周りが暴走ばっかりするから……
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俺の名前はネトル。平民出身ではあるが、しょっちゅう城や屋敷を抜け出しまくる奴らのお陰で不思議な縁が結ばれ、幼い頃からナスタチウム(今はディルだと名乗っているが)を筆頭に派手な家柄の奴らの幼馴染として育った。
「ふぁーあ。ねむ……」
それから俺はハイエナの獣人だ。
「あ、ネトルさん。おはようございます」
「ああ、おはよう」
そして座右の銘は『いつでも傍観者であり続けたい』だ。なのに。
「ネ〜ト〜ル〜!!おはよう、見て見て見て!これ!今日のバジルへ送る薔薇は少し灰色っぽくて燻んだ色にしてみたんだ。上品でいい色合いだろ?この色少し岩兎の瞳っぽく見えないかな?これならバジルも喜んでもらってくれるって信じてるんだ!」
「………今日告白の日か」
「うん!今日こそバジルを僕の将来のお嫁さんにしてくるよ!」
「アア、ウン。ガンバッテ」
幼馴染と知り合ってからというもの、俺の生活から平穏や傍観者という文字は消え失せつつある。うん、ギリギリ失ってないと信じている。
ーーなんでフューはあんなに元気なんだ………!
朝から予定外の事で気力がごっそりと持っていかれた。
ーー今日はもう何もありません様に
しかし朝のこれがいけなかったのだろうか。心の中で呟いた、この言葉がいけなかったのだろうか。俺はここ最近でトップレベルで災厄に見舞われる事となる。
✳︎✳︎✳︎
コンコン
エキナセアの仕事部屋へと足を運んだのだがノックをしても返事がない。
ーー居ないのか?
一応ノックと声掛けはするものの別に私室という訳でもないので入室は許されている。なので居ないのかもしれないなとは思いながらも「ネトルです。失礼します」と声を掛けてからドアを開ける。中はやはり誰も居らずエキナセアは席を外している様だった。
「あー………どうしようかな」
手元にある少なくない書類を見つめて呟く。いつもはエキナセアの予定を聞いて確認を取った上でここに来る様にしているが今日に限ってそれが出来ていなかった。
ーー朝一でそれをフューに聞こうと思っていたのに………
恒例行事に気を取られるなんて気が緩んでいる。しっかりしなければ。いや、でもあの薔薇は多分フューがバジルの為に品種改良から行ったんだろうなと思うとちょっと朝から色々と衝撃が………
「はぁ…………帰ろ」
エキナセアがいつ帰ってくるかも分からないのに居座るのもどうかと思うので出直す事にする。ため息を吐きつつ身体をドアノブの方へと向けて手を差し出した瞬間、カチャリという音と共にドアが開く
「げ」
開いたドアから部屋に入ってきたのはバジルだった。思わず朝の岩兎をイメージしたという灰色の立派な薔薇の花束を思い出してしまい声がでた。そんな俺の顔をチラリと見たバジルは怪訝な顔をした後「なにかしら」と話す。いや、何も無い。何も無いから。そんな事を思いながらブンブンと顔を左右に振ると俺の表情から何を読み取ったのかバジルが「成る程」と呟く。え、怖い。
「…………」
「…………」
何とも微妙な沈黙。ついに耐えきれなくなった俺はさっさと退散する事にした。
「じゃ、じゃあ俺はこれで」
しかしバジルからの視線が外れる事は無い。
ーーくっ………無言の圧力を感じる
実は前々から仕事の休憩中や始業前のちょっとした時間など、邪魔にならない微妙ーーーっに気を遣ったタイミングで声を掛けてくるフューに対してバジルが頭を抱えている事を俺は知っていた。
ーーまずい、こいつとこれ以上ここにいるのは何かまずい!
何故か今日恒例行事が行われる事がバジルにバレた気がする。そして面倒事を押し付けられる気がする!
