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 芽衣奈ちゃんのことを好きになったのに、特別なきっかけはない。


 強いて言うなら、隣でにこにこ笑ってる姿がとてつもなく可愛くて。愛おしくて。


 俺にとって彼女は、なによりも大切な、唯一だった。


 




***





 小さい頃の俺は寂しがり屋で、1人が嫌で仕方なかった。


 父がいない分、母は必死で俺を育てようと夜の仕事をし、帰ってきたとしても仕事のストレスをぶつけるように酒を飲む。


 母が夜な夜な酒を浴びて言うには父には浮気されたらしい。それでも許そうと最期まで縋ったけど出て行ったと、泣きながら話す姿が幼い俺には余りにも耐えられなかった。


 そんな母に構ってだなんて言えず、寂しさから毎日泣きながら膝を抱え、(うずくま)ってた俺に手を差し伸べてくれたのは芽衣奈ちゃんで。


 小さくて温かくて、この手を離さないようにとぎゅっと握りしめると優しく笑いかけて「大丈夫だよ」と握り返してくれるんだ。


 芽衣奈ちゃんの家はうちとは違いかなり良好な関係で、両親ともに仲睦ましくしている。多分、芽衣奈ちゃん家の雰囲気の良さは彼女の影響もあるのだと思う。


 芽衣奈ちゃんの側は居心地が良い。甘い綿に包まれてるようなふわふわとした気持ちになれる。

 

 好き。好き。大好き芽衣奈ちゃん。


 芽衣奈ちゃんの隣にずっと居たい。


 君が俺を引っ張ってくれたように、俺もいつか芽衣奈ちゃんを守れるような男になりたい。



 ――でも、その気持ちは日に日にどろどろとした欲を孕んだものに変わっていく。



 中学生になり、俺は芽衣奈ちゃんに対してどうしようも無い感情を持っていることに気づいた。


 幼い頃から抱いてた温かい感情じゃないもの。


 触りたい。そのぷるっとした唇に触れたらどんなに甘美なんだろう。雪のように白く柔らかい肌はきっと吸い付くような触り心地なんだろうな。

 

 はっとして芽衣奈ちゃんを見ると、俺の肩にもたれるようにすやすやと眠っている。


 ………俺は一体何を考えてた?


 震える手で芽衣奈ちゃんの肩に触るとじわじわと仄暗い感情が占めてくるのが分かる。


 この欲は芽衣奈ちゃんにはぶつけちゃだめだ。だって彼女はこんなにも綺麗なのに。俺の醜い感情をもし、彼女に向けてしまったら、嫌われてしまうかもしれない。いや、かもじゃない。嫌われる。嫌だ、彼女が離れてしまうのは、それだけは絶対に。


 俺はそっと芽衣奈ちゃんを自分から離した。


 矛盾しているのが分かる。離れたくないのに。


 今後、彼女に近づくのはやめよう。幸せで笑ってくれればそれでいい。


 


 あれから、芽衣奈ちゃんから離れて俺は適当に女と付き合いだした。どれもこれも芽衣奈ちゃんとは程遠い化粧臭い女。


 でも、芽衣奈ちゃんにぶつけるくらいなら、適当な女で丁度良かった。だってこの女たちなら壊れても良いし何とも思わないから。女というよりも玩具に近い。換えが効く玩具。


 俺の女付き合いが派手になっていくに連れ芽衣奈ちゃんがどことなく暗くなっていく。心配だけど俺の近くにいなければ彼女は幸せになれるはずだ。


 芽衣奈ちゃんが俺に話かけようとしてくるのを分かっててあえて避ける。本当はここまで望んでいなかった。いつだって彼女の近くに居たかったはずなのに。今では芽衣奈に触らないほどに汚くなってしまったから。


 

