第一章 ── 謎の旅行
《プロローグ》
「ちゃんと持ったかい?」
「はい。一番に入れました」
「必ず…必ず生きて帰ってくるんだよ…」
「はい、お母さん。行ってまいります」玄関先に立った竹田政夫は、背筋を伸ばして誇らしげに〝ピシッ〟っと敬礼すると、生まれ育った家を後にした。
母親のタカは息子の後ろ姿が見えなくなっても、目を潤ませていつまでも手を合わせ続けたのだった。
第一章 謎の旅行
Ⅰ
「わーい!おばあちゃん飛んだ飛んだ!」
「そりゃ飛ぶさ──飛行機なんだから」
香神錫は祖母の香神ミツと二人で沖縄県へと飛び立った。
「飛行時間は三時間ほどだからね…早いもんだよ」
その日はとりわけ冷え込んでいた。着込むだけ着込んで関東空港に到着した錫だったが、それでもまだ寒かった。ジャンバーの両ポケットに忍ばせてあった使い捨てカイロは、錫にとって最高のアイテムだった。
「ねえ、おばあちゃん──いくら沖縄でも山は冷え込まない?」
「行けば分かるさ…ふふふっ」
ミツは何度も沖縄県へ旅行に行っていた。今度の二月には一緒に連れて行ってやると声をかけてもらった錫は、旅行はもちろん、ミツが足を運ぶその理由をやっと知ることができると喜んだ。だが登山用の服と靴を準備するように言われて驚いた。
──「おばあちゃんは沖縄まで登山に行ってたんだ…」錫は旅行気分が半減した。しかも二月中旬の寒さだ──登山など御免蒙りたい。錫はそこから更に旅行気分が半減した。
「さぁ、もうすぐ到着だよ錫」飛行機が滑走路へアプローチを始めた頃、ミツは熟睡していた錫を起こした。
暫くは雲のじゅうたんに魅了されて夢心地の錫だったが、変わらぬ景色に退屈していつの間にか本当に夢の中を彷徨っていたようだ。
「ソーキそばおかわりね…」
「何を寝ぼけているんだよ。起きなさい」ミツは錫のお餅のようなほっぺたを人差し指でつっついた。
那覇空港へ降りた錫は自分の無知を今更ながらに感じた。
「わ~………暑~い…」
「ふほほ、なんたってここは南国沖縄だよ…」
「でも同じ日本でしょ…。まさかこんなに暑いと思わなかった…」
この日の那覇の気温は二十四度と暖かかった。錫は着ていた厚手の服を脱ぎTシャツ一枚になった。
「う~んたまらない──この開放感!」
「そうだね、天気もいいし」
空港の駐車場では一台の車が二人を迎えてくれていた。錫はゆいレールや沖縄ならではの建物に目を奪われながら、暫く世話になるミツの友人宅へと向かうのだった。