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レポート1

「以上でGRAWに関する問題についての報告を終わります」

 2000年以降のパソコン及びモバイル端末や周辺機器の急速な技術革新がゲーム業界に何度か革命をもたらした。その中でもVRMMOと呼ばれる仮想現実オンラインゲームの進歩は目ざましく、2070年には人間の意識がゲーム内にログインすることで、仮想世界を現実のように認識する完全型VRMMO方式が開発された。この完全型VRMMO方式とは、専用のヘッドギヤを装着することでユーザーの現実世界の五感を完全に遮断して、ログインした仮想世界を現実のように疑似体験するというものだ。これが現在の家庭用ゲーム業界の主力商品となり、既存のメーカーはもちろん、新規のメーカーも参入して、競い合うように様々な完全型VRMMO方式のゲームソフトが発表された。それから10年ほど経過してもその覇権を奪い合う状況が続いている。株式会社リターは2070年代に起業した後発のゲームソフト開発会社である。

 株式会社リターは都心から電車で1時間ほど離れた街に5階建ての自社ビルを構えていた。他に拠点は無く、開発部門や営業部門など全ての部門がそのビルの中にある。事業内容は家庭用ゲームソフトの企画、制作及び販売とサービス運営で、家庭用オンラインゲームの運営が会社の収益の9割を占めていた。ゲーム業界では最弱と言えばリターと言われるほど小さな会社で、さらに近年の経営状態は傾きかけている。自慢の自社ビルは駅前の賑わいとは無縁の裏通りにあり、陽の光が届かないせいで出入りする運送業者からは幽霊ビルと気味悪がられていた。近年はビルの老朽化も進み、その気味の悪さをより引き立てている。

 そのリターの唯一の稼ぎ頭と言えるゲームが「GRAW」だ。GRAWとは、“Garbage in the Rubbish Around the World”というリターが開発とサービス運営を行う完全型VRMMO方式のゲームのタイトルを略したもので、このゲームに関連する収益がリターの収益の8割を占めている。つまり、リターはGRAWからの収益が無くなれば倒産せざるを得ない状況なのである。

 そのリターの自社ビル内にある会議室に役員や開発関係者、それに関係各所の責任者が集められていた。どの顔にも気力が無い。GRAWに関する問題はあらゆる所に波及しているためだ。その全員の前で第二開発部門開発課課長の佐渡江須摩美はGRAWの問題についての報告を終えると一礼した。

「それで?これらの問題に対して、どう対策を立てて改善していくつもりなんだ?君はこれらの問題についてどう考えているんだね?」

 会長は報告を聞いて苛立ちを押さえられずに机を叩いた。

「緊急メンテナンスを行うべきだと考えております」

 佐渡江は毅然とした態度で会長に進言した。

「それはダメだ!絶対にダメだ!業界最弱であるわが社の唯一のドル箱VRMMOだぞ。緊急メンテナンスのためにサービスを停止するなんて絶対にダメだ!サービスを停止した分、売り上げが減少してしまう。そうなると、君らの給料も払えなくなる。下手をしたら倒産だぞ!」

 社長はサービスの停止が売り上げの減少に直結するため緊急メンテナンスには激しく反対した。しかし、自身もGRAWのヘビーユーザーなので、サービスを停止されると仕事のストレスを解消する場所がなくなるので困るという個人的な理由については隠している。

「しかしですね、問題を解決しないとですね。それが原因でもしも急にサービスが停止したら、それこそ大問題になる恐れがありますね。それならですね、計画的にサービスを停止して緊急メンテナンスを実施した方がですね、傷は浅く済みますという話ですね」

 運営部門の部長が社長に異を唱えた。けれども、意見を言い終わる前から会長と社長に睨まれて、運営部門の部長は身体を震わせていた。

「私もメンテナンスのためにサービスを停止することには賛成です。このままではユーザーのクレームがあまりにも多すぎて、もう今の体制のままでは処理をしきれません!」

 カスタマー課の課長も緊急メンテナンスを行なうべきという意見に賛同した。

「もしもサービスを止めてメンテナンスするとしたら、どれくらいの時間が掛かるのかね?」

 会長は佐渡江を睨むと質問をした。

「そうですね、もしもサービスを止めて問題の調査を行ない解決させるとなると、計画では約2ケ月で全ての問題を解決出来る見込みです」

「2か月だと?!」

「冗談じゃない!それじゃ赤字だ!倒産だ!」

 佐渡江の回答を聞いた会長と社長は声を荒げた。他の部門の部長や課長もその期間の長さに動揺して各々が声を上げていた。

「今や完全型VRMMO方式は90000時間の連続稼働は当たり前の時代に、メンテナンスのために1440時間もサービスを止めるなどあり得ない話だ!そんな事をしたら一瞬でユーザーが離れてしまうだろうが!2分で大手の人気作にユーザーを奪われてしまうぞ!競合他社のバンクラプトシーは1時間の緊急メンテナンスで大量のユーザーを失い、そのまま倒産したことを君は知らないのかね?!」

 会長は鬼気迫る表情でメンテナンスのためのサービス停止に反対した。

「そうですね、サービスの停止が2か月も続くのはですね、そのままサービス終了と同じ意味ですね。それは困りますという話ですね」

「確かに。ユーザーからのクレームも激増するでしょうね。とても処理しきれない。それはうちの課としても困ります」

 運営部門の部長とカスタマー課の課長も停止する期間を聞いて考えを改め、口をそろえてメンテナンスのためのサービス停止に反対した。

「例えば会長は90000時間の連続稼働は当たり前とおっしゃいましたが、その90000時間が来た時にサービスを一時的に停止してメンテナンスを行なうというのはどうでしょうか」