「じゃあな」
やや裏返った声でさっさと部屋を出ようとドアノブを掴む。すると扉に向かう俺の背中に声が掛かる。
「信じていますよ」
本当、なんでバレたのだろうか。俺は大きく溜息を吐く。
「お前な……せめてもう少し感情を込めろ」
しかしバジルはフンとどうでもよさそうに肩を竦める
「今更では?」
まあな。
「ふぅ。お嬢様がいらっしゃらない様ですので私はこれで。ああそうそう、言い逃れが出来ないようはっきりと申し上げておきましょうか。『フューの恒例行事阻止をお願いします』ね」
それを聞いてがっくりと肩を落とす。しっかり言われた。それはもう、言い訳なんてできないくらいにはっきりと。そしてバジルは言葉通りさっさと出て行った。
「俺も出直そう………」
朝から何なんだと頭を振り、廊下を歩いていると前からフューが歩いてくるのが見えた。流石に花束は持っていない様で安心した。
「あっ、ネトルいい所に。今日はまだバジルと会えていないんだけど彼女が何処にいるか君知らない?」
うう。板挟みになって胃がキリキリする。どっちも大事な幼馴染だが、どっちかだけの味方をすると言うならフューを選んでやりたい。選んでやりたいがそうなった後のバジルからの報復が怖い。
「……………」
「ネトル?大丈夫?体調よくない?」
首を傾げて心配をしてくれる友人に、俺は長い長い沈黙の後に呟いた。
「就業中じゃなければ、捕まるんじゃないか………?」
つまり、終業後に押し掛けたらいいのではないか、と。それを聞いたフューはキョトンとした顔の後にパッと顔を輝かせた。
「うん、うん!そうするよ!」
そしてそのまま嬉しそうに去って行った。
ーーっあああああああぁぁぁぁぁ……
狩られる。バジルに狩られる……でもしょうがないじゃないか。あんなにも一途で(馬鹿だけど)ひたむきで(やや鬱陶しいけど)諦めない(本当異常に諦めない)フューを見てれば応援したくなるじゃないか!それにバジルは就業中の空き時間をフューに突撃されてどうしようかと思っていたんだ。なら仕事がない時間に突撃時間をずらせばきっと問題ないだろう。
ーーっていう言い訳は通じないだろうか………
そもそも『プライベートな時間を邪魔するのは良くないかな』というこれまた微妙ーーーっなフューの気遣いの元、就業中の合間に恒例行事を捻じ込んでいただけなのだ。アプローチの仕方が一般的になっただけだろうと、そうは思ってくれないだろうか。
ーーう、また胃が…………
痛む腹部を抑えながら自分の仕事部屋へと戻ってくればその後は何故か数人の部下が押し掛けてきた。しかもその内容が「ディル様からエキナセア様への甘いシロップ漬けの様な態度と、それに全く気が付かないエキナセア様を見てると心臓に悪い。しんどい」というもの。それと、何人か「結婚したい。可愛い奥さんが欲しい」というもの。いや、知らないよ。
ーーなんで俺にそれを言ってくる………!
後の件はともかく前の苦情なら別のメンバーに振ってくれよ!候補がいるだろう!そう思い、部下が其々俺の思う他の候補者に苦情を入れに行った場合どうなるかを少し考えてみた。
ディル:無理。論外。物理的に消される気しかしない
エキナセアさん:そっち方面駄目過ぎて無し
バジル:「それはお嬢様に対する不満不平の申し立てでしょうか……?」とか聞きながら笑顔で血の雨降らせそう。物騒。無し!
フュー:…………
ーーそれで俺か
片手で目元を覆って天を仰ぐ。つらい。消去法でどう考えても俺になる。しかし理解は出来ても納得は出来ない!面倒ごとをこれ以上持ってくるな!そう思いながらも部下の気持ちを思うと無碍にもできず結局話を聞いてやり、時計を見るとまだ午前の仕事が終わった所だった。なぜこんなにもげっそりとしているのか。疲労困憊すぎてつらい。
コンコン
「はい」
ノック音に返事をすればエキナセアだと名乗るので慌てて扉を開けに行く。
「おはようネトル。さっき私の仕事部屋に来てくれたって人から聞いたから丁度こっちに寄る用事ついでに顔を出してみたの。今時間いいかしら?それからもしお昼がまだなら一緒にどう?近くに美味しそうな定食屋さんが出来ていたのよ」
そう言ってにっこりと微笑むエキナセア。確かに確認事項がいくつかはあるがそれを済ませれば昼食に丁度いい時間になるだろう。
「わざわざありがとうございます。すぐに済む内容ですからそれだけ済ませてその定食屋に行きましょうか」
「ええ!楽しみね」
ーー普通にいい上司なんだよなあ………
この人の仕事は自分が携わっているものもいないものもそのどれもが面白い発想で楽しいし、上司としてもよく気が付いてくれる。こちらの意見にも耳を傾けてくれるし他の部下からの信頼も厚い。この国に来てから下に着いたメンバーも少なくないが今の所妬みなんかはまあ多少有る様だが上に立つ者としての不満は聞かない気がする。何が言いたいかと言うと、この人の元で働くのはとても楽しいと言う事だ。しかし食事が終わりお互い一息ついている頃、そんな上司の様子が何だかおかしい。俯き気味の顔で時々チラチラとこちらを上目遣いで見てくる。いや、本人は多分そんなつもりは全く無いのだろうが膝の辺りに置いた指をもそもそと動かしては先程から何かを言い掛けては口を噤む。心なしか少し頬が赤らみ目が潤んでいる。
ーーあ。
何だか物凄く嫌な予感がする。そう思った瞬間俺の尻尾が勢い良く出てビィン!と立ち上がり、デッキブラシの様にけばけばになる。
ーーそういえば何で俺1人を誘ったんだ?
