7. 不思議な少年
「こんばんわ。いい音色だね」
俺は、ハープを奏でているこの銀髪で白い服を着こなす細い美少年に話しかけていた。ハープの持ち主は目を閉じたまま演奏を止めることなく、微笑みながら答えてくれた。
「やあ。新しい仲間、みたいだね。初めまして。ボクはユダス。これから宜しくね」
顔がいいやつは声もいいのは鉄板だな。生前はさぞかしリア中だっただろう。俺も自分のことを名乗っていなかったな。
「ああ、俺はクウマ。今日・・・この世界に来たばかりでね。エヴァンから講習を受けたばかりなんだ」
ユダスと名乗った管理者は一見、中高学生くらいにしか見えないが、管理者だ。間違いなく俺よりも長く生活をしているのだろう。
落ち着き具合、物腰の柔らかさから外見とは不釣り合いであるとこがよくわかる。
「この世界は、いつもこう穏やかで変化はないんだ。現世とは違う。現世はいつもどこかで悲しみや苦しみ、死が溢れている」
おやおや、急にどうしたんだろうか。
「キミは死んでこの世界に来た。資質がなければ、再び現世と関わることもなく、穏やかに幽域で全てと溶け合えたのにね」
彼は管理者としてやって行きたくないのだろうか。
「そうでもないさ。ついさっきまで生きていたからそう思えるだけかもしれないが・・・。やり残しもなく後悔もしていないはずなのに、地球では体験できないことを味わえて、満喫していところさ」
ユダスは鼻で笑い、続けた。
「長く管理者をやっているとそのうちわかるかもね。・・・そうだ、キミ、どんな神術なんだい?ボクはこんな力さ」
ユダスは目を開け、俺を見た後に近くの空間へと視線を移した。。
何もない空間に、綺麗な結晶が作られていく。そして、出来上がった結晶はサラサラと音を立てて消えてしまった。
「これがボクの神術、元素を自在に生成・分解するんだ。属性は土、かな。今は、珪素を酸化させて、石英いわゆるクォーツを生成したのさ」
ん?今の物言い、何かが引っかかるが・・・。
「元素の操作なんて神術もあるのか、凄いな。実は、俺の神術・マナ属性についてはエヴァンにも判断ついていないんだ。俺がイメージしたことが表現されるってのが近いかな」
「へえ、ボクが見せた系統に近いのかな」
「こんな感じだよ」
俺は空を見つめ、イメージした。空にオーロラが踊っているなら幻想的になるはず。白い、雪の結晶が舞い降りてきた。よし、イメージ通りだ。
「雪、これをイメージしたのかい?これだけなら氷属性といえるけど、前に使った神術は大きく分類すると風、水になるわけだし、そもそも周囲の温度が下がったわけでもないから氷や温度操作ではないね」
その通りだと思う。最初にイメージしたのは、春風。その次は湧き水。どちらも水は氷系統に近いが、春風は違う。
「うーん。確かによくわからないね。もう少し、やってもらえるかい?」
俺も自身の力についてもっと知る必要があるからな。検証してもらえる仲間がいると助かる。
次は、どうしようか。マナの系統が絞られていないせいで、悩む。そうだ、ユダスがやったような。元素系をやってみよう。
石英を生成してみるイメージで・・・。
何も変化がない。元素から何かを生成できるマナではなさそうだし、元素を操作しているわけでもなさそうだ。
「ユダスのように石英を生成しようとしたけれど、何も起きていないようだ」
困った顔をしていると、ユダスが提案をしてきた。
「そうだ、今は夜だから、昼にしてみるってのはどうだい?」
「いいね、やってみよう」
時間操作の類だろう。俺は最初にこの世界を訪れた世界をイメージした。
「・・・なるほど」
ユダスがつぶやく。
俺は目を開けると、世界は
変化はなく夜のままだった。
「なるほどって何が?」
つい聞いてしまう。
「ボクが提案したものは、時間操作に直結することなんだ。キミがイメージしてもらったモノは、夜から昼へ時間を進めるもしくは時間を巻き戻すもの。発現していないということは、ボクの予想通り、時間の影響を受けないモノに限るようだね。まだまだサンプルが少ないから断言はできないけど」
ユダスは続けた。
「春風を起こしたのは、温度操作と風の操作か気候操作・天候操作。湧き水は水分・液体生成か元素生成。雪を降らせたのは天候操作か温度操作と液体生成、氷生成とかかな。それに・・・。」
「それに?」
「時属性というものは存在し、時の管理者も存在している。しかし「直接的に時間に作用する」操作を行える管理者やマナについては現在まで存在したことがないんだ。故に、「時間操作」に関する神術は存在しない、時間操作は行えないというのがボクたちの結論であり常識なんだよ」
