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レポート3

「さてと、始めるぞー」

 出内は準備が出来たのでパソコンの画面に表示されているスタートボタンを押した。その時、谷津辺は思い付いて出内に話しかけた。

「その前にひとつ!お願いがあります!」

 出内は画面の次へのボタンを押す前に手を止めた。操作を途中で止められた出内は少し機嫌を悪くした。

「多分ダメだけれども何だ?」

「あの、俺のアバターですけど、お願いですから高身長で美男子にして下さい!」

 谷津辺は出内の声を聞いても機嫌が悪い事には気付かずに、とにかく自分の要求を伝えた。出内は小さなため息をついた。

「却下だ」

「何でですか?!」

 出内の返答を聞いた谷津辺はすぐに出内へ聞き返した。

「顔を変えたら俺らが区別を付けられなくなるだろう」

「そうよ、谷津辺君はその顔だから楽しいのに、それを変えられたら楽しみがなくなるから困るわ」

「顔を変える前に人格を変えるべきですよね」

 出内の不機嫌な回答の後に、佐渡江は笑顔で返答を追加した。萌炉も便乗して嫌味を言えたので喜んでいた。俺の顔は佐渡江課長の楽しみのために作られたものではない!でも、何をどうしても俺の要求は通らないだろうな。無理に押し通そうとしたら俺の精神が削られるだけだ。

「分かりましたよ!一言に対して3倍返しはキツイな」

 谷津辺は自分の要求が通らないので不貞腐れた。

「と、いう訳で顔と体格と残念な性格もそのままだな。その代わりに喜べ。始めから全てのスキルを持たせてレベルのパラメータは最大値だぞ。アイテムはリストの上限があるから全部は無理だ。こちらで選んだものを適当なものを入れておくからな」

「おおっ!チートスキル!まさに天下無双!それですよ、それ!」

 出内はゲーム内の設定についてようやく先に進められるので機嫌を直した。顔と体系は諦めた谷津辺だけれども、出内の説明を聞くと機嫌を直して眼を輝かせた。期待した以上の状況に興奮を隠せない。

「あ、でも、他のプレイヤーにチートがバレたら問題になるから、他のプレイヤーからは普通のスキルでレベルは最小値に見えるように細工をしておくからな」

 出内は説明を続けながらパソコンを操作した。スキルリストに全てのスキルを設定して、レベルのパラメータを最大値に変更した。別のフォルダに用意していたアイテムをまるごと選択してアイテムリストに放り込むと、別の画面からコマンドを入力した。すると、スキルリストとレベル表示の値はそのままだが、色は灰色に変化した。さらに別の画面からコマンドを入力すると、赤い文字で新たな設定が追加で表示された。スキルリストは全スキルが設定された状態で灰色にされた上に赤い文字で“表示無効化”と書かれ、レベル表示は値が最大の状態で灰色にされた上に赤い文字で“レベル1相当”と書かれた。

「えぇぇぇ!でもレベルのパラメーターが最大値というのは本当なんですよね?全てのスキルも持たせてくれるんですよね?それ、ウソじゃあないですよね?」

「あ、そうそう…」

「ちょっと!」

 谷津辺の質問を無視して出内はパソコンを操作して設定の作業を進めた。

「あとこれも喜べ!お前の仲間のNPCを2人用意出来るぞ。好きに選べ!」

「ほ、本当ですか?…よっしゃあぁぁぁ!絶対に女の子でメイドにするぞ!」

 出内から予想外の説明を聞いた谷津辺は、この日で一番の雄叫びを上げた。

「おい、仕事だぞ!自分の欲望を満たすなよ!」

「セクハラー」

 出内は谷津辺の反応が想像通りなので笑いながら注意した。萌炉は現実の世界でベッドに寝かされている谷津辺の身体に軽蔑の眼差しを送り続けている。それを聞いていた佐渡江は不機嫌な表情を浮かべた。

「違いますよ!俺は家事全般が嫌いだから代わりに掃除とか洗濯してくれる人がいないと困るんですよ!それに俺のステータスは全てのスキルをマスターしていてレベルも最大の天下無双の状態ですよね?それなら男の強い仲間は必要ないですよ。あ、けれど、女の子でも強い方が良いな。危ない場面では俺を助けて欲しいから」

