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レポート4

「久し振りに来たのに、何も変わらないな」

 完全型VRMMO方式のゲーム“GRAW”にログインした谷津辺タイナは辺りを見渡した。そこには中世のヨーロッパを模した世界が広がる。タイナは街の市場のとなりにある始まりの広場の中央にいた。

「最後に来たのは、確か就職前だから2年前くらいか。仲間内で別のVRMMOが流行り始めたから乗り換えてからは来ていないから、それ以来か。それにしても、あまりにも変化が無いのも逆に驚きだな。まあ、ゲームだし、そういうものか」

 突然、目の前に女性が現れた。ログイン前に具現化プログラムで生成した佐渡江に良く似たNPCの女性だ。

「初めまして。あなたがタイナね。私の名前は…」

 NPCはそこまで言うと動きが止まり、“このNPCの名前を入力して下さい”という画面が表示された。

「NPCの名前かあ。そう言えば決めてはいないな。面倒だし、佐渡江須磨美で良いよな。佐渡江と呼び捨てにするのは背徳感があるし、良いかもしれない」

 その瞬間、タイナの脳裏に佐渡江の怒りに満ちた顔が浮かんだ。いや、やめておこう。怒られる気がする。動物的な直感がそれをはやめておけと俺に自制を求めている。それによく考えてみれば今は仕事中だ。遊びではない。真面目に決めよう。とは言え「スマミ」と下の名前を付けても怒られるに違いない。タイナは少し悩み、それから画面に「スマ」と入力した。

「スマよ。よろしくね」

 あれ?確かもう一人いるはずだよな。タイナは辺りを見渡してもう一人のNPCを探した。少し離れた所から小刻みな足取りで掛けて来る女の子を見つけた。萌炉先輩によく似たNPCだ。その女の子はタイナの側に来ると息を切らしながら自己紹介を始めた。

「遅れてすみません。私は…」

 スマの時と同様にそこまで言うと動きが止まり、“このNPCの名前を入力して下さい”という画面が表示された。同じ法則で命名するならば“リエ”か。何か普通だな。大体、本名が「りえち」とか有り得ない名前だよな。“りえち”と入力したら萌炉先輩も怒るだろうなあ。それはそれで面白いけれど、佐渡江課長に報告されると後で面倒な事になる。それに、“りえち”のインパクトを超えることは不可能だ。「リエ」の前の文字は「ロ」か。「ロリエ」は笑えるな。その名前を思い付いた瞬間、タイナの脳裏に萌炉の冷ややかな視線を送る顔が浮かんだ。さすがにまずいな。多分、世の中の風潮的にも。それならこうしようか。タイナは画面に入力して決定を押した。

「ローリエです。よろしくお願いします」

 植物の名前だから大丈夫だろう。

「ああ。俺はタイナだ。二人ともよろしくな」

 タイナは握手をしようと手を差し出した。その瞬間、スマはタイナの顔面を拳で殴り付けた。その勢いは激しく、タイナの体は回転しながら飛ばされて、広場の端の壁に当たり、そこで止まるとそのまま地面に落ちた。

「痛てえぇぇ!何なんだよ急に…」

 タイナはあまりの痛さに起き上がれない。顔の形は原型を留めていない。殴り付けたスマが野次馬の男を押し退けて静かに近寄り、タイナを見下ろしながらその質問に答えた。

「初対面で立場が上の人に対して馴れ馴れしい口の利き方をするのはとても失礼ですよ。つまりこれは教育的指導よ」

「あれ?俺がこの仮想世界で最強のはずなのに、何かおかしくはないか…?」

 タイナはそのまま気絶した。野次馬の間から出て来たローリエが治癒魔法でタイナの手当てを始めた。


 タイナは気が付いて目を開けた。空が見える。今日の空は日本晴れ。仮想世界でも日本晴れと言うのかな。そもそもGRAWは西洋風の世界なのだけれど。

「気が付きましたか?」

 突然、ローリエの顔が覗き込んで来た。驚くタイナを見てローリエは微笑む。

「まあ、殴られても仕方がありません。随分と失礼な態度でしたからね。でも、殴るのは良くないと思うので、私は殴りません。つねるくらいで許してあげます」

 頭の上で説教をするローリエを見てタイナは「もしかすると、これは夢にまで見た女の子の膝枕というものか?」と期待した。頭を動かしてその下に何があるのかを確認すると、そこは地面で後頭部には砂が付いていた。砂が後頭部の頭皮を刺激して地味に痛い。膝枕ではないのか。悲しい。タイナは頭を上げて周りを見た。どうやらそこは始まりの広場の隅にある木の下のようだ。スマかローリエのどちらかが気絶した俺を移動させたのだろう。

「治療してくれたのか。ありがとう。で、俺を殴り飛ばしたあいつは?」

 タイナは起き上がり後頭部の砂を払い落とした。

「こらっ。あいつとか言うと、また殴られますよ」

 そう言うとローリエはタイナの左腕に軽く触れた。

「痛っ」

 腕が痛い。壁に打ち付けられた時か地面に落ちた時か、よく覚えてはいないけれども左腕を痛めたらしい。顔面は治療されて痛くはないけれども、腕はまだ治療されていないようだな。

