デートですよね?
【ディル視点】
数日前、嬉しい事にエキナセアからの視察や市場調査がてら久々にゆっくりしないかという手紙を受け取った。最近はお互いに忙しく、あまり2人の時間を取れていなかったので良い機会だ。これを機にさらにエキナセアと仲を深めたい。手紙を持ってきたバジルは無表情だったので恐らく内容は知っているのだろう。しかし残念だったな。今回エキナセアの視察に同行するのは俺だ。お前の気持ちが分からない訳ではないが俺だって譲れない物は譲れない。そこでふと気付く。
ーー婚約者同士でのこれは、もはやデートなのでは?
そう思うと心が浮き立った。のに。
ーーどうして2人きりじゃない………!
「はぁ。俺はてっきりエナセキアと2人きりだと」
そうこうしている内にもエキナセアは他の部下であるネトルやフューと楽しそうに話し込んでいる。羨ましい。
「ありがとうフュー、重たかったでしょう?」
視察や市場調査という名の買い出しも終わり皆で自然が豊かな場所に来た。そこでフューがまたいつもの通り馬鹿な事を言ってバジルに蹴り飛ばされていたがバジル、よくやった。お前の事は好きでは無いが今回の回し蹴りは褒めてやろうと思う。そしてフュー、お前は明日の仕事を覚悟しておけ。
「美味しいわ」
皆で食事を摂っていればふとそう言って幸せそうに笑うエキナセア。そんな彼女を見ていると、本当にこの国へ連れてきて良かったと思う。ここでは完全とは言えないがモロノートン国よりは俺の目も届きやすいし、食事への毒の懸念も低い。やりたい事をやっていて楽しい、とは言っていても常に気を抜けない家とも呼べない場所で暮らしていた彼女が少しでも気を休められていればいい。そう考えていた時
「はあ……幸せ…………」
本当に心から思っているというのがわかる様な呟きが聞こえ、愛おしくてその頭を何度も撫でた。
ーー俺も、貴女の側にいられて幸せだよ
そんな想いを込めて。
✳︎✳︎✳︎
夕刻、
「じゃあ、また明日」
そう言って帰ろうとした彼女を引き留めて家まで送ると申し出た。勿論安全面を考慮したのもあるがせめて最後の数分だけでも2人で過ごしたかった。
ーーそれに、何だか今日は少しそわそわしている
よっぽど今日の予定が楽しみだったのだろうかとも思ったがそれにしては何度もこちらをチラチラと盗み見ている様子だった。全然隠せていない所がまた堪らなく可愛い。
ーーどんどん欲張りになっていく……
王位継承権を捨てたとは言っても兄弟仲の良い王弟、そして若くして戴いた公爵家当主という地位。秋波を送られることも日常茶飯事ではあったが女性を遇らう心は常に冷静で自分を客観的に見れていた。それがエキナセアに心を奪われてからというものどうにも自制が効かない。あの腐った国の狂った家に居た彼女が愛や恋に関する情緒を育てていられた訳はないと分かっている。だからこそ彼女の心がついてこない内は今まで通り、頼りになる部下でいようと心掛けて来た。
………まあ多少暴走気味になる事があるのは否めないが。
しかしこうやって街へ出たり、今日の様に自分の前でああも無防備に感情を出されてしまうと期待をしてしまう。
ーーエキナセア、俺は貴女の心まで欲しい………
その時、街行く男女の会話が耳に入る
「ねえ、今日の夕飯は何にする?」
「そうだな……この前作ってくれたあれがもう一回食べたい」
「えぇ、また?もう3回目じゃない」
「何回でも食べたいよ」
「もう、仕方ないなあ」
しかし女性は「仕方ない」とは言いつつもクスクスと楽しそうに笑い、男性もつられて小さく笑っている。
「…………」
