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聞いていませんけど



城下に広がる賑やかな広場を抜けた場所にある少し閑散とした空き地へ何食わぬ顔しながら歩いて行き、適当な木箱の上に腰掛ける。そして軽く周りを見渡した後服の内側に隠し入れた音が聞こえない(・・・・・・・)笛を1つ吹く。

暫くすると一匹の灰色の大きな犬がグルルル……と牙を見せながらこちらへ向かって歩いて来る。犬は少し離れた所で立ち止まり、こっちを見ていたがフイッと顔を逸らした。その様子に少し笑いを堪えながら小さく小さく、誰にも聞こえない程の声で呟く様に独り言を洩らす。



「とりあえず、無いとは思うけどポポラの仲間が付いてきていたら面倒だからある程度このまま一般的なご令嬢くらいのスピードで国境へ向かって歩くわ。夜になったら近くの集会場にでもお邪魔させて頂こうかしら」



ちなみにポポラとはでっぷりとしたタルタルに弛んだ大きな身体の割に、肉はどう処理しても生臭さと嫌な獣臭さが抜けず食べられた物ではない動物で異臭を放ちながら「ンゴァ、ンゴァ」と大声で鳴きまくる迷惑この上無い害獣()である。

その上大切な作物を食い荒らす為毎年大掛かりな討伐が行われるがなにせ繁殖力だけは他の生物を凌駕するので常時討伐対象でもある。知能が低く、身体の大きさに見合わない程小さな頭部は驚く程に軽い。


その為頭の中身が残念な者、愚かな行動ばかりなのに何故かしぶとく厄介な者の喩えとしてよく用いられる。この場合私の言う『ポポラ』はこの国の王を筆頭とした周りの主要人物だ。つまり、まごう事なき悪口である。バレたら不敬罪どころでは無い。



そんな事を考えつつ横目で確認すれば先程の大きな犬、ディルの耳が小さくぴょこぴょこ動く。それを確認して立ち上がりスカートを軽くはたいて歩き出した。


ーーゆ、ゆっくり。ゆっくりよエキナセア………一般的なご令嬢はサカサカ歩かないもの。誰が見ているか分からない内は我慢よ…ぐっ、もどかしい……



なるべくゆっくり歩こうとした結果、どうにも挙動不審になっているエキナセアを隠れながら見守るディルは人知れず溜息をついた。


























「お嬢様!」


扉を開けると同時に感じる柔らかい顔面への圧迫感。恐らくバジルだろう。一応声の主が誰かを確認してただいまを伝えようとしたのにそんな暇は与えられないままに「お嬢様」「エキナセア様」とどんどんもみくちゃにされる。そうこうしている内にディルも入ってきた。


「ディル!さっきは護衛をありがとう」


身体を屈めてそう伝えるとディルはフンとひとつ鼻を鳴らして何処かへ行ってしまった。どうやらまだご機嫌斜めらしい。ディルの様子に首を傾げる集会場の皆に苦笑いをしつつ食事を摂り、2階の部屋で盤に張ったお湯で身体を清める。隣ではバジルが般若顔をしている所を見るとディルから何か聞いたのかもしれない。


翌朝、夜も明けきらぬ内に集会場を出る。


「また後で」


扉の前でそう伝える私に皆「必ず参ります」と力強く頷いてくれた。朝の早いパン屋の主人ですらまだ出てきていない様な暗がりで私はふわふわの毛が素晴らしいディルの背中にしがみ付く。こんな時になんだがディルの背中は何度乗せて貰っても楽しくて口元がニヤつく。


段々と門が近付いて来たけれど集会場を出る時に着替えは済ませてきたし、髪色は元々平民では珍しくも何ともない茶髪で問題なし。特長的な灰色の瞳は髪をボサボサに乱して帽子を被り、猫背になりながら少し俯き気味になっておけば薄暗いこの状況ならまずバレない。ちなみに何度も確認済である!!


その後も難なく旅を進め、私は国を出た。他のメンバーとも合流したし一安心だ。


恐らくこの国の国王を含めたその他諸々の重鎮達は仮に私が生き延びて辿り着くとしても隣国のどちらかにいくと予想しているのだろう。しかし私達は厳しい山脈をいくつも越えた獣人の国に向かう。

以前から頻繁に新たな商売の可能性を求めて原料集めやらインスピレーションの為に!という名の私の思い付きの旅していたので旅には慣れている。寧ろ息の詰まる生家にいるよりも集会所の皆と一緒に旅をしている方が限りなく楽しい。家には毎回「紡績工場の視察や運営に必要な商談の為」と言ってあるがあんなに頻繁に、それも何日も年頃の娘が家に居ないというのに全く気にされないとは如何に我が家が腐っていたかを嫌でも痛感する。