 「………あの」


 か細い声が聞こえて振り返ると、ちまっとした女がビクビクしながら話しかけてきた。


 「なに?」


 「あの、その、芽衣奈ちゃんの幼馴染さんですよね?」


 「そうだけど」


 なぜ、彼女は俺と芽衣奈の関係を知っているんだろう。


 高校に入って、芽衣奈ちゃんと一回も関わってないから中学の同級生くらいしか知らないはずなのに。


 「め、芽衣奈ちゃんが貴方の彼女さんたちから虐められるの知ってますか!!」


 ハァハァ息を上げ血走った目で俺を睨みつける。因縁の仇を見つけたみたいな姿勢にたじろいでしまう。


 「芽衣奈ちゃんが、虐められてる………?」


 玩具(女たち)に芽衣奈ちゃんのことを話したことはない。そんな、まさか、まさか………。芽衣奈ちゃんが暗くなったのって女たちのせいってこと?俺は芽衣奈ちゃんの幸せを願うどころか、潰していた………?


 「その話詳しく「詳しく話してる暇なんてありません!!今、芽衣奈ちゃんが教室から出て行ったんです!!貴方のせいです!!貴方の!!貴方さえ居なければ………!」


 「ッッッッ!クソっ!」

 

 恨みこもった言葉を背に走りだす。


 いつだって俺が必死になるのは芽衣奈ちゃんに関わることだ。


 好きな女の子、泣かせて俺は何をやって……!


 そもそも芽衣奈ちゃん以外、代わりなんていらなかった。

そんな簡単すらわからなかった、俺は。気づかなかったなんて言い訳にならない。


 ――芽衣奈ちゃんの幸せを願うより、俺の手で幸せにしてあげるべきだった。俺が守るべきだった。

 

 「はぁ、はぁ……芽衣奈ちゃん待ってて」


 芽衣奈ちゃんの部屋は2階だ。壊すように玄関を開け駆け上がる。用心深い芽衣奈ちゃんが鍵をかけ忘れる事は無い。

何かあったとしか考えられない。




 「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い

熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い!!」



 部屋に入ると横たわった芽衣奈ちゃんが居た。

……声から芽衣奈ちゃんだと分かる。でも、人の形を成して居ない。あまりの惨状に手足が震え始める。


 「芽衣奈ちゃん……なんだよこれ、炎か!?どうやって消せば、」


 まともじゃない思考で必死に考える。芽衣奈ちゃんを助けることだけを考えろ。

 芽衣奈ちゃんを囲む炎は青い。普通じゃない燃え方だ。それに、芽衣奈ちゃんの周りしか燃えていない。

 床には円がいくつも書かれ、見たこともない文字盤が浮き上がっている。


 青い炎の中に飛び込み、術式のようなその文字盤を必死で消す。手で、足で。血みどろになりながら必死で擦る。


 「消えろ!消えろよ。芽衣奈ちゃんを返せよ!」


 無様に吠えながら、擦ることすらできないほど手は原型を保てなくなっていた。青い炎は術式に入った人間を燃やすのだろう。身体が溶け始めているのが分かる。


 《もう、契約は終わったよ。君の彼女好きは分かった。

分からなかったら殺そうとしたけどもう分かったからいいや。》

 

 「誰だよ!芽衣奈ちゃんを傷つけたのは!お前か!」


 《あはは、それは君だろ》


 「お、俺……は」


 核をついたその言葉とともに青い炎はぷつんと切れた糸のように途切れた。


 急いで芽衣奈ちゃんに駆け寄り、確かめるようにそっと触る。身体は傷だらけのものの、俺の知っている芽衣奈ちゃんの姿に戻っていた。俺の身体も人の形のままだ。あれだけ手が溶けて居たにもかかわらず。


 あの声のヤツが元に戻したのだろうか。


 「ごめん、痛かったよね。ごめんね芽衣奈ちゃん。俺のせいだ、全部。」

 

 芽衣奈ちゃんを抱え込みながら、前髪を上げ額にキスをする。


 「大切にする…絶対に」


 2度と俺は、間違えない。


「好きなんだ、芽衣奈ちゃん。」






 ――たとえ君が俺を嫌おうと、俺に何をしても。俺はもう離れない。





 






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