同じ家に帰り共に食事をする。そして同じ家で眠り同じ記憶を育む。それはなんと幸せな事なのだろうか。
ーーエキナセアは婚姻も済ませていない女が公爵家に居座るのは良くないとは言うけれど
「エキナセア、まだあの家に住み続けるんですか?」
それでもやはり可能なだけ近く、出来れば同じ建物で暮らして欲しいと思う。しかし返事は予想していた通りの物。悔しいが彼女は長らく侯爵令嬢だったのだ。そうそう考えは変わらないだろう。仕方がない、そう自分に言い聞かせていると
「じゃあディルがこっちで住む?」
なんとも魅力的な言葉が聞こえて来た。え、それは願ってもいない事だが流石に理性を保てる気がしない。
「それは危ない」
とても、とても魅力的な、直ぐにでも実行してしまいたい案だが流石にだめだ。
ーーエキナセアが好きすぎて辛い………
共に過ごせば過ごすだけ好きになると思っていたが違った。ここ最近は全然会えていなかったにも関わらず、また更に彼女を好きになっているのだ。ほら、今だってどうせ見当違いな事を考えているのだろう。危ないのは貴女の身だよエキナセア。
ーー本当に、色事が頭から抜けているのだろう
彼女のそれは恐らく無意識。生家での不当な扱い、両親の不仲に加え其々が侍らす多くの浮気相手、自分を顧みない婚約者。そんな環境で過ごしていれば心を守る防衛本能が働いて色事に関する情緒を育てる事を避けるのも無理はない。だが、それでも少しだけなら意地悪をしても良いだろうか。
✳︎✳︎✳︎
ーーこれはそんな事を考えてしまった俺への罰なのか………
「泊まっていけば……いいじゃない………」
確かに、そう聞こえた。
ーー駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ。断れ!断るんだ!
そんな思いと裏原に、俺の口から出たのは
「………いいんですか?」
ーーいいんですかじゃ無い!!!!
何とも正直な言葉だった。
ーーだ、駄目だ一度冷静になろう。そうだもう一度彼女に再確認しよう。それで断られたらその時はさっさと帰ろう。
「エキナセアは本当にそれでいいんですね?」
「あ、夕食は流石に買いに行こうかなとは思っているけど」
そして俺は今、全速力で2人分の夕食を調達している
ーーあれ、何でこうなったんだ………?
エキナセアの好きなものをたっぷりと買い込み、ふと我に返る。手にはいつの間にか買い込んだ平民がよく着ている既製品の男性服。
「…………はあぁぁぁ」
顔を覆って屈み込めば道行く人々から不審な目を向けられるが知ったことでは無い。俺は今いっぱいいいっぱいいなのだ。
「とりあえず帰ろう。エキナセアが待ってる。」
後はもう無心で走った。邪念を少しでも払う為に。なのに
「おかえりなさいディル。随分早かったけれど無理をさせてしまったんじゃない?」」
「〜〜〜〜っ」
威力が強い。強過ぎる。出迎えの言葉にすぐさま結婚後の事を考えてしまい簡単に心が乱れ、思わず盛大な溜息が漏れる。
ーーこれは試練なのか………?!
その後も湯浴みを勧められたり、恥じらう様に着替えの心配をされたり。果ては共寝の誘い。これは本当になんの拷問なのだろう。
ーー野宿の時とは状況が違う事が分かってるのか?
悶々としている内に寝室へ到着し、部屋いっぱいに広がるエキナセアの香りに理性が揺らぐ。
ーーもうここで手を出してしまったとしても誰にも責められないのでは?
その上、こんな風に見つめられれば
「え、エキナセア………」
何か言っている彼女には悪いがもう限界だった。
「エキナセア、俺はもう……っ」
✳︎✳︎✳︎
すぅううううううう!
