中の便箋を開いた。手紙はVR映像ではなく紙に文字で書かれたものだ。


   お疲れさま。以下に今回の任務を説明します。

   以下

   今回、解決するべき問題は国王の病気についてです。

   本来、NPCである国王が病気になるというシナリオは用意されていま

   せん。つまり、これは大変な問題です。

   なぜなら、もし国王が崩御して配下のNPCたちが内乱を起こしたら、

   客であるプレイヤーがNPCの兵隊に殺されるという地獄絵図のような

   世界になるかもしれないからです。

   その手のサービスを売りにするVRMMOも他社では存在してはいます

   が、今の法律では全年齢が対象のVRMMO内ではプレイヤーがNPC

   に殺されないように構築する事が法律で義務付けられています。

   GRAWも全年齢が対象のVRMMOなので、もしもそういう内乱が起

   きたら、即座にサービスを停止して問題の内容を総務省に報告しなけれ

   ばなりません。

   サービスを停止したら、会長や社長の前でチームの全員が締め上げられ

   ることになるでしょう。それを回避するために谷津辺君は国王の病気の

   調査をして下さい。

   出来れば病気の原因を見つけて病状を回復させることまで出来たらなお

   良いです。

   そのために、国王にも会えるように谷津辺君の身分を一時的に神殿長の

   代わりに病状の回復のために祈祷をする神殿の従者にするので、その身

   分で城へ侵入して調査を進めて下さい。

   この手紙を読み終えれば谷津辺君とNPCの二人の衣装を神殿の従者に

   変えるように設定しておきました。

   それと身分を保証する物として神殿からの書簡も用意してあります。そ

   れもこの手紙を読み終えると自動的に生成されるように設定してありま

   す。

   神殿からの書簡を起動させている間はNPCたちは谷津辺君を神殿の従

   者と認識するはずなので、くれぐれも書簡は失くさないように気を付け

   て下さい。

   それでは成功の報告を期待しています。佐渡江より。


   この手紙を読み終わりましたか?「Yes/No」


「なるほどねえ」

「何が書いてあるのかしら?私たちはどこへ行かなければならないの?」

 タイナが手紙の内容を黙読し終えると、スマがその内容を尋ねた。タイナは手紙から顔を上げると、真面目な顔でスマとローリエを見た。

「いや、これは楽しみだな。げへへへへ」

 一瞬にしてタイナの真面目な顔は崩れて、鼻の下を伸ばすと、品の無い笑い声を上げた。

「な、何か良からぬ事を想像していますよ」

「まあ。管理者権限のアカウントでも、変なことをしたら、また殴り飛ばしてあげればいいわよね」

 それを見たローリエが怯えると、そのローリエを守る盾ようにスマはタイナとローリエの間に入り身構えた。

「さあて、二人とも覚悟しろよ。お楽しみのお着替えの時間ですよ!」

 タイナは手紙の一番下にある“この手紙を読み終わりましたか?「Yes/No」”の欄にあるYesに指でチェックを入れた。

 すると、乾いた小さな破裂音と同時に煙が立ち込めて、その煙はタイナとスマとローリエの身体を包んだ。

「な、何だ?何だこれ!」

「あら、知らないの?衣装の変更よ。この世界では常識よね」

「何か良からぬ事を想像していたみたいだけれど、もう、驚かせないでよね」

 驚くタイナに対し、スマとローリエは冷静に説明した。そして、その煙が消えると三人は神官と巫女の装いに改められていた。

「なんだよこれ!おかしいだろ!」

「何がおかしいのかしら?神官と巫女の服だけれども、これから神殿にでも行くのかしら?」

「おかしいよ!衣装チェンジと言えば着ている服がはだけて、素肌が露わにされて色々なところが見えてから新しい衣装に変わるのがお約束と言うものだろ!違うのか?これはどう考えてもバグだよな?」

 タイナは自分の考えていた衣装チェンジのシーンとはまるで違うことが不満で、身振り手振りを交えながらそれを具体的に説明した。

「違うわよ。少し考えてみて。全年齢が対象のVRMMOなのよ。広場の真ん中で裸になるイベントなんて起きる訳がないのよ。もしもそれをしたら、間違いなくこの世界の衛兵に捕まるわよ」

「バグにやられているのはタイナの頭の方ですよね。どういう想像をしていたのかは、そこまで説明しなくても分かりましたよ。ずばり変態ですね」

「くそ。つまんない仕事だな。少しくらいは楽しみを残してくれよな」

 スマとローリエは熱くなるタイナを見て呆れた顔で説明した。タイナはスマとローリエに言い負かされたように感じるとへそを曲げた。

「それよりも、私たちの裸を期待したことについては、お仕置きが必要よね?そう思うわよね、ローリエも」

「そうですね。タイナさんの上司に報告しておきましょうか。そちらの世界ではこういうのはセクハラと言うそうですよね?」

「それだけはご勘弁ください!」

 スマの意見にローリエが賛成すると、タイナは間髪を入れずに謝罪した。現実の世界で謝りなれているタイナの低姿勢な謝罪の姿は、ビジネス書の手本のような見事な最敬礼で、それを見たスマとローリエはほくそ笑んだ。

「佐渡江さんと、萌炉さんと、出内さん、三人のうち誰に報告しておきましょうか?」

「せめて出内係長で」

 ローリエが三人の名前を上げると、タイナは出内の名前を選んだ。男ならこの気持ちを理解してくれるはずだ。でも、あの人は女に興味がないから理解してくれないかもしれない。それでも、佐渡江課長と萌炉先輩に告げ口されるよりはまだマシだ。

「佐渡江さんにしてあげましょう」

 スマは三人の名前を上げた時のタイナの顔を見て、佐渡江の名前を挙げた時が一番焦りの色が濃いと判定して決めた。

「鬼!悪魔!」

 タイナは目に涙を溜めながら二人を罵ると、その涙が溢れて頬を流れた。

「勘違いしないでね。これはタイナには立派な仕事をして欲しいからこその愛の鞭なのよ。分かるわよね?だから、私たちのことを嫌いにならないで欲しいわ」

「そうよ。これもタイナのためなのよ」

 タイナの泣き顔を見て、ローリエとスマはタイナのためと説明して易しく慰めた。タイナは涙を拭い、顔を上げた。スマとローリエはタイナを心配して見つめていた。少しの間、タイナはその顔に見とれた。

 そうだ、この娘たちは俺のことを好きだという設定だよな。何だかんだあるけれども、つまりこれは俺のハーレムだ。ある程度は態度を改めて対等に話せる仲にもなれたし、夜に愛を深めた後に佐渡江課長へは報告しないように説得も可能かもしれない。それなら、夜まで待てば良いだけのことだよな。ぐへへへへ。よし、今日の仕事は今日のうちに!早く片付けてしまおう!夜の愛の時間の準備もしておかないとだしな!

「わ、分かりましたよ。仕事しますよ仕事!さあ、城へ行くぞ!」

 タイナは威勢の良い声を上げて歩き始めた。スマとローリエは仕事の内容を知らないまま、その場の雰囲気に流されてタイナの後に続いた。

「はい。お供しますわ。神官様!」

「行きましょう!」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