「時間は進むしかない、戻ることはない、ということか。確かに、一度起こったことをなかったことにするというのは、パラドックスになって収拾がつかなくなるからな。現世には色んな世界が存在することがわかったけど、並行世界や分岐世界というものは存在しないの?」
「キミは管理者になりたてだから話しても理解してもらえるとは言い難いから詳細は省くけれど、並行世界や分岐世界というものは存在しているよ。もう少し管理者の仕事に慣れてきたらちゃんと知る機会があるさ」
ユダスは断言した。
「ということは俺たち管理者も複数いるってことか?」
「ボクたち管理者は、自身以外は存在していないよ。並行世界などは現世の生命体や物質のみに作用しているんだ」
「なぜだ?俺は元々は現世で死んだ人間だ。並行世界や分岐世界があるのであれば、俺の死んだ世界と死んでいない世界があることになる。そうなると、並行世界で生きている俺が死んでしまったら同じ管理者になることになるだろ?それに、平行世界とかにいる管理者も複数人存在することになるはずだ」
「キミの言っていることは正しい。確かにその通りだ。けれどもさっき言ったようにまだ知る時ではないんだ。ごめんね」
「じゃあ最後に。どうしてそんな世界の作りになっているんだ?」
ユダスは微笑み「そう作られてるからさ」とだけ言った。
「さて」
ユダスが演奏をやめた。
「ボクにとってもキミのマナには興味がある。これからもたまにでいい、情報を交換しないかい?」
「もちろん。俺にとって、知人が増えるのは心強いよ。これからも宜しく」
「知人とは、距離があるね。友達でいいじゃないか」
こんないいやつと友人になれるなんて人生捨てたもんじゃないな。
「それじゃあ。改めて宜しく、ユダス」
「こちらこそ宜しく。クウマ」
管理者となって最初の友人ができた。
「そうだ、クウマ。これは持っているかい?」
そういって、小さなクリスタル形状のものを見せてきた。
「いや、持ってないけど。これは?」
「これは、管理者同士、テレパスが通じない距離でも通話やメールがやり取りできるものなんだ。端末って呼んでいる。特に名前をつける必要もないしね。こう使うんだよ」
そういって手のひらに広げると、空間に、解読できないはずの言語でのメッセージが出てきた。
「こんな感じで、お互い離れた場所からでも近況報告ができるんだ。多分、現世に行くことになったらエヴァンからもらうと思うから、先にボクの連絡先を教えておくね」
どこからともなく紙と木炭を生成し、暗号みたいな文字列を書いて渡してきた。こんなものまで神術の力でできるなんて本当にすごい。
「ごめん、見たことない言語なのに、読めてしまう」
「ははは。そういえば、どこから来たのかな?」
「地球だよ、わかる?」
「ああ、知っているよ。二回、配属されたことがあったかな。あ、配属っていうのは、現世での世界を担当することだよ。聞いてたらごめんね」
管理者は、それぞれ一人もしくは複数人で現世に派遣され、派遣されることを配属と呼ばれる。それは案内してくれた管理者から聞いた。確か名前はミゥホだったかな。
「いや、教えてくれてありがとう」
「地球圏にはないはずの言語だからね。この世界での公用語だからさ」
なぜ読めるのか。ユダスは気にしてないようで、話を続けた。
「お互いにこれを持っていると、許可すれば自動で登録されるんだけど、たまに持ち歩いていない管理者もいるんだ。エヴァンからもらったら、使い方を教えてもらえるはずだから、使えるようになったら連絡してほしいな」
「わかった。すぐ連絡するよ。言語で気づいたんだけど、なぜ、未知の言語を読解できたり、会話は成立してるんだ?」
「もっともな疑問だよね」
曰く、この世界に再生された時点で、理解できるようになっているらしい。便利な世界だ。
ユダスは不意に宙に浮かび上がり、そしてハンモックで寝そべるような格好で空を見上げた。
「ユダスは空、飛べるんだ。いいね」
俺の疑問に怪訝な顔を向けた。
「エヴァンから管理者の説明を受けた時にいってなかった?個々の神術や属性、テレパス、サイコキネシス、グラビティスのこと」
「グラビティス?」
知らないし、聞いてもいない。
「エヴァンは面倒くさがりやさんだからね、忘れたか省いたんだろうね」
ユダスは、あるある、といった感じで納得していた。
「じゃあ、グラビティスについてレクチャーだね。グラビティ、つまり重力制御のことなんだ。といっても、自身や数人であれば宙に浮かべたりするくらいの簡単なものだよ。風の管理者は、これと自分の神術を組み合わせて空を飛び回ったりもできる。ボクはこの程度しかできないさ」
ユダスのグラビティスの講習が始まった。
重力制御ができるようになり、他愛もない会話や俺の疑問に対して解答したりを夜明けまで続け、お互いに親交を深めていった。空が白んできて、朝が来た。
太陽は・・・ない。