「まだ痛みますか?ここはどうですか?」

 ローリエの指は左の肩を軽く撫でた。

「そこも痛い」

 タイナは痛さで顔を歪めた。

「本当に痛そうですね。それじゃあ、治療してあげますね」

 ローリエはその手をタイナの患部にかざした。魔法陣のようなものが表示されると治療を始めた。

「おおっ。痛みが引いていく」

 タイナの治療が終わる頃に、遠くからスマが歩いて来てタイナの側で腰を落とした。

「いきなりでごめんなさいね。でも失礼なのはタイナの方ですからね」

 スマは爽やかな笑顔でタイナに詫びた。ストレスのパラメーター値がゼロのような笑顔だな。俺を殴り飛ばしたからなのか。それにしても、NPCにこの仮想世界の礼儀作法をとやかく言われたくないな。とは言え、また殴られるのは勘弁して欲しい。

「こちらこそすみません。実は私は現実世界と言う別の世界から来た者で、こちらの礼儀作法はあまりよく理解していません。どの辺りが無礼な振る舞いか教えてもらえますか?」

「まずは言葉遣いよね。初対面の目上の人に対して馴れ馴れしいところとか」

 下手に出たタイナに対して、スマは腕を組みながら説明した。

「ええと、なぜスマさんが目上なのでしょうか」

「そういう設定だからよね。その設定はタイナの望み通りのはずよ。それと、私はタイナが現実世界から来たことを理解しているわ。もしも私に問題があるなら第二開発部門に問い合わせてみてちょうだい」

 相変わらず上から物を言うけれど、事情通のNPCとは斬新だな。まあ、確かに身長は俺と同じくらいで、出る所は出て絞るところは絞られたナイスバディだし、話し方は頭が良さそうだし、あの腕力だから文武両道だな。確かに俺の望み通りだ。でも待てよ、そうすると…。

「でもね、お詫びの印にはならないかもしれないけれども、これだけは言わせてちょうだい。これでも私はタイナのことが好きなのよ」

 スマは偉そうな態度はそのままだけれども、少し恥ずかしそうな声でタイナに告白した。本当か?!タイナはその告白に衝撃を受けた。それを聞いたローリエが横から割り込んだ。

「ちょっと!抜け駆けは良くないと思います!あの、ローリエもタイナの事が好きですよ」

 ローリエは照れながらタイナに告白した。お約束のハーレム展開が来たー!!と、喜ぶのは後にしよう。どうも設定が変だから先に問い合わせておこう。

「すみません、少し席を外します」

 タイナはそう言うと二人に背を向けて歩き、広場から出た。

「恥ずかしいのかしら?仕方のないことね」

「照れていますね。可愛いです」

 スマとローリエは都合の良い解釈を加えてタイナを待つことにした。


 タイナはアイテムリストを開くと、その中から電話を見つけた。これで外の人たちを呼び出せるはずだ。登録されている連絡先から第二開発部門を選ぶと発信のボタンを押した。それから5分が経過した。タイナは呼び出しの音を聞きながらいつ誰が出るか待ち続けていた。そうしてようやく通話が接続される音が聞こえた。

「もしもし。どうだ?順調か?」

 電話に出たのは出内係長だ。

「あ、出内係長、ちょうど出内係長にお聞きしたくて。その前に、電話に出るだけなのに時間が掛かりすぎですよ!何分待たされないとダメなんですか?」

「仕方が無いだろう。ゲーム内の時間は現実の60分の1に縮められているんだから。簡単に言うと現実の世界での5秒はゲーム内の時間で約6分だから、つまり、俺は現実の世界で5秒以内に電話に出ている。社会人として常識的な対応をしたんだ。お前に文句を言われる筋合いはない」

 タイナは出内の説明を聞いて冷静になると法律について思い出した。そうでした。現実と同じ時間だと一日中ゲーム内で過ごす人が増えて現実世界で社会問題になるから、法律でそういう設定にする決まりでしたね。でも、長いよ。

「そうでしたね、すみません。それで要件ですけれど、その、既に問題を2つ見つけました。ひとつ目は俺のパラメータ値が最強ではないようなのと、もうひとつは仲間のNPCとの関係の設定で、俺よりもNPCの方が上の立場だと言うんですよ。これ、バグですよね?」

「いや、違うと思うよ。パラメーターは全て最強のままだよ。あ、でも他のプレイヤーから見られた時はレベル1に見えるように細工した設定が悪さをしているのかもな。細工の設定を外せば大丈夫。最強だよ」

 タイナはひとつ目の質問に答えた出内の言葉を聞いて考えた。小細工の設定を外す?それはどうすれば良いんだ?操作用のコンソール画面を見直してみても、それらしいボタンは見当たらない。

「あの、どうすればその小細工の設定を外せるんですか?」

「さあ?」

 出内はそれ以外に何も言わない。沈黙の時間が流れた。さあ?って、どういうこと?

「それじゃあ俺は今からレベル1のままで調査を進めるんですか?無理ですよ!それにケガすると痛いし!」

「じゃあ、そこのバグについては調べておくから。他は?」

 今この人、俺がレベル1の状態を「バグ」と言いましたよね?やはりバグなんですね。さすが問題だらけのGRAWですね。

「もうひとつは仲間のNPCが俺より上の立場だとか主張している点です」

 タイナはもうひとつの問題を出内に伝えた。

「それは…。ああ、これだ」

 出内は画面を操作して、マニュアルを確認した。

「何ですか?」

「NPCの設定を決める時に“念のため二人とも強い女の子にしよう”云々と言いながら決めたよね。これだと主語が無いから自動的に主語が補完されて“自分よりも二人とも強い女の子”になるから、それで谷津辺よりもNPCの立場が上に設定されているね。つまり、これはバグではないよ」

 それを聞いたタイナは驚きながら声を上げた。

「うそでしょ?俺のせいなの?!」


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