別に今までも2人で食事をする事が無かった訳ではない。彼女の事業は1つではないし、今よりも人数に余裕が無かった時は本当に目が回る忙しさだったので空いている者だけでさっと食事を済ませたりなんかはしょっちゅうだった。しかし俺は知っている。今日はあのバジルがここに居ない。あいつは今日内での仕事の日だ。午前中にエキナセアの部屋で鉢合わせた事から間違いはない筈。ならばエキナセアが外で食事を摂ると知れば、それも俺と食事に行くと知れば何が何でも割り込んでくる筈。それに、ディルだって今日は外に出ていない筈だ。
「………っ!」
背中につ……と嫌な汗が伝う。まずい。そして無情にももじもじと恥ずかしそうにしていたエキナセアはついに意を決した様に顔を上げて口を開く。
「あ、あの。ネトル……少し相談があるのだけれど」
ーーあ、これだめなやつ
尻尾の毛がこれ以上ない程ボサボサになった。俺の直感が告げている。全力で逃げろ、と!
ーーすみませんエキナセアさん。上司としては物凄く尊敬してますし、貴女の作る物語はどれも素晴らしくてファンと言ってもいいくらいに好きです。でも、俺はまだ死ぬ訳にはいかないんですすみません!!
そこからは明かに不審な流れではあるが咄嗟に出てしまった尻尾をしまってから、もう全力で話を逸らしてエキナセアを部屋まで送り届けて逃げた。部屋のドアを閉める前、相談事を聞いて貰えずにしゅんとしてたエキナセアが見えて少し心が痛むが今度おいしいおやつでも差し入れするから許して欲しい。そしてなんとかこの危機から逃げ切り、自分の仕事部屋へ戻ろうとした所背後から漂う急激な悪寒。
ーーひぇっ
その恐ろしさに今度は尻尾だけで無く耳まで飛び出した。ビィンと立ち上がった自分の尻尾が悲しい。そして恐ろし過ぎて振り返れずにいれば、この恐怖が支配する空気に似付かぬ穏やかな声が響く。
「ああネトル、調子はどうだ」
終わったーーーーー!
ギ、ギ、ギとぎこちない動きでゆっくり振り返るとそこに見えたのは予想通りディルの姿。
ーー泣きたい………
そしてディルはこちらへ近付いてくると背中に冷気を纏ったまま穏やかに話す。
「そういえば聞いてくれるか?今日エキナセアは昼食を外で摂ったらしいんだが悲しい事に彼女から誘って貰えなかったんだ。なのにネトルは誘いを受けて共に行ったんだって?羨ましいな。楽しかったか?」
ーー目が、笑ってない。
ああ、これは駄目だ。駄目なやつだ。全力で危機を回避したつもりだったが残念ながら俺の運命もどうやらここまでの様だ。さよなら人生。21年という短い時間、思い返せば幼馴染達に振り回されてばかりで傍観出来ていた事なんてほぼゼロだった……来世はもう、空をぷかぷか浮いているだけの雲にでも………そうして現実逃避の末来世へと思いを馳せる俺と、俺の命を刈り取るであろうディルの間に救いの声が投げ掛けられる。
「あれ?ディル様?エキナセア様が探しておられ…「すぐ行く」
被せ気味に返事をしたかと思えばさっとその身を翻し、もうこちらの事は目にも入って居ない様子のディル。
ーーフュー!!心の友よーーーーーーー!
死神が立ち去った後に廊下でキョトンとした表情で立って居るのはたった今俺の命の危機救ってくれた男。それは朝一で俺の体力と気力をゴリッゴリに削ってくれた幼馴染だった。思わず涙目でフューへと抱き着く。
ーー今の救助で朝の事はもう水に流して………
「フュー、さっきバジルを見掛けたからその場で告白してきたんだ!でも今日も駄目だったよ。あ、あとバジルが告白の後に君へ伝言って。『覚えとけよ』って言ってたよ。何の事だか覚えはある?あれ、ネトル?」
「も………」
「も?」
「…………もうお前とは絶交だーーー!」
廊下に俺の声が虚しく響く。
俺の座右の銘は『いつでも傍観者で在り続けたい』これは俺が常々思っている事だ。しかし現実、そう甘くは無い事も、俺は知っている。
ネトル視点でした。ネトルは平民なのでファミリーネームはありません。次回はエキナセア視点、その次にディル視点で一旦このお話は終了です。
近々この話の続きとして別タイトルで中編を掲載する予定になっておりますので読んで下さると嬉しいです(^^)
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