俺は今、今までの人生で1番死んだ目をしている自信がある。
「あああ!もふもふ!好き!素敵!大好きよディル!」
違う、そうじゃない。
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「あっはははははははははは!ざ、ざまあないわねディル!」
翌日、事の次第を聞いたのであろうバジルが部屋へ飛び込んできた。
「…………うるさい」
「ふ、ふふっ。あはは………あーいい気味。ありがとう、私とっても元気が出たわ。じゃあね」
そう言ってさっさと出て行った。
「……………」
ガツン
もう座っているのも辛くて机に突っ伏した。
ーーあのクソ女
思わず獣化して飛びかかりそうになった。
「はぁ」
「あの……ディル様」
おずおずと声を掛けてきたのはフィーバーフュー。モロノートン国潜入前からの部下であり、俺の幼馴染でもある。
「あの、その、バジルがすみません……」
「お前が謝る事じゃないだろ」
「まあ、そうなんですけど……」
不安そうな声を出すフューに顔を上げて首を振る
「バジルのことは昔から好きじゃ無いがお前も知っての通り、付き合いだけは長いからな。分かってる」
そういう俺に困った顔で苦笑いを溢すフューを見て、こいつも苦労するなと思う。
ーー最後の悪あがきなんだろうな
俺とバジル、フィーバーフューにネトルの4人は全員身分も獣人の種類も違うが腐れ縁の幼馴染だ。特に俺とバジルは昔婚約者にどうか、という話が持ち上がった時期があったので特に関わる事が多かった。まあ、会うたび会うたび本気で殺し合う勢いで獣化での取っ組み合いになる程相性が悪かったので婚約云々は直ぐに無くなったが。
彼女は豹の獣人で、彼女の一族は皆血の気が多く戦闘狂として有名なので獣人の国では畏怖の代名詞にもなっている。そして彼女の一族に流れるもう一つの衝動、それが『岩兎への執着』だ。岩兎とはその名の通り獣人の国の岩場に住む兎なのだが、何故かバジルの一族は皆病的な程その岩兎が好きなのだ。勿論、食卓に上げる方で。しかしバジルの悲劇はその岩兎を『愛でる対象』としても執着してしまう所だろう。食べたくて、食べたくて仕方が無いのに大切に愛でたいとも思う。そして当たり前の事だが岩兎にとって豹は天敵なので遭遇すれば当然逃げる。幸いというか、運悪くというか、兎の獣人はいても岩兎の獣人は居ない。というかそんなに細かく細分化されていない。なので彼女はいつも岩兎を食べたいという衝動に襲われる度、食べずに愛でたいという衝動にも襲われ一時期精神を病んでいた程だ。そんな彼女に訪れた転機が、エキナセアだった。
ーー色彩というか、雰囲気というか………
どことなく、彼女は岩兎を彷彿とさせるのだ。俺から見ても似ていると思うのだから岩兎に執着する彼女からすればエキナセアはたまらなく『欲しい』のだ。人型である為食欲は全く刺激されないらしいが、その分庇護欲という執着心が強く出る。結果、あれだ。しかし本人も一応何とかしようと苦しんではいる様で、彼女自身は口が裂けてもそんな事を言わないが俺とエキナセアの仲を引き裂こうとする気は無いらしい。しかし最後の悪足掻きというか、彼女なりの心の整理の途中というか、俺とエキナセアの婚姻の話が出てからは情緒も不安定で流石の俺も同情する程だ。
ーーそしてこちらもエキナセアは知らないという………
我が伴侶(予定)ながら、中々の猛獣使いっぷりである。
「ふぅ」
頬杖をついて窓の外を眺める。
ーー本当に、あいつとは昔から欲しい物がとことん被る………
豹の獣人に狼の獣人。どちらも執着心が強く、独占欲も強い。
「難儀なものだな」
俺の『唯一』を譲る気は毛頭無いが、バジルにとっての唯一がさっさと見つかる事を祈るくらいは、幼馴染のよしみでしてやろう。
「…………」
「え、なんですかディル様。自分の顔に何か付いてます?」
俺は近くに来たフューの肩をバシンと叩いておいた。
ディル視点でした。前回のエキナセアと同日の視点違いでしたがタイトルは其々の認識です。
次回から幼馴染ズ視点です。