 下手な良い訳だな。出内はそう思いながら、それを口からは出さずにパソコンを操作した。こいつ気持ち悪いな。萌炉は誰にも聞こえない声でつぶやいた。

「それならその二人をイメージしろ。具現化プログラムで構築してやる」

 谷津辺は眼を閉じて妄想を始めた。ええと、そうだな、二人とも強い女の子にしよう。ひとりは身長は俺より少し高めのお姉さんで、出ている所は出て絞るところは絞られているナイスバディーだな。頭も良くて何でもそつなくこなす文武両道で物静かな性格のお姉さんだな。もう一人は身長が低めで細身のまな板寸胴の幼児体型で、頭は普通よりも良いけれどドジなところもある妹のような存在だな。そして二人とも俺のことが大好きで、夜にはそれぞれと愛について語り合える関係になれますように!良し、完璧だ!

「はい。イメージ出来ました」

 谷津辺は出内にイメージが出来たことを報告した。このイメージの女の子と仮想世界の生活を満喫するぞ。お出掛けして、食事して、海とか川遊びも良いな。そして夜は…。どうしようかな、一週間を日替わりにしたら一日分だけ余るなあ。ケンカになるのは困るから、その日は3人で仲良く夜を過ごそうかな。もう毎日がうはうはだな。

「それじゃあ、生成してやる」

 出内は具現化プログラムの画面からイメージ生成のボタンを押した。すると、谷津辺の目の前に二体の身体が現れた。谷津辺が驚く声を出す間もなく、その二体の身体の形は見る見るうちに谷津辺の妄想に近い形へ変化した。いよいよご対面だな。最初の印象が肝心だ。俺は紳士だ。女の子に優しくして、好印象を与えよう。そして具現化プログラムにより、その二体の身体は佐渡江須磨美と萌炉りえちの二人に瓜二つな身体の女の子が生成された。その最終形態を見た谷津辺は顔を青くした。何だこれは!俺はこんなのを想像してはいない。これは何かの間違いだ。それとも俺への嫌がらせなのか?とにかく仮想世界でもこの二人が付きまとうのは勘弁して欲しい。

「へえ、似ているわね。鏡を見ている気分だわ。脇とか鼻に毛は生えているのかしら?」

「そこは妄想した人の想像力次第です」

 具現化プログラムの画面を覗き見た佐渡江は機嫌の良い声で出内に尋ねた。出内は淡々と答えた。

「おい!勝手に私の事を妄想するなよ!この変態め!」

「俺はこんな貧相なものなど想像してはいませんよ!」

 萌炉は谷津辺を罵ると谷津辺を映している画面に拳骨を食らわせた。谷津辺は想像とは違うものが現れたので動揺しながら萌炉を妄想したことを否定した。

「こんなの?それはどういう意味なの?」

「違うんです!全然違うんですよ!」

 萌炉は谷津辺の言い方が気に入らないので、谷津辺に問いただした。谷津辺は考えがまとまらずに、ただただ否定を繰り返した。

「まあ、良いじゃないの」

 萌炉は谷津辺を映している画面を何度も殴り続けた。佐渡江はそれを見て萌炉の腕を優しく握り、殴ることを止めた。

「でもぉ」

「それに、むしろこのままの方が楽しいわよ。後悔させないから。約束するわ」

「課長がそう言うのなら、従います。そのままで良いです…」

 萌炉は振り向いて不満気な顔を見せた。佐渡江は笑顔でその萌炉の頭を撫でた。萌炉は佐渡江に軽く抱き付くと、顔を埋めて了承した。

「俺は特に気にしないから、それでは、これはこのままで決定な」

「いや、困りますよ!これ、替えられないんですか?」

 出内は設定の作業を先に進めよとしたが、谷津辺はそれを止めた。出来れば変えて欲しい。これは仮想世界が天国になるか地獄になるかの重要な問題だ。佐渡江は萌炉を抱きながら谷津辺の反応に聞き耳を立てている。

「こちらは誰も問題視はしてはいない。ただ似ているだけだ。記憶とかは別物だから別人格だろう。だからこのまま次に行くぞ」

 そうなのか?まあ確かに、佐渡江課長と萌炉先輩が記憶データをコピーしてNPCに移植させるとは考えにくい。そういう重要な個人情報を簡単に提供するような人間ではないはずだ。そうすると似ているだけで別の人間という事か。萌炉先輩の方はどうでも良いけれど、佐渡江課長に似ているNPCか。まあ、それはそれでありだな。中身が違うならむしろ期待も出来る。

