殺されるのはまっぴら御免だ。
俺はVRゲーム歴史王で飛鳥時代の蘇我鞍作(別名蘇我入鹿)にダイブしてしまったらしい。
蘇我鞍作というと父の蘇我蝦夷(毛人と書くほうが多分正しい)と一緒に専横を極めて聖徳太子の嫡男、山背大兄王を殺したりした後、大化の改新の始まりの乙巳の変で中大兄皇子や藤原鎌足に暗殺されてしまう。
妙に色々リアルでここまでゲームで作れるの?と疑問もあるけどここはおそらくゲームの世界なのでまぁ討ち取られてしまってゲームオーバーでいいのかもしれないけどプレーヤーとしてはそうはしたくない。
こうなったら乙巳の変で暗殺されるのを乗り越えて俺TUEEEしたいのだ。皇極天皇と蘇我鞍作がデキてた説を採用するぐらい異説を取り入れる神運営っぽいから歴史書き換え上等だろう。
となるとまずは暗殺する側に探りを入れなければ、と思った俺は唐から帰った僧、旻様のところや南淵請安様のところで隋や唐の学問を学びに出かけることにした。
ここに中大兄皇子や藤原鎌足が来るはずなのだ。
学問堂に着くと他の生徒は先について椅子に座っていた。この時代は唐や百済の文化を取り入れるために床に座る古式ではなく椅子に座るのが主体なのだ。
ぐるっと見回すと先日宝女王の所で会った中大兄皇子…まだ葛城皇子か、が最前列の方に座っている。俺を見ると露骨にウゲっと言う顔をする。そんなに嫌わないで、と思うがまあ母ちゃん寝取っているわけだからそうも言えない。
そして部屋の後ろの方にあまり上等ではない服を着つつも、ものすごく冷徹な顔をした青年がいた。明らかに他の奴とは雰囲気が違う…あれが鎌足かもしれない。
俺はそそくさと入って最前列の方にどっかと座った。まぁこの中では中大兄皇子と並んで(多分)偉いから態度は大きめでよかろう。
南淵先生の講義が始まった。
「…この様に唐では皇帝の権力が極めて強いのです。律令に基づいて諸官に命を下し、皇帝に任命された官僚が法に基づいて政を行います。…鞍作君、なにか怪訝な顔をしておりますが?」
といきなり先生が俺を名指しで呼ぶ。げ、変な顔をしていたか?
「あ、そうたいしたことではないのですが、唐の律令は全く瑕疵がないものなのでしょうか?」
「といいますと?」
「税を収めるのに例えば米が取れないところではどうするのかと。」
「そこは実際には労働力やその地方の特産物などで納めますね。」
「となると法に書いてあるとおり施行するわけではないと。」
「ですね。」
「また公地公民も現地の豪族などから土地を取り上げて支配するということになると思いますが、実際にその土地を知らない朝廷が現地のものよりもうまく支配できるものなのでしょうか?」
「そこも難しいですね。中央から来た役人が杓子定規に治めようとして地元の反発を受けることもあるでしょう。」
「ああ、例えば後漢末期の蜀漢の劉備が中央から来た役人を吊し上げたようなものですか。」
と俺が答えると学問堂がザワザワし始めた。…ん?俺何か言っちゃいました?
「では鞍作は唐のような律令に基づき、皇帝が収めるよりも旧来のように豪族が寄り集まっている方が良いと?」
と声をかけてきたのは…中大兄皇子ではなく、その後ろに座っていた男だった。やはりやんごとなき、と言いたくなるような上品な服を着たその人は、中大兄皇子よりは年上で、いかにも真面目そうな顔をしていた…現代ならメガネを掛けていそうである。が、このタイプ、多分腹に一物持っている、と俺は感じた。
「軽皇子様」
と呼びかけたのは藤原鎌足だ。
「鞍作様は我が国の話ではなく、唐の律令の施行について尋ねておられるのでは?」
おお、となるとあの人が軽皇子か。乙巳の変で俺が殺された後即位して孝徳天皇となる人だ。こりゃ迂闊な答えはできないか。
「鎌足殿、そのとおりです。申し添えていただきかたじけない。」
「いえいえ。それと私の名前は鎌子です。」
え、そうだっけ?と頭をフル回転させて…あ、そうかこの時点だと藤原鎌足じゃなくて中臣鎌子なのね。
「中臣鎌子様、失礼しました。」
「鞍作様に様をつけていただいてしまい恐縮します。」
といいつつ鎌子は『いつかお主を上回って天下取るで。』という気迫を感じる怖い目をしている。
「そういえば唐の太宗、李世民は軟弱な兄が自分を陥れようとしたときに逆に謀略で兄を討ち取って皇帝になりましたが、それは義としては良いのでしょうか?」
俺は慌てて話題をそらそうとして先生に聞く。
…。…。あ、やばい。周りの目がギラギラしている。
これって上が気に入らなければクーデター起こしていい?って聞いちゃったようなものか。
でもって今、その『上』の立場が俺と父なんだよね。つまり俺が自分で悪い例を出してしまったわけ。もっと悪く取ると『蘇我氏が天皇廃して皇帝になってもいい?』ってニュアンスで聞かれたかも。ヤバい。
「…鞍作はわしの想像を超えているな。まさに天才であろう。」
と先生が言いだした。いやそう言われても困る。
そんな事があった数日後、俺は中大兄皇子が蹴鞠の会を開くことをキャッチした。
俺の記憶が確かならばそこで中臣鎌子が中大兄皇子の靴を拾ってお近づきになるはずなのだ。
「よし、ここはいっちょ盤面をひっくり返してやるぜ。」
いいアイディアを思いついた俺は蹴鞠の会に乗り込むことにしたのだ。