石鹸箱Ⅲ
Ⅲ
竹田政夫が戦死したとき、日出雄はまだ乳飲み子だった。
母・牧子と祖母・タカの三人家族だったが、牧子は外で働いていたので、普段は祖母のタカと一緒にいることが多かった。
父親を知らない日出雄は、タカから父親の話をよく聞かされた。とりわけ何度も聞かされたのが、黄色い石鹸箱の話だった。
日出雄は仏壇のタカの写真を見つめながら語った。
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「あんたのお父さんに赤紙が来たとき、ばあちゃんは死なないでほしいと願ったよ…。だけどいつどこで死んでしまうか分からないのが戦争だ。考えたくはないが、もしも…もしも死んでしまったらどうしよう…と──どうしても考えてしまってね…。それで、ばあちゃんはあんたのお父さんが出兵するときに、黄色い石鹸箱を持たせたんだよ…」
──☆彡──☆彡──☆彡──
「…万が一息子が戦死したとしても、亡骸が誰だか分からず放置されるようなことはされたくない。そのために石鹸箱を目立ちやすい黄色にして名前を刻んだのだそうです…。けれど、お骨は帰ってくることはなく、骨壺には鉛筆が二本入っていただけだったと…。祖母はことある度にこの話をしていました」
それから日出雄は持っていた石鹸箱を仏壇に供えると涙声で言った。「おばあちゃん…父さんはちゃんと帰って来たんだ。ばあちゃんの想いが神さまに届いたんだよ…。良かったな…ばあちゃん。今日は親子でゆっくり語り合ったらいい…」
「親の祈りの力は大したものですね…。黄色の石鹸箱がなければ、私はお父様を見つけることができなかったと思います」聞いていたミツももらい泣きだ。
「香神さん、これからもご遺骨を拾い続けてもらえますか?父のように身元が判明するご遺骨はめったにないかもしれませんが、それでも土の中から見つけてもらえただけで、ご遺骨は喜ばれると思うのです」
「実は私も同じことを考えていました。こうして家族と再会できた姿を目の当たりにして、これからも続けていこうかと…」
「ぜひともお願いします!」日出雄は力強い声でミツに頭を下げた。
〇
「それからというものは、ここに来て遺骨を探しているんだよ」
「感動じまじだ…。錫ちゃんはがんどうじまじだぁ~…。そんな物語があったなんて…。おばあちゃんが沖縄に足を運んでいた目的はそれだったんだね…。」
「ミツ姉さんはね──それからもたくさんのお骨を見つけてくれています。暑い時期にこっちに来たときはハブが出て危険なので、慰霊碑巡りをして手を合わせてくれているんです…。そういう人なんです…姉さんは…」
「たまたま最初に竹田さんの物語を見ちゃったからだよ…。それに、私たちが話をしているこの真下に、まだまだたくさんのご遺骨が眠っているんだ…。それを知ってしまったら放っておけないだろう…?」
錫はさっき訪れた平和祈念資料館を思い浮かべた。それだけでも胸が痛んだ錫は、無念の死を遂げた多くの人たちのご遺骨を目の当たりにして放っておけないミツの胸中がよく分かった。
「おばあちゃん…私もこれからはご遺骨を拾うよ…」
「ありがとう錫。ある人が言ってたよ──最後の一体のご遺骨を拾うまで、沖縄に本当の平和は訪れないってね…」
「へぇ~…そんな思いを持っている人がいるんだね…」
「そうだよ──尊い心で沖縄を愛する人がいるんだよ」
錫は微笑んで左手に持っていたスコップを動かし始めた。
「あんたがその気になって、おでこのおめめを開いたら、ここに眠っている人たちが自分の遺骨を案内してくれるかもね…」
「いや~…──それはちょっとご遠慮しときますぅ…。け、けっして恐いわけではありませんが…」ホントはとても恐かった。けれどもそう考えることが不謹慎に思えて否定した。
──「ここでは絶対にチャクラは開かないぞ!──正当にご遺骨を拾わせてもらうために…ぬふふふっ」
錫は自分に言い聞かせてご遺骨を探すのだった。
沖縄に本当の平和が訪れるその日を願いながら──。
完