 口を挟んだのは販売部門の部長だ。ゲームは好きだが技術的なことには疎い男だ。

「君は何を聞いていたのだ?佐渡江君は冒頭で90000時間まで、あと8年もあると説明していただろうが!あと8年間も今の問題を放置する訳にはいかないからこうして会議を開いているのだよ!」

「す、すみません」

 販売部門の部長は会長に怒鳴られてすぐに頭を下げた。

「佐渡江君!どうにかならないのか?わが社の唯一のドル箱である完全型VRMMO方式のゲーム“GRAW”の仮想世界の中で起きている数々の問題について、メンテナンスのためにサービスを止めずに解決させる方法は他に無いのか?」

 社長は佐渡江に解決策を出すように求めた。

「みなさんは勘違いをしています。私は“もしもサービスを止めてメンテナンスをするなら2ケ月は掛かる”と言いましたが、サービスを止めないまま問題を解決する方法はあります」

 解決方法はあると言い切る佐渡江を見て、会議室にいる責任者たちから安堵の声が聞こえた。

「それで、どう解決させるつもりだね?」

「VRMMOの中の問題は、VRMMOの中で解決させようと思います」

 会長の質問に佐渡江は自信に満ちた顔で回答した。会長は今まで出た情報から色々と考えてみたが、その真意を掴み損ねていた。

「それはどういうことだね?」

「つまり、先ほど報告した数々の問題を解決させるために、調査する人間を管理者権限を持たせたアカウントでGRAWにログインさせて、その管理者がゲーム内で調査をして問題を解決させるという訳です」

 会議室にいる責任者たちからは「そんな方法で解決できるのか?」という疑問の声が上げられた。中には目を閉じたまま考え込む者もいるが理解は出来ていない。会長はその解決方法を理解して頷いた。社長は会長の顔色を窺いながらお茶を飲んでいる。

「それなら、すぐにでもその方法で解決させたまえ!」

 会長の鶴の一声で解決方法の方針は決められた。各々に話していた責任者たちは一斉に口を閉じた。

「ですが、その方法にも2つ問題があります」

「問題とは?」

 会長は佐渡江に尋ねた。

「ひとつは時間が掛かることです。ログインさせる管理者の人数にもよりますが、仮にひとつの案件を解決するのに現実の時間で1時間ほど掛かるとしたら1日で解決できる件数は残業をしない場合で1人8案件なので、その数にかけるログインする管理者の人数が解決できる件数となります。ですので、もしログインさせる管理者がひとりの場合は…」

「それは構わない。サービスを停止させないのであれば、問題にはならない!」

 佐渡江の発言を遮り、会長は解決までの時間については問題は無いと判断した。佐渡江は他に反論する人がいないか少し様子をみた。会長の他に発言する者はいない。佐渡江は反対意見を出す人はいないと判断した。

「そうですか。分かりました。もうひとつは管理者をログインさせるだけの人的余裕がどこの部署にもないことです」

 佐渡江の意見を聞いて会議に参加している者たちの大半が頷いた。誰もが疲れた顔をしている。どの部署も数々の問題を抱えていて疲弊していた。

「短期のアルバイトでも雇えば良いだろう」

「お言葉ですが社長!我が社にアルバイトを雇う余裕は全くありません!わが社の利益については先月にご報告した通りで、もう一度かいつまんでご報告すると、昨年の経常利益は120円、現在の内部留保は5286円であり、赤字と言われても致し方ない状況にあるため、新規の雇用には絶対に反対いたします」

 社長の軽はずみな提案に経理課の課長が嚙みついた。赤字ではないものの厳しい財政事情のため人は増やせない。社長は不機嫌な顔で口を噤んだ。

「それに、アルバイトを雇えたとしても管理者権限を持たせてログインさせるのはセキュリティの面からは危険だと言わざるを得ません。管理者権限ならサービスの根幹に関わる社外秘の情報を自由に閲覧することが可能です。それを短期雇用のアルバイト社員に与えるのはセキュリティ上のリスクが大幅に増すので反対です」

 セキュリティ課の課長も社長の意見に反対した。

「それならどうすれば良いんだ!」

 社長は頭を抱えて声を上げた。

「いや、人的余裕ならあるだろう」

「ど、どこにですか?」

 会長は静かに発言した。社長は会長の声を聞いて振り向いた。

「ほら、あそこだ」

 会長が会議室の端の方を指さした。全員が会議室の末席に注目した。そこには目をつむり考え込むような姿勢で「んがっ」と言いながら堂々と寝ている若い男性社員がいた。

「あいつにやらせれば良いだろう」

「そうですね。確かにあいつは正社員なので社外秘の情報へのアクセス権も守秘義務もありますね。これなら解決が出来そうですね」

 会長はいささか怒りながらその男を指名した。社長は会長の意見にすぐさま同意した。他の責任者たちは自分の部署に影響はないと分かり安堵していた。

「かしこまりました。入社3年目、第二開発部門を担当している谷津辺タイナをGRAWの管理者に任命し、彼の業務をGRAWの問題調査とその解決として、第二開発部門内で調査チームを編成いたします。その進捗につきましては改めて別の機会にご報告いたします」

 佐渡江は眠りこけている自分の部下を見て苛立ち、その感情を押さえられないまま発言した。顔はいつもと変わらずにすましていたけれども頭を下げた時にその苛立ちが顔に出た。

「じゃあ、会議お疲れさん。良い報告を楽しみに待ってるよ」

「お疲れ様でした」

 会長と社長が席を立つと会議は終了した。出席した責任者たちも佐渡江も自分の部署に戻るために後片付けを始めた。谷津辺タイナはまだ寝ていた。

「んがっ」


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