「んー、分かりました。仕方がないですね。先に進めて下さい」

 谷津辺は本音を隠して仕方なく進めて良いような言い方をした。それを聞いた佐渡江は胸を撫で下ろした。そして萌炉の様子が落ち着いたのを確認して佐渡江は安心した顔で萌炉から腕を放して作業に戻るように促した。

「始まりの地点はこちらで指定しておくからな。あと、解決するまでログアウトするなよ」

「任務についてはアイテムリストの中に手紙を入れておいたから、それを読んでNPCと計画を立てて行動しなさいね」

 出内は最後の仕上げの作業の手を止めずに説明した。佐渡江はその様子を後ろから眺めながら説明に付け足した。

「分かりました。それと、もし質問が出来た時とか、報告する時はどうすれば良いんですか?」

 谷津辺は任務を行なう上で不安な点を出内に質問した。

「それには2つ方法がある。ひとつはビデオメッセージを送り合う方法。まあ、ビデオではなくテキストでも送れる。その方法だと受け取るのは相手が気付いた時になる。もうひとつはお前が電話を架けて誰かが受け応える方法。呼び出しの音はこの部屋の全員に聞こえるから誰かがそれに出るはずだ。緊急連絡とかがあれば電話で良いぞ。とは言え、俺たちもいつでも取れるという訳ではないから、あまり期待はするなよ。どちらもアイテムリストに入れてあるからな。まあ、緊急連絡の方は無いだろうな。レベルが最大値で解決が出来ない事なんてないはずだからな」

「あ、そうだ。そうですね。それなら、まあ、良いか」

 ほとんど無敵の状態だよな。それを忘れていた。それなら何も問題は無いか。でもまあ、覚えておくとしよう。

「最後に資金だ。俺たちのほうで無尽蔵に用意は出来るけれど、出来ればそれに頼るのはやめてくれ。仮想世界が金余りでインフレになるかもしれないからな。まあでも、通常プレイヤーの5000倍は持たせてやるから安心しろ。それと、仲間の二人も仮想世界の中で食事をするし装備も整えてやる必要があるから無駄遣いはするなよ」

 出内の説明を聞いて谷津辺は素直に驚いた。

「すごいですね。普通の人の5000倍ですか?うちの会社は貧乏なのに大丈夫なんですか?」

「リアルのお金ではないからな」

「ああ、そうですね」

 あまりの金額に驚いてバカな質問をしたな。谷津辺は出内の冷静な回答を聞いて少し恥ずかしくなり顔を赤くした。

「これで以上だ。後は頼んだ。良い報告をくれよ」

 出内は画面上の完了ボタンを押した。谷津辺の視界にスタート画面が表示されると周囲は光に包まれた。

「分かりました。谷津辺、行きます!」

 谷津辺は気を取り直して仮想世界での任務に向けて気合を入れた。さあ、始まるぞ。仮想世界での楽しい生活が。最強の装備に最大値のレベルと無尽蔵な軍資金。一応、他の人にはバレないように細工はされているらしいけれど、これで面白くない訳がない。

「谷津辺君の机の上にあるガラクタは全部きれいに処分しておくから安心してね」

「こちらに戻らなくても困らないわよ。その世界に骨を埋めなさいね」

 谷津辺のやる気を削ぐように萌炉と佐渡江が声を掛けた。佐渡江課長は冗談だろうけれど、萌炉先輩は本当に机の上の美少女フィギュアコレクションを処分をしかねない。あれがないと俺は仕事のやる気が出ないんだ。あ、そうだ。忘れていた。机の上で思い出した。

「あの、佐渡江課長と萌炉先輩にお願いがあります!出内係長に全て説明させて後ろから野次馬見学をしている暇があるなら、報告期限の過ぎた俺の仕事を代わりに処理しておいて下さいね!はははははははは!それでは宜しく!」

 谷津辺は言い返すのに良い材料を見つけると、それを言い捨てた。

「あ、そう言えば進捗確認を忘れてた!お前!逃げるなよ!」

 萌炉の声はもう谷津辺には届いていない。谷津辺の視界には最終シーケンスが表示された。そしてそれも終わると全てが再び光に包まれた。

「もうすぐだ。来い!俺が一番最強の仮想世界!」


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