しかし今までの突発的な旅を含めても流石に距離のある獣人の国に行くのは初めてなのでワクワクする


「さて、もうそろそろですよお嬢様」


すらりとした虎姿のバジルがふらりと隣にやって来る。


「そう。ならこれが最後の休憩になるかしら?ディルはずっと私を乗せて走ってくれているけど大丈夫?」


ディルは何も言わずに犬姿のままこちらをジッと見つめコクリと頷いただけだった。そんなディルの事をバジルが舌打ちをしながら睨んでいたが喧嘩だろうか。










「さて、お嬢様。我々の生まれ故郷、獣人の国へようこそ!歓迎致しますわ!!」


堅牢な要塞かと思われる様な城壁を潜ればそこには城壁の雰囲気とは打って変わって何とも賑やかな、それでいて温かな雰囲気の街が広がっていた。


家の壁や露店、売られている品物や自生している草花。そのどれもが基本的に原色が多く力強い色合いをしている。街に行き交う人々は皆笑顔で、この国の治世が素晴らしいという事が感じられた。そして何よりも。


「も……………」


ーーもふもふ天国!!!!!


最高。最高の中の最高。

もう最高としか出てこない。素晴らしい眺めではないか。全ての人がそうな訳では無いが殆どの人々が頭や腰の辺りからゆらゆら、ブンブンと常に動く素晴らしいもふもふを携えている。それも、無防備に。


「ぐっ…………む…………胸が苦しい」


興奮の余り息をするのも苦しくなってきた。なんという衝撃。これが獣人の国………

これはここを訪れるのが国外追放の後で本当に良かった。そうでなければ私は一生あの国に戻れた気がしない。行きたい気持ちを抑えて報告だけにしておいて本当に良かった。


ーー渋るディルを何日もかけて説得して漸く一回だけ実現した、集会所の全員での獣化もふもふよりも破壊力が上だなんて…………!!


「ここは神々が創りたもうた楽園なのかしら………」


しかしそんな大興奮の私の頭を鷲掴みにしながら私のテンションを急降下させる言葉を言い放つ男が1人。


「エキナセア、少し落ち着いて下さい。それから国王から呼び出しがかかっています」


いつのまにか獣化を解いたディルの言葉に固まる


「え……国王……………?」


ーーえ、どうして?


「な、なんで?!私まだ何もしてないのに!もふもふに突っ込んだり頬擦りしたり肉球を撫で回したりしていないのに!もしかしてそういう考えを持った次点でアウトなの?!」


私は頭を鷲掴みにされたまま勢いよくディルを振り返る


「………いえ、そうではなく」


「そうじゃない………はっ!!事業?!事業の事についてなの?!でもそれについてはきちんと許可は取れているし移住の許可も通っている筈よね?!え、本当になんで………ぶっ」


あわあわしていると顔面に柔らかい圧迫感。バジルか。相変わらず危険な物を持っている。


「お嬢様、可愛いけれど落ち着かれませ」


「はい………」


バジルの胸部でくぐもった返事を返すと満足そうにギュッと抱きしめられた。とりあえず身なりはそのままでいいらしい。身支度関連は城の方で準備をしてくれているそうで、本当にどういった呼び出しなのだろうかと頭を捻る。














「面を上げよ」


王城へ着き、聞いていた通りに身支度は城側が用意していてくれた物を使わせて貰った。正直国王に謁見する予定も無かったので豪華なドレスなど持ち合わせていない。何故用意してくれたのかは甚だ疑問だが助かった。そして獣人の国王は穏やかなのに威厳を感じる、どこか神々しさすら滲み出る様な不思議な人物だった。


ーー比べることすら失礼だとは思うけれど、故郷の頭すっからポポラとは違うわね…………


もう、同じ『国王』という名称を名乗る事すら烏滸がましいレベルである。


と、エキナセアがつらつらと関係の無い事を考えていればそれまでにこやかにこちらを眺めていた国王は再び口を開く。


「エキナセア嬢、我が国の公爵家の1つがエキナセア嬢の今後の面倒を見ると申し出ているのだがどうだろう。其方の意見が聞きたい」


「え………」


ーー公爵家?!まさか事業の乗っ取り?!


すると国王は小さくふっと笑う。どうやら顔に出ていたらしい


「安心するが良い。申し出てきた公爵は其方の事業を乗っ取りたい訳では無く、エキナセア嬢。其方自身を取られたくないだけであろうからな」


ーーそれってやっぱり乗っ取りじゃ………!


せっかく新天地へと赴いたのになんという事だろうかと血の気が引いていく心地を味わっていると国王は玉座に肘を突き楽しそうに目を細める


「まあ、ここから先はあれが自力でどうにかする事であろうな。私から伝える事は以上だ。

ああ、そうだ。何か困った事があれば遠慮なく言うが良い。公爵に関する事でも良いぞ」


いや、逆に親切すぎて怖いです。と思っていれば突然後ろから声が上がる


「陛下!!」


ビクリとして振り返ればそこには側に控えていた筈のディルが顔を真っ赤にして肩を震わせながら立っている


ーーちょ、ちょっとディル!いくら貴方が怖い物知らずでも流石に自国の国王に許可もなく話しかけるのは不敬よ!!


しかし私の必死な表情も虚しく、信じられない事にディルは私の手を少し強引に引くと謁見の間から出て行こうとする


ーーひいぃ!!


不遜な態度、許可なく話し掛ける、途中退出。数々繰り出されるディルの恐ろしい行動にクラクラした頃少し距離ができた国王がくつくつと笑いながらこちらへと声を掛ける。


「まあ頑張れよ愚弟」


「うるさい愚兄!!」


そしてすかさず真っ赤な顔を国王に向ける事もなくズンズンと歩き続けるディル。引っぱられる私。


ーーえ、なにこれ。


国王は「はははは」と声を上げて笑っているし、その間にもディルの歩みは止まらない。パタンと扉が閉まる直前に見えた私の部下達の生温かい目の理由も分からない。


ーー一体どういう状況なの…………!


パタン


先程の謁見の間とはまた違う扉の閉まる音にハッと顔を上げればこぢんまりとした部屋だった。気付けば私達2人以外は誰も居ない。


「…………どういうこと?」


もう、混乱だらけだがとりあえず目の前のこちらに背を向けたままの男に問い詰めねばいけないだろうと思い声を掛ける。しかし返ってきたのは私の予想だにしないものだった。


「前婚約者に情はありますか」


ーーは?


「冗談でしょう?」


思わず反射で答えた。本当、冗談じゃない。一度だって前婚約者(あの男)に情を持った事など無い。なんなら自分の死を偽装してどこかへ逃走できないかなどと考えてしまう程には嫌いだ。


「俺の事は好きですか」


「ん?うん」


話が見えないなと思いながらもディルの事は好きだし信用しているので頷く。


「この国に永住になっても良いですか」


「この国が私をモロノートン(あの国)みたいな扱い方をしないで正当に扱ってくれるなら問題ないわね」


「俺と結婚してくれますか」


「うん………うん?」


すると背を向けていたディルは真っ赤な顔をしたままで勢い良く振り向く。


「先程国王が言った公爵は俺の事です。今まで黙っていましたが俺は国王の弟で王位継承権はとうの昔に棄てていますが高位貴族なのに違いは無いのでこれからは様々なしがらみがあるだろう事は否定しません。せっかく故郷で煩わしい社交界から逃げ出せたのに俺が求婚をする事でまた貴女に負担が掛かってしまうであろう事は理解しています。

ですが俺は、生涯俺の全てをかけて貴女を守り助け続けると誓います。勿論事業に関しては今まで通り思うまま好きな様に働いて下さっていいです。

だから、どうか、俺に貴女を愛し貴女に愛される権利を下さいませんか?」





ーーえ?





言われた内容に言葉出てこず目を瞬かせる。そしてそんな私の表情を見たディルはふっと小さく笑い、真っ直ぐ私の目を見詰める。もう顔の赤みは引いたらしい。


「エキナセア、貴女が好きです。何よりも、誰よりも。

本当はもっと、色んな事に時間を掛けるべきだとは分かっていますが貴女を他の誰にも取られたく無い。貴女が欲しい。どうか、この手を取って欲しい。」


その言葉に思わず息を呑む。いつも強気なディルがまるで縋るような目で私を見つめて来るのに不覚にも胸が締め付けられるような感覚を覚えた。


ーーああ、なるほど。色々聞きたい事も知りたい事も有るけれど。


「私は自分の直感を信じるわ」


そう言ってディルの手を取る。


「大切にしてね」


私の答えを聞き、ディルの表情が思わずといったように綻ぶ。


「命に代えても」


ぎゅっと力強く抱きしめられ、あっという間にディルの香りに包まれる。私はそっとディルの背中に腕を回しながら思う。


ーーきっと、この選択は間違っていないって確信があるわ。


今まで故郷で数え切れない程の選択をして来た。事業でも、社交界でも、家の中でも。

しかし今までのどの選択よりもこの選択が素晴らしい物になるという確信があった。


「エキナセア、ひとつだけ」


「?」


ああ。これは所謂恋仲になったという物かしら、等考えていたら上から声が落ちてくる。まだ何かあるのだろうかと首を傾げれば抱き合っていた身体を少し離したディルは私の両肩をそっと掴んだままにっこりと笑う。





「俺は犬の獣人じゃなく『狼』の獣人です」


「!」









完結致しましたので次は番外編になります。

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[一言] ・「命に変えても